第7話 自由な仲直り






「シューマン! 本当に……無事でよかった……」


「……どの口が言いやがる? お前ら、俺に何をしたのか忘れてないよな!? 無事で良かっただと!? ふざけんなよッ!!」



 シューマンの怒声に、すでに涙ぐんでいたエミレアがついに涙を零した。女性が泣いている所を見るのは好きではないが、事情が事情だけに間に入ってやる事は出来ない。


 俺は部外者だ。シューマンの怒りは当然だし、エミレアの涙は必然。ここはとりあえず見守る事としよう。



「ほ、本当にごめんなさい……でも、あの時はああするしかなくて……みんな神力も少なくなっていて、とても迎撃できなかった」


「……だから? みんなが助かるために俺を犠牲にしたと? 置き去りにされた者の気持ちが分かるのかよッッ!?」


「ひぃぅ……ご、ごめん……なさい……ごめんなさい……でも私、死ぬ訳には……いかなくて……」



 泣きじゃくるエミレアを見て、今すぐ抱きしめてあげたい情動に駆られるが、それではシューマンの心象は良くないだろうしな。


 そんなに怒るなよシューマン、助かったんだからいいじゃん別に。



「わ、私……あの時もう神力が空っぽで……何も出来なくて……置き去りにされた貴方を助ける事も出来なくて……死にたくなくて……怖くて……ごめん……なさい……」


「……怖かったのは俺だって同じだよ! 仲間に裏切られた絶望と、迫りくる死の恐怖! あの時俺がどんな気持ちだったか……!!」



 ここら辺が潮時だな、第三者の介入が必要だ。どちらも感情的になっている。シューマンの怒りの感情が強すぎるせいで、話も進まなければエミレアの想いも掻き消されてしまう。


 大体お前、あの時の感情って……鼻水垂らして泣きじゃくっていた所しか覚えてないが、あの時の事か?



「まぁまぁシューマン君、落ち着きたまえ。流石に天使の涙はこれ以上見ておれん」


「お、お前はどっちの味方なんだよ!?」


「どちらかと聞かれれば天使」


「な、なんでだよ!? 俺どこか間違ってるか!?」


「なぜかと聞かれれば可愛いから。まぁ落ち着け、冷静になれよ? 少し彼女の話を聞こうぜ? なぜエミレアがここにいると思う? たった一人で戻って、お前の前で泣いている理由はなんだ?」


「そ、それは……知らねえよ。どうなったかの結果でも見に来たんじゃねぇのかよ……」


「だからそれを聞こうってんだろ? 聞いてからでもいいだろ? お前が怒りをぶち撒けるのは」



 シューマンが黙ったのを確認しエミレアの元に向かった俺は、未だに泣きじゃくっている彼女の頭を撫でつつ、彼女が泣き止むのを待った。


 役得である。この行動に違和感はないはず。ナチュラルに近づき美人の頭を撫でる事に成功した。誰も文句は言うまい、それすら本人でさえも。


 その後エミレアは落ち着きを取り戻し、頬を朱色に染めつつもシッカリとした目でシューマンの事を見て、話しをし始めた。



「……信じてもらえるか分かりませんが、私はあの後シューマンを助けに戻ろうと何度も提案しました。態勢を整えれば、シューマンを助ける事が出来るって」


「なるほどな。枯渇した神力の回復、パニックになった心を落ち着かせる。そうして態勢を立て直してから戻れば、シューマンを助けられたかもな」


「……でも、来なかったじゃねぇか……」


「……行けなかったの。リーダーのミーズィは戻ろうとしなかった。神力の回復薬も使わせてくれなかったし、他のメンバーもシューマンの救出に反対して……」


「なるほどな。シューマンの価値より、回復薬や安全の方が価値が高いと考えたのだな。悲しいねシューマン、回復薬以下とは」


「……サージェス、ちょっと黙っていてくれないか?」


「回復薬がなければ即座に神力を回復させる事なんて出来ない。神力が切れた私なんかが一人で戻っても意味がない……だから私は、みんなが寝静まる夜まで待ったの」



 大体見えてきたな。シューマンが回復薬以下だという事は置いておいて、エミレア以外のパーティーメンバーはシューマンを助けるのに反対したと。


 エミレアは助けに戻ろうとしたようだが、魔術師ソーサレスである彼女にとって神力の枯渇は死活問題。助けに戻った所で何も出来やしない。


 回復薬を渡してくれないのなら、奪うしかない。非力な彼女がそれを成功させるには、人間が最も無防備になる瞬間を狙うしかないという事か。



「みんなが寝静まった後、回復薬と回復師ヒーラーの輝石を盗んで急いで戻りました。途中色々あったけど、死ぬ物狂いで走った! こんな苦痛なんて、シューマンに比べたら何でもない! そして……」


「……ここまで辿り着いたと? ええ子やなぁ君」



 まさに天使だ。居ても立ってもいられなくなり、再びエミレアの頭を撫でてしまった。恥ずかしがっているのか、お顔が真っ赤だけど……続けてくれ、俺も撫で続ける。



「あの、頭……くすぐったいです」


「おや、お嫌いか? すまんすまん」


「い、いえ! 嫌ではありません……でもその、恥ずかしいです。シューマンも見ていますし」


「そうか、気づかなくて悪かった。おいシューマン、どっか行ってくれないか?」


「あっはい、すみません…………じゃなくてよ!? 俺がいなくなってどうするんだよ!?」



 ノリツッコミありがとう。中々調子が戻ってきたじゃないか? まったく、気を使って緩衝材になってやっているのが分からないのかね?



「そ、それでっ! ここに着いた時、シューマンが生きてて川に向かって行く姿を見ました! その姿を見た瞬間、急に身体の力が抜けてしまって……」


「我が腕を枕にして眠りについたと? その節はありがとうございました」


「……? い、いいえ、こちらこそありがとうございます……?」



 急なお礼に、意味が分からないと言った表情をするエミレア。そのデケぇ胸を揉みしだきました、などとは口が裂けても言えん。


 頭を撫でる事や、抱き着いた事くらいなら目を瞑ってくれるかもしれないが、流石に揉み揉みは訴えられかねんからな。


 しかしエミレアがここにいる理由、シューマンの事を助けようと行動していた事、そして俺に抱き着いて眠っていた理由は分かった。


 もちろん真実かどうかなんてのは分からないが、嘘を付く理由などないだろう。


 なにより俺達が爆睡している中、眠らず休まずにこの森を駆けて来たのだろう。着ているローブは所々が破れ、転んだのだろうか泥だらけだ。


 そして、さっき立ってもらった時に気づいたのだが、エミレアは恐らく左足を負傷している。



「なぁシューマン、エミレアは本当の事を言っていると思うぜ? 彼女の顔、恰好を見れば分かるだろ?」


「…………」


「周りに他の奴の気配はない、少なくともエミレアが一人で来たのは確実だ。何か別の理由があって戻って来たのだとしたら、全員で来るはずだ。蟻蜘蛛から逃げるレベルのパーティーの中の一人だぞ? 下手をしたらエミレアはここに来る前に死んでいた」


「そ、それは……そうだな……そうだけどな……!」


「……本当にごめんなさいシューマン。こんな言葉だけじゃ許せないのは分かっています。だから私は、貴方の前から消えます。生きていて本当に良かった…………さようなら……」



 別れの言葉を告げたエミレアは、シューマンに背を向け去って行く。


 あの様子じゃ、神力も再び使い切っている可能性がある。何よりその引きずっている左足、何かに襲われたら一巻の終わりだな。


 そんなエミレアの後ろ姿を、苦い顔をして見つめるシューマン。まったく、仕方のない奴だ。



「彼女の腕には回復の腕輪があったぜ? あれは使い切りの輝石、単発輝石だ。一度使ったら壊れちまう代物だぞ」


「……それが……なんなんだよ……」


「その輝きは失われていなかった、つまり使ってないって事だ。おかしいな? あの引き摺っている足、間違いなく負傷している。それなのに輝石を使って回復していない。まるでどっかの馬鹿が怪我していた時のために、残していたみたいだな?」



 ここまで言えば分かるだろう。エミレアはお前のために輝石の力を温存していたんだ。


 パーティーにおいて魔術師の役割についていたのなら、回復のはヒーラーに与えられるだろう。つまりエミレアが使える回復は、あの単発輝石の回復のみ。


 あんな怪我をして、安心して即眠りに落ちてしまうほど疲れていたエミレアが、自分の命のためでなくシューマンの可能性のためだけに残しておいたのだ。


 まったくお前は幸せ者だな? シューマン君。



「……ックソ!! 俺は……ッ!! ――――待てよエミレアッ!! 分かった!! 俺はお前を信じるッ!!!」


「…………もぉ!! 遅いよぉぉ!! もっと早く引き留めてよぉぉぉぉ!!」



 再び泣きじゃくったエミレアが、足の痛みなど忘れたかのようにこちらに駆けて来る。


 そんなエミレアの事を、バツが悪そうな顔をしながらも待ち受けるシューマンであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る