第6話 自由な性別変化!?

 





 あぁ……心地よい。ここまでのんびりと睡眠を貪れた夜はなかった。


 組織では模範となるためだらしない行動は出来なかったし、朝早くから沢山の書類を秘書官セレクタリーが運んでくるものだから、おちおち寝てもいられなかった。


 そういやアイツ、元気かなぁ? 俺が辞めた事で職を失ったりしていないだろうか? だとしたら申し訳ないが、アイツは優秀な秘書官セレクタリーだったし引く手数多だろうさ。


 しかし、本当にいい気分だ。こんな森の中では大した危険もない、悪魔などの邪悪が近づいて来るのなら気配で分かる。すぐに覚醒するさ。



 ――――ふにん……ふにん。


「……あっ……あん……」



 素晴らしい……この枕も随分と高性能のようだ。こんなに柔らかく、俺の頭を包み込んでくれるなんて。


 このまま惰眠を貪るのも悪くない。別に急いでいないし、起きて行かなければシューマンが起こしに来るだろうしな。



 ――――ぽよん……ぽよん。


「……んん……だ、だめだよ……」



 しかし本当に柔らかい枕だ。組織の高級枕より柔らかいのではないか?


 ほんとに素晴らし…………あれ? 俺、枕なんて持ってきたっけ? 僕、枕が変わると眠れないの……なんていう繊細な人間では俺はないぞ。


 つまり枕なんて持ってきていない。もちろんシューマンが貸してくれた訳でもない。起きて確認した方が良さそうだ、不確定要素ってのは気持ちが悪いからな。


 ――――目醒めよ。



「…………おはよーございます……おはよーまくらサァッン!?!? 枕さん!?!?」


「……すぅ……すぅ……」



 俺の隣で、俺を抱きしめるように横たわっていた枕は人型をしていた。何を言っているのか分からねぇと思うが、俺にも何が起きているのか分からねぇ。


 ……抱き枕? 人型の? でも呼吸してるよ? 生きてない? この枕生きてない?



「……すぅ……すぅ……んんん……煙草くさいぃ……」


「あ……すいません。吸いますけどすいません……って喋ったぞ、こやつ!?」



 スヤスヤと眠りについている天使。やはり枕ではなく人間のようだ。


 あの柔らかさは……俺は彼女の胸に実った、大きな果実を揉みしだいてしまっていたようだ。


 女性……だな。胸もあるし、なにより可愛い。寝顔も可愛いとは反則だな、整った寝息はさながら天使の息吹のようだ。


 昨日のシューマンの鼾とは大違い…………そういえば、シューマンはどこだ? 俺とは反対側に寝ていたはずだが見当たらない。


 状況を整理しよう。昨日までは俺とシューマンの二人きり、朝起きたら美女と二人きり。


 つまり、これは……!!



「……そうか、そういう事か!! 敬虔けいけんなる僕である私の願いを聞き届けてくれたのですね!? おおぉ神よッ!!」


「……すぅ……かみしゃま~……すぅ……すぅ……」



 神はおられた、私の願いを聞き届けてくれたのだ!!


 見よ!! あの男臭いシューマンが絶世の美女にッ!! これぞ世界の法則、これが世界の真理なのだ!!


 朝起きたらシューマンが美女になっているという可能性。俺は賭けに勝ったようだ。


 俺は心のどこかで可能性ではなく、そうなってくれと神に願ったのだろう。それを神は叶えて下さった。本当にありがとう神様、さようならシューマン。



「神様……ありがとうっ!! 俺の人生は順風満帆のようだ。あの男臭いシューマンとの出会いは間違っていたのだ! 新たな我が人生の歯車は、再び動き出し――――」

「――――誰が男臭いって? 煙草臭い奴に言われたくねぇよ」



 背後から聞こえた、昨日の夜イヤというほど聞いた男の声がする。


 幻聴か? 俺はまだシューマンを求めているのだろうか? いいや、そんなハズはない! あんな臭い男より、いい匂いがする天使の方がいいに決まっている!!



「負けぬぞ……幻聴などにッ!! 俺はシューマンの事は忘れたのだ!!」


「……寝ぼけてんのか? ほら水汲んできたからよ、顔洗って目を覚ませ…………ってそいつ、エミレアじゃなか!? お、お前ッ……襲ったのか!?」


「っく、幻聴の次は幻覚か……いや、シューマンが二人に分裂した? 女の子に変わったのではなく分裂したのか? それならば納得だ」


「いや納得すんなよ!? お前まだそんな事言ってんのか!? どこの不思議世界から来たのか知らないが、朝起きたら性別が変わっているなんてあり得ないよ!! そいつはッ……俺が元いたパーティーの、魔術師ソーサレスだった女の子だよ……」



 まぁ御ふざけはこのくらいにしておこう。だが俺は諦めんぞ!? この世界には不思議がいっぱいなんだ! 俺はそんな世界を冒険するんだ!!


 しかしエミレアと言ったか? この天使、シューマンの元パーティーメンバーとは。


 何やら苦い顔をしているシューマン、あれだけの事をされたのだからその気持ちは分かる。元、と言ったが……そう言えばシューマンはパーティーを抜けたという事でいいのだろうか?



「そんで? このエンジェル……いやエミレアは何故ここにいる? お前のパーティーメンバーだろ? 連れ戻しに来たんじゃないか?」


「……元パーティーメンバーだ。あんな事されて、まだ仲間だなんて思えるほど俺は馬鹿じゃない。なんでここにいるかなんて……知らねぇよ」



 そっぽを向いてしまったシューマン。シューマンは仲間に見捨てられ、蟻蜘蛛の大群の中に放り込まれた過去がある。


 過去と言うか昨日の事だ。死は免れないという所を俺が助けた形だが、死という恐怖に直面して間もない。怒りの矛先が彼女達に向くのは当然だな。



「まぁお前がいないと話が進まないからよ。起こして話を聞いてみるか?」


「……サージェスに任せる。俺はどうでもいいよ、こんな奴ら」



 ここまで大音量で騒ぎ立てたというのに、天使が目覚める様子はなかった。


 ここまで間近で女の子の寝顔を見られるチャンスは、もうないかもしれない。俺はジックリと彼女の寝顔を堪能したのち、覚醒を促した。



「……ううん………うん………あれ……? ここは……?」


「起きたか天使ちゃん? 随分深い眠りだったけど、バッチリ覚醒しただろ?」


「……え? あ、はい……ご丁寧に……って!? キャーーー!!」


「フンゲフッッ!?!?」



 目が醒めたエミレアだったが、目の前に現れた見ず知らずの男に驚き本能的な防衛行動を取った。


 先ほどまで爆睡していたとは思えない、力強いビンタ。俺の頬には真っ赤な手形が生成され始めた事だろう。


 一応言っておくが、避けられなかった訳ではないぞ? だが避ける奴はいないだろ? 俺はお約束を重視する、完璧を求める組織とはオサラバしたのだ!



「えっ!? あっご、ごめんなさいっ!! 驚いちゃって……寝込みを襲われるのかと……」


「イテテ……寝込みを襲われたのも今襲われたのも俺だと思うがな? ちゃんと目は醒めただろ? 寝ぼけていたなんてないはずだぞ?」


「そ、そういえば気味が悪いほどに頭がスッキリしています。あの……本当にごめんなさい……」


「いいって事よ、君のような可愛い子の張り手なら大歓迎だ。とても魔術師とは思えない強力な一撃をありがとう」



 徐々に強くなってきた頬の痛みを感じつつ、エミレアに手を貸してやり立ち上がらせる。


 立ち上がった彼女を改めて舐めまわす様に観察するが、やはり中々に美人だ。肩ほどまでの栗色の髪、歳は俺やシューマンよりは若そうで、女性にしては身長は高めだな。


 魔術師が愛用する魔術着のせいで体形はハッキリと分からないが、俺は顔が良ければいいタイプなのでどうでもいい。あ、胸はでけぇよ? それだけは間違いない。



「それでエミレア、なんで俺に夜這いなんてしたんだ?」


「よ、よばっ……そんな事していません! というか、どうして私の名前を……?」


「そんなっ……昨日あれほど愛し合ったのに忘れたってのか!? ……なんてな、ほら」


 驚きを見せたエミレアに、視線と顎でシューマンから聞いた事を伝える。


 その先にいたのは険しい顔をして、エミレアとは目を合わせようとしないシューマン。エミレアはシューマンの事を確認すると安心した表情でゆっくりと語りだした。

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