第12話 自由な脱退申請






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「――――お願いします」


「はい、確認致します。少々お待ちください」



 サージェスと別れたシューマンとエミレアはまず、朝霧の道からの脱退申請を行っていた。


 脱退申請は通常、そのパーティーのリーダーである者の許可証などがあれば即座に認可される。


 しかしパーティーが認知、許可しない脱退は基本的に認められていない。それはパーティーを管理する上での必要な措置であった。


 受付のの女性は淡々と書類を確認している。一通り書類に目を通し後で、輝石を用いた特殊な用紙に目を落とし何かを確認し始めた。


 用紙を確認し終わり、目を上げた犬耳種の受付嬢は、乱れた髪を耳に掛け直すという仕草を見せた後、怪訝な目をしながらシューマンに問いかける。



「……お待たせ致しました。冒険者シューマン様、冒険者エミレア様、お伝えする事がございますので、奥の応接室までご足労頂けますか?」


「は、はい! 行こうぜ、エミレア」


「はい……」



 この場では話せない、話しにくい事。シューマン達には心当たりがありすぎた。


 ミーズィ達はシューマンを見捨てた。あの状況、そしてシューマンの戦闘力を考えればまず死んだと思っているだろう。


 パーティーの人数が減った場合、それは組合に報告しなければならない。先に戻ったであろうミーズィ達は、何かしらの理由でシューマンとエミレアがいなくなった事を組合に報告しているはず。


 それは、間違いなく彼女達に都合のいいように報告されているに違いなかった。


――――

――


 応接室まで通されソファーに腰かけた二人。目の前には先ほどの受付嬢である犬耳種の女性と、組合の男性職員が数人。そして二人のの姿があった。


 これから問われる事の見当はついている。もし事実を彼女らが認めてくれなければ、シューマンとエミレアは守備隊に連れられ、最悪投獄されるだろう。


 冒険者は冒険者を尊ぶ。それは組合の人間でも同じ事。もしシューマン達を悪だと組合の者が判断すれば、冒険者として罰せられる。


 冒険者とは、冒険ごっこをしているのではないのだから。



「――――お尋ね致します、シューマン様、エミレア様。嘘偽りなく答えて下さい」


「はい、もちろんです」


「はい」



 切れ長の目をした犬耳種の受付嬢。赤みがかった茶髪を後ろで結わえており、ネームプレートにはアイシャ・ログレスとあった。


 そのアイシャの目から放たれる視線、嘘など簡単に見抜かれてしまいそうな鋭い目だ。その彼女からの視線を受けたエミレアは、思わず目を逸らしてしまう。


 体は震え、目は地を向き始めた。シューマンはまだしも、エミレアはやった事だけを考えれば窃盗罪。パーティーの物資を盗み、パーティーを危険に晒したのは事実。


 もしあの後、朝霧の道の冒険者達が窮地に陥り、回復の輝石や神力の回復剤が必要になっていたとしたら。エミレアの行動はパーティーを全滅に追い込んだのかもしれないのだ。



「エミレア様、そんなに怖がらないで下さい。あなたの事はよく知っています。あなたは悪い人ではない、真実を話してくれればいいのです」


「は……はい……で、でも……私……」


「エミレア様? あなた……煙草をお吸いになられましたでしょうか? シューマン様からは匂いを感じません。なぜあなたから煙草の匂いが……?」



 犬耳種の特徴として、匂いに敏感という事がある。しかしアイシャは単純に、エミレアの緊張を解すためにワザと話題を変えたのだろう。


 その言葉にハッとしたエミレアは、ローブより漂ってくる苦い匂いを感じ取った。そして自分達を助けてくれたカッコいい男性の事を思い出す。


 何度も頭を撫でてくれた。あの人に撫でられると何故か落ち着いた。自らの手を頭に乗せ、彼の手が触れた場所を触ってみる。


 その行為は彼女の不安と緊張を解くに留まらず、負の感情全てを吹き飛ばした。エミレアは、不安など初めからなかったかのように力強い目となり、アイシャの問いに答えだした。



「私達を助けて下さった方が、ヘビースモーカーでしたので!」


「ヘビースモーカー……ですか。匂いが付くという事は、その方は風穴の輝石を使用していませんね? あまり、近くにいる事はお勧め出来ません」


「あはは、そうかもしれないですね。今度から風穴の輝石を使って吸うように言っておきます」



 エミレアの笑顔は、アイシャを含めた部屋にいる全員の顔を緩ませてみせた。


 守備隊の者だけは兜を身につけていたため、表情を窺う事は出来なかったが、部屋の空気が穏やかになったのは間違いなかった。



「それでは、緊張も解れたようですので本題に移ります。まずはシューマン様からです」


「は、はい!!」


「シューマン様。貴方様から提出された、パーティー脱退の書類は確認させて頂きました。その件についてお話をお伺い致します」


「はは、ははい!!」



 前言撤回。唯一この男だけは緊張が解れていなかったようである。強張った顔のまま口だけを動かし、アイシャの問いに答えてゆく。


 しかしシューマンの緊張をアイシャは分かっていたのにも関わらず、エミレアの時のように解そうとはしなかった。



「貴方が提出した書類には、朝霧の道の非人道的行為が理由での脱退申請とありますが、詳しくお聞きしても?」


「……あまり思い出したくありませんが、お話しします。まずアイシャさん、俺達がパーティーでに行った事は知っていますよね?」


「もちろんです。三日ほど前の依頼記録にありましたので、私も把握しております」


「俺達は、依頼にあった輝石を探して森の深部まで入り込みました。輝石を手に入れるまでは順調でしたが、その後……――――」



 輝石に目が眩んだミーズィ達の命令で、蟻蜘蛛の巣に攻撃を仕掛けた事。逃げられたのに欲望のままに輝石を乱獲し、撤退のタイミングを失った事。


 そして蟻蜘蛛に囲まれた状況を打破するべく、リーダーが出した答えは……シューマンを囮として逃げる事。


 その後たまたま居合わせた者に助けられ、命を救われた事。その者がいかに強者であったかという事。


 そしてエミレアの事。特にエミレアの事について強く話すシューマン。エミレアの行動は褒められはしないだろうが、シューマンの事を想って行動したのは事実。


 元凶はミーズィ達。ミーズィ達があんな選択や行動を取らなければ、エミレアはこんなに苦しむ事はなかったと。



「――――お話は分かりました。此方からの確認や想いをお伝えする前に……朝霧の道の方々から、どのような報告を当組合が受けたのかをお伝えいたします」


「……どうせ、都合のいいような報告なんでしょ? あんな事を平気でする奴らなんだ!」


「ちょ、ちょっとシューマン!」



 不機嫌さを押し出したシューマンを窘めるエミレア。


 アイシャはシューマンが聞き耳を持たない状態ではない事を確認し、再び淡々と話を進めていった。



「ミーズィ様からの報告は、貴方様が危険な状況にあるとの報告でした。輝石に目が眩んだシューマンが、パーティーが得た輝石を持ち逃げした。すぐに追いかけたが、そこにいたのは蟻蜘蛛の大群に囲まれたシューマンだったと」


「ッヘ! やっぱりな! そんな事だろうと思ったぜ!」


「助けようとはしたが、パーティーメンバーはボロボロ。二次災害を引き起こす可能性もあったため、態勢を立て直すために撤退。先ほど救出隊の申請を行った後、自らも再び黒縄の森に向かわれたそうです」


「よくもそんな口から出まかせを……そんな話、信じたりしないよな?」


「……申し訳ありませんが、現時点では判断しかねます。シューマン様の言う通りであれば、朝霧の道は非人道的な行為を行い、それを隠す嘘を重ねた罪人。ミーズィ様達の言う通りであれば、貴方は窃盗を行い、虚言にて組合を混乱させ冒険者の質を落とした罪人。という事になります」


 沸き起こる怒りを押し殺し、拳を握り込むシューマン。怒りに任せ暴言を吐いてしまえば、組合職員の心象は悪くなるだけ。


 そしてその仲間であるエミレアまでもが同じような目で見られる。それだけは避けなければいけない。



「……エミレア様の事を聞く前に、一つだけ宜しいでしょうか?」


「……なんですか? 何も嘘なんて言っていませんよ?」


「ええ、私も貴方様が嘘を付いている様には見えませんでした。であるからの疑問です」



 シューマンはアイシャからの言葉に備えだす。備えると言っても、嘘を言うつもりもなければ話を盛るつもりもない。


 ただただ真実を話せばいいだけ。どんな事を聞かれても淀みなく答えられる自信があった。


 しかし、アイシャから出た言葉に頭を抱える事になるシューマンであった。



「――――貴方様を助けたという男性ですが、一体何者ですか?」

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