第18話 自由な女王の巣へ

 





 自由な片翼からの依頼を完遂させるため、準備を整えた俺達は依頼場所へと向かっていた。


 その場所とはシューマン達と出会った場所である黒縄の森。


 そしてその依頼とは、シューマンにとってトラウマ的存在となっていた蟻蜘蛛の大討伐であった。



「――――なぁルルゥ、本当にいいのか? この依頼は報酬も出ないらしいし、新人のお前にとっちゃ危険な依頼だと思うぜ?」


「大丈夫です。同じ組合の方が困っているなら力を貸したいですし……それに、何かあったら守って下さるのですよね? サージェスさん」


「まぁルルゥの事もエミレアの事も俺が守るが……お前はもう冒険者なんだ。人に頼ってばかりじゃダメだぞ?」


「はい、分かりました!」


「……なぁサージェス。俺は? 俺の事は守ってくれないのか……?」


「……死にそうになったら助けてやるよ」


「死にそうになる前に助けてくれよ……」



 あの後ルルゥと別れようとしたのだが、ルルゥはついて来ると言い話を聞かなかった。


 ルルゥは新人、白色の冒険者という事だ。白色が赤色の依頼を受けるなんて前代未聞との事だが、報酬がないというのも前代未聞だと俺は思う。


 労働に対する対価なし。いくらなんでも酷すぎる。俺の前職場の悪の組織ですら対価はちゃんと支払われていたと言うのに。



「しかし赤って……蟻蜘蛛の討伐が高難易度なのか?」


「聞いた話だと、巣を形成している女王的な存在がいるそうです。女王の巣の破壊ともなれば、この前の数なんて比じゃない蟻蜘蛛が出てくると思います」


「はぁ……俺、虫苦手なんだよな。特に足が多い虫」


「虫……ですか。蟻蜘蛛は人を簡単に殺す化け物、悪魔ですよ?」



 色々教えてくれたエミレアだが、その表情は曇ってなどいなかった。女性は虫が苦手なものだと勝手に思っていたが、そうではなさそうだ。


 後ろをトコトコと歩くルルゥにも目を送るが、彼女も俺に微笑むだけで恐れや気持ち悪さは感じていないように思える。


 まぁ実際に目にしたら恐怖心も出てくるかもしれなが……問題はコイツだな。



「…………」


「…………おいシューマン!! 蟻蜘蛛だ!!」


「ピィギィィィィィ!?!? どこどこ!? いやだいやだもう嫌だ!?!?」


「……冗談だよ、落ち着け馬鹿」



 コイツは使い物にならねえ。シューマンは前衛職、それも敵の攻撃から仲間を守りヘイトを集める、いわゆる防衛師ガーディアンって奴だ。


 そんなタンクが安全な中衛で、腰を引かせながら進んでいる。お荷物以外の何物でもない、このままでは支障をきたしかねないな。



「……なあエミレア。ちょっと頼まれてくれないか? ――――ゴニョゴニョゴニョ」


「――――ええ!? あまり気乗りが……でも、サージェスさんが言うのなら……」


「悪いな? よろしく頼むよ? ほれ……な?」



 仲間の事だと言うのにハッキリと嫌悪感を示したエミレア。俺がいなくなってもコイツらはちゃんとやっていけるのだろうか?


 そんなエミレアの頭を撫でる事で懐柔し、行動を促した。



「ね、ねぇシューマン? 私の事は、シューマンが守ってくれるんだよね? シューマンのカッコいい姿、私見たいなぁ~」


「ぉお、おう! も、もちろんだ! エミレアの事は俺が死んでも守るぜ!!」


「わ、わぁ~素敵~。頼りにしているよ? シューマン」


「任せておけ!! いくぞみんな!! 俺に続けェェェェ!!」



 中衛から前衛に躍り出た道化、シューマン・アドルフ。


 嬉々として前を進み始めたが、それは本来のシューマンがいるべき位置であり、別に凄い事でも褒める事でも何でもない。


 褒めるべきなのはエミレア。たった一言と、引きつった天使の笑顔は男の勇気を取り戻して見せた。


 ここまで上手くいくとは思わなかったのだが、存外シューマンは単純な様だ。



「いいかルルゥ? あれが男を使いこなすための女の武器だ。覚えておいて損はないぞ?」


「分かりました。――――あの、サージェスさん? 私の事……守ってくださいますよね? 私は貴方に守られたいです……」



 庇護欲をそそるとはまさにこの事。ルルゥの上目遣いから繰り出される女の武器は、男の心を掴み離さない事だろう。


 もちろん注意は必要だ。それは諸刃の剣、男は味方になるが女は敵になるかもしれない。注意して使うように。



「当然、お前の事は俺が守る。良く出来てるじゃないか、完璧だ!」


「…………本気で言ったんだけどな……」



 ルルゥの呟きはサージェスの耳に入る事なく、木々の騒めきに掻き消される。


 最前線を雄々しく進む馬鹿と、それに餌を与える天使。その後ろには、最後尾を能天気に歩く男をチラチラと盗み見する女神の姿。


 そのままの調子で歩き続けた一行は、目的地である女王の巣の近くまでくるのであった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 黒縄の森にて一夜を明かし、その翌日。


 サージェス達は女王の巣と思われる場所を、視認できるほどの位置まで接近していた。


 現在巣の他には女王の姿はおろか、普通の蟻蜘蛛の姿も見えない。この巣は放棄されており、一匹たりともいないのではないかという程に静まり返っていた。



「あれが蟻蜘蛛の女王の巣か……デケぇな」


「女王自体の危険度は緑との事です。私とシューマンでも、二人がかりなら倒せない相手ではないと思いますが……」



 目の前に広がる巨大な巣。俺も見るのは初めてだった。


 組織に所属していた時、悪魔どもと戦う事は沢山あった。その理由は、悪魔は輝石を体内で生成する事が出来るため。


 長く生きた悪魔ほど、生成される輝石も貴重な物となるらしいが、なぜ悪魔の体内で輝石が生成されるかは解明されていない。


 鉱山での発掘や神殿などと呼ばれる、神が作ったとされる大昔の場所なんかにはゴロゴロとある輝石。


 しかしそれとはあまりにもかけ離れた場所、それが悪魔の体内。


 まぁ危険な悪魔を倒した事への褒美、戦利品として神が与えてくれた娯楽なのかもしれないが、趣味が良いとは言えないな。



「蟻蜘蛛は大した輝石を持ってないからな。冒険者にとっては魅力ない相手だろ?」


「確かに、蟻蜘蛛の討伐を進んで行う冒険者は少ないな。でも女王が持っている輝石はどうなんだよ?」


「確か……ほとんどの場合が【ランク:一般】だな。運が良ければ【ランク:上級】を落とすかもしれないが、望み薄だ」



 俺が巣を見た事がない理由。それは蟻蜘蛛が低ランクの輝石しか落とさないからだ。貴重な輝石を求める神の軌跡の目に止まる相手ではなかったという事だな。


 それは女王であっても同じ事。女王は一応、一般以上の輝石を持っているだろうが、そんな物に価値はない。


 それどころか必ず輝石を持っている訳でもないのだ。倒しても輝石を生成していない可能性がある。そんな事に時間を使う価値なしと俺を含め組織は判断していた。



「ただの蟻蜘蛛なんて、落としたとしても【ランク:ダスト】。期待するだけ無駄だ」


「ま、まぁランク:ダストでも数があれば単発輝石の材料にはなるだろ。報酬がないから、輝石は少しでも多く回収したい所だ」



 ランク:ダストと呼ばれる無価値の輝石がある。


 しかしシューマンの言った通り、それを集めて圧縮し、一つの輝石にすることで神の奇跡が使用できるようになる。


 それは以前にエミレアの足を治癒する時に使った、単発輝石と呼ばれる一回限りの輝石となるのだ。



「単発輝石は安いですからね。色々と買い込みました! 回復に解毒、蟻蜘蛛の弱点である炎の輝石も沢山です!」


「その炎の輝石はエミレアとルルゥ、そして俺が一つ持つ。回復と解毒は俺以外の全員に持たせろ」


「「はい!!」」


「シューマンと俺は巣から出てくる敵の足止めだ。時間を稼いで、エミレア達が強力な奇跡を放つまでの時間を稼ぐ」


「おうっ!!」



 三人は頼もしさを感じさせるほどの、大きな返事をしてくれた。


 昨日の野営時に、俺はシューマンからリーダーを任せられていた。


 初めは断ったが、エミレアとルルゥからの強い要望と、シューマン自身が蟻蜘蛛を前に冷静を保てるか不安という事で、それを引き受けた。


 人に指示を出して戦闘するのは初めての経験だが、相手は蟻蜘蛛。まぁどうとでもなるだろう。



「ほんじゃリラックスしていこうぜ? 塵は積もっても塵、有象無象なんて簡単に吹き飛ばせる。お前達の事は俺が守る……冒険者らしく、自由に戦ってみせろ!!」


「おうッ!!」


「「はいっ!!」」



 そして始まる蟻蜘蛛殲滅作戦。それはまさに、蜘蛛の子を散らすほど圧倒的な戦いになるのであった。

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