第10話 自由な人の話を聞け!
「――――見えたぜ! 中継都市クロウラの北門だ!」
時刻は夕暮れ。予定ではもう少し早くクロウラに到着する予定だったが、余計な演劇を行ったり悪魔の群れに襲われたりして、遅くなってしまった。
遅くなったといっても誤差の範囲。夜間は大門は閉じられてしまうが、まだ時間的には余裕があるだろう。大門が閉じられたら側門からの入国となるが、その場合は色々なチェックが入り面倒だからな。
「つ、疲れました……とりあえず私、お風呂に入りたいです……」
「エミレアはずっと走ったりしてたもんな」
「はい……どうしてか眠くはないのですけど、体はちょっと……って匂い嗅がないで下さいよ!?」
「スンスン……なぁシューマン、どうして女の子っていい匂いがするんだろうな? お前とは大違いだぜ? 風呂に入るべきなのはお前だ、お前……臭いぞ?」
「わ、悪かったな!? でも昨日ちゃんと川で水浴びはしたぞ!? そこまで臭くないだろ!? く、臭くないだろ?」
「…………はい」
「エ、エミレア……? ならなんで……鼻摘まんでんの?」
そんなやり取りをしつつ、俺達三人はクロウラの門を潜り入国した。ここは中継都市、各国から様々な人が訪れる大都市だ。
人の出入りは大陸の中でも随一なのだが、入国や出国のチェックは比較的緩い。
その理由は、まずこの都市を治める人物が寛大であるという事。いかなる人種でも受け入れると宣言しており、周りに目を向けると様々な人種で溢れているのが分かる。
さらにこの都市を守っている守備隊が、精鋭揃いであるという事。精鋭揃いで尚且つ数も多い。悪事なんて働いたら、数時間後には監獄の中で反省文を書いているらしい。
そしてなにより、冒険者の数が多いという事。
冒険者とは力があり、認められた者だけがなれる職業だ。その冒険者が
中継都市クロウラ。またの名を冒険都市クロウラ。この大陸でトップクラスに繁栄し、最も安全であると言われている国の一つだ。
……ちなみに、全てシューマンの受け売りだ。俺は知らなかった。
「さてと、じゃあいつもの宿……は止めといて、他の宿を探して拠点にしようぜ」
「そうですね。いつもの宿だと、
「朝霧の道……? あれか、お前達のパーティーメンバーか?」
「元! パーティーメンバーだ。あんな奴らの顔なんて見たくない! 他の宿を探す。いいだろ、エミレア?」
「うん、それがいいと思う。それで……サージェスさんは……どうしますか……?」
まるで捨てられた子犬のような目を向けてくるエミレア。昨日の演劇内で今後の方針を決めたとは言っても、やはり別れとなると悲しいらしい。
シューマンもどことなく伏し目がちだが、お前はどうでもいい。そもそもお前、忘れちゃいないだろうな?
「エミレアはまだしも……シューマン君、あなた……何か忘れていませんか?」
「わ、忘れて……? え、えと……」
「えっ!? マジで忘れたの!? お前冒険者だろ!? 恩には恩とか騒いだのはお前だろ!?」
「あ……そ、そうだよ! サージェスにお礼をしなくちゃならない! 今日の晩はご馳走させてくれ!!」
「うわ~さいて~。恩人に礼をするのも忘れるなんて……いいかエミレア? こういう最低な男を選ぶと苦労するから、気を付けるんだぞ?」
「はい、分かりました! たった今シューマンの事は選考対象から外しました!」
「お、おい!? なにそれ!? これからなのに!? まだ始まってもいないのに道は閉ざされたの!?」
その後俺達は、宿を探して都市内を歩き回った。
俺は早いとこ、冒険者組合にいって冒険者登録したかったのだが、この時間帯は依頼や神殿などから戻った冒険者達で溢れて忙しいらしく、新規の登録受付はしていないらしい。
明日の朝、もしくは昼間に行くのがベストらしい。それとよく分からなかったのが、どの組合に属するかで色々変わるとか言う話。そういう話は明日教えてくれるらしい、まったくシューマン様様だぜ。
――――
――
―
「――――っと、ここでいいか? アイツらとパーティーを組むまで世話になっていた宿だ。外観はあれだが、中は悪くないし飯も美味いぜ?」
「私は大部屋でなければどこでもいいですよ」
「一夜の過ち……ここ本当に健全な宿か? なんて名前してやがる。お前よくこんな名前の宿にエミレアを連れて来たな」
「な、名前はあれだが普通の宿だ! ここの経営者が名付けたらしいが……まぁ会えば分かるよ……」
「なんでもいいです……お風呂に入らせてください……」
クロウラに着いてからもそれなりに歩いたため、エミレアが限界のようだ。無理やりに覚醒させた事で頭は冴えているかもしれないが、疲労が消えた訳ではないからな。
この宿に決めたエミレアとシューマンは、手続きを済ませるために中へと入って行った。
「いらっしゃ~い……あら? シューマンさんじゃない、お久しぶりね~?」
「お久しぶりですミネアさん! あの、またお世話になりたいのですが……」
「そうなの~……まぁ何があったのかは聞かないわ。冒険者様なのだもの、色々あるわよね? 部屋は空いているわよ~?」
「ありがとうございます、助かります! でしたら、女部屋一つと男部屋をひと――――」
「――――男部屋は二人用で頼むぜ? すっげー色気のお姉さん」
初めはそんなつもりはなかったのだが、店主の色気に中てられた俺は我慢できずに、手続きを行っていたシューマンと店主の会話に入り込んだ。
緑がかった長く綺麗な髪に、抜群のプロポーション。胸だってデカいと思っていたエミレアより更に上をいくようだ。
そして彼女は
一夜の過ち……なるほど、納得である。どんな相手とここを訪れようが、こんな人に誘われてしまったら過ちを犯すだろう。俺は絶対に犯すな、自信がある。
「サ、サージェス? なんで二人部屋なんだ? パーティーメンバーならともかく、お前は自分で部屋を借りたらいいじゃないか……」
「まあそんなつれない事言うなよ? どうせ明日までは一緒なんだ。俺も我慢してんだぜ? 本当はエミレアとの二人部屋か美人店主と過ちを犯したい所を、お前で我慢してやるってんだ」
「あら、私との過ちは高いわよ~?」
「サージェスさん! 私との相部屋はお安いです!」
「はぁ……もういいよ、好きにしてくれ……」
――――――――
――――
――
―
「「――――それじゃ、カンパーイ!!」」
宿泊先を、一夜の過ちという浮気推奨の宿に決めた俺達は、その宿が経営している酒場で宴会を行う事とした。
今から他の酒場を探すのも面倒だし、エミレアの事もあったからだ。エミレアは支度に時間が掛かっておりこの場にはいない。いつでも参加できるようにと、宿と同じ場所で宴会をする事にしたのだ。
「かぁぁぁ!! うめぇ! ほら、サージェスもどんどん――――」
「――――お~いそこの綺麗なお姉さん! お酒お代わり、お願いっしゃーす!!」
「あ……ははは、沢山飲んでくれよ? 飲んでくれないと礼が――――」
「――――なぁお姉さん。お姉さんって彼氏いる? うっそマジで? フリーなの? こんなに美人なのに? そっか~……どう? 俺と一夜の過ち犯してみない?」
「サ、サージェス……その、ありがとうな? 俺がここでこうやって酒を飲めるのも――――」
「――――門限? そっか~、親御さんを心配させちゃいけねぇな! まぁこんな名前の宿で働いている時点で心配させていると思うが……」
「…………エミレアの事も、本当にありが――――」
「――――お姉さん、ここって禁煙? 灰皿が……風穴の輝石? いや、持ってないな……そっか、ルールは守るぜ」
「………………あの――――」
「――――喫煙室あるの!? どこどこ? え、案内してくれる!? ありがてぇ、じゃあ逸れるといけないから手を繋ごうか? う~ん? 他の子にはこんな事しないよ、お姉さんだけだぜ?」
「………………あ――――」
「――――悪いシューマン! ちょっと一服という名の過ちを、この綺麗な姉さんと犯してくるわ!」
「………………」
――――
――
―
「――――ごめんなさい! 遅くなりまし……シューマン? なんで泣いているのですか……? あの、サージェスさんは……?」
「いいんだ……いいんだよ……アイツが楽しんでくれればそれで……仕方ないから、とりあえず二人で――――」
「――――あーー!! あんな所に! なんで耳長種の女とイチャイチャして……!? シューマン! 私ちょっと行ってきます!!」
「…………いいんだ……俺の話なんて……いいんだよ……」
その夜、一夜の過ちの酒場は異様な光景であったという。
煙草を吸う一人の男の事を取り合う二人の女。人間の魔術師と耳長種のウェイトレス、それはどちらも世間一般でいう美人の類であった。
そんな羨ましい光景を、涙を流しながら見つめて酒を煽る一人の男。
周りの者達は嫉妬なんて情けない、との憐みの目で男を見たが、その男の表情は異様で、微笑みながら泣いていたと言う。
なにより不気味さを醸し出していたのが、その笑いながら涙を流す男の呟きであった。
「……いいんだよ……いいんだ……」
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