第5話 自由な楽しき夜
「アンタ……冒険者だろ? 名前は?」
「はい! シューマン・アドルフといいます!
「オウショク……? まぁいいか。俺はサージェスだ。それでシューマン君、一つ確認したいのだが……貴公は男であるか?」
「え……と、性別の事でありましょうか? それであれば生物学的にはオスであります!!」
ビシッという効果音が聞こえてきそうなほどの、綺麗な敬礼を見せたシューマン。
貴様は軍人か? ノリの良い奴は嫌いではないが……しかし困った、やはり男か。それはそうか、誰がどう見ても男だ。
神の奇跡によって創られたこの世界。神は見てくれているはずなのに、なぜこうも不条理に働くのか。
「おかしな話ですね」
「な、なにがでありますか……?」
「私は第二の人生を謳歌中だ! そして迎えた初戦闘、初人助け! 何故男なのだ!? 普通こういうのは女であろう!? メインヒロインはどこだ!? 実は貴公には女だという設定があるというのか!?」
「じ、自分は男性であります!! 証拠をお見せ致します! 如何でありましょ――――」
「――――気色悪いモン見せるんじゃねぇぇぇぇ!!」
クソったれが、女の子どころか男のシンボルを見る事になろうとは。
まぁ俺の物語なんてこんなもんか。今まで女っ気なんて無かったのだ、そんなイキナリ変わりはしないか。俺に寄って来る女なんて、組織のヤベぇ女しかいなかったからな。
そんな事よりシューマンだ。勢い余ってぶん殴ってしまった。泡を吹いて倒れてしまったが、せっかく助けたのに死なれては困るぞ。
「おい、起きろシューマン。そんな強く殴ってねぇだろ」
「うっ……ぐぅぅ……いってぇ……」
足の先でシューマンの頭を小突き、意識を喚び醒ました。こんな所で死なれちゃ寝覚めが悪いからな、死ぬなら俺の視界の外で死んでくれ。
「目が醒めたか? 大丈夫そうだな。そんじゃ俺は行くぜ? せっかく拾った命だ、大事にしろよ? ほんじゃ、煙草ありがとさん」
未だに覚醒しきらないのか、寝ぼけ眼でいるシューマンを置いて歩き出した。荷物もなにもないから野営地に戻る必要もない、このままどっかの街まで行ってみるか。
「――――ま、待ってくれ!! まだちゃんとお礼もしていない!」
「ふぅ~……礼はもらったよ、こんな美味い煙をありがとさん。十分だ」
「ダメだ! 冒険者たるもの、恩には恩を! 俺は命を救われたんだ、そんなもんじゃ礼にもならない!!」
「ぼ、冒険者たるもの……あいや失礼した、冒険者殿。そこまで言うのであれば、恩を返して頂きましょう」
知らなかった、流石先輩冒険者だ。
恩には恩を、仇には仇と言う訳ですね? それが流儀というならば断るのは失礼にあたる。
礼をしたいと言うのならさせておこう。決して女の子じゃないから去ろうとした訳ではないぞ。
「もちろんだ! この先に俺が拠点にしている【中継都市クロウラ】がある。そこでもてなさせてくれ!」
「これで貴公が女の子なら文句は……クロウラだと? なんだ、俺は思ったよりも遠くへ来ていたんだな」
中継都市クロウラと言えば、この大陸のほぼ中央に位置する大都市だ。
俺が所属していた、北方にある聖都アハムカイトからはかなり離れている。フリーダムハイってやつか? よもやそんな遠くまで来ていたとは、実感がまるでない。
まぁ浮かれすぎて、自由になった初日は一日中走り回ってしまったが、もしかしてそれが原因か?
「じゃあ行こうぜ? クロウラはここから一日ほど歩いた所にある、一晩は野宿だな」
「……転移の輝石は持っていないのか? 男と野宿など……まてよ? 朝起きたら美少女に変わっている可能性もあるか……?」
「あ、ある訳ないだろ!? 寝て起きて女になってたらビックリだぜ!? それに転移の輝石なんて物もない! そんな貴重なもん……ランク:王なんだぞ!?」
この摩訶不思議な力溢れる世の中だ、もしやと思ったがシューマンに完全に否定されてしまった。
しかし……輝石:転移が貴重? ランク:王といえども組織には溢れていた輝石だが、そんなに貴重なものだったとはな。
イカンイカン! 世間との認識のズレは災いを
「
「なぁ、その……俺にも一本くれないか? 煙草」
「ふざけるな、これは俺のものだ。誰が貴公なんぞに」
「元々俺のだろ……なぁ頼むよ? その礼は返してくれないか? クロウラに付いたら他の礼をするからさ」
「礼を返せとは面白い奴だな……ぜっっったい! やだねぇぇぇぇ!!」
その後、俺達は日が沈むまで歩き通した。正直な所、睡眠時間は十分だし空腹でもない。悪魔に襲われても二人ならどうとでもなるし、夜営する必要はなかったのだが。
しかし、これは素晴らしい。夜営を設営中に感じたのは喜びと楽しさであった。昨日までの夜営など、手頃な場所に腰を下ろして貪り眠るだけの適当なもの。
ここでは火を起こし、水を汲み、料理を作る。そして火を囲んでの他愛のない談笑、未来の展望を仲間と語り合う。
俺は今、冒険をしているのだ。まぁ仲間と呼べるか疑問だし、相手は女の子ではないが……そこだけに目を瞑れば最高に楽しめそうな夜になりそうだ。
――――――――
――――
――
―
「――――素晴らしい!! 素晴らしいよシューマン君!! まさか外でお肉が食べられるとはッ!!」
「サージェス、アンタ今までどうやって生きて来たんだ……? というかそんなに強いなら、狩りなんて楽勝だろ?」
「ムシャムシャ……モグモグ……狩りなんてのは余裕だ。でも調理なんて出来ないもん」
「出来ないもんって……冒険者として、それは最低限のスキルだぜ? とりあえず毒を抜いて焼けばどうとでもなるんだからよ」
まったくうるさい奴だ、今楽しいお食事中だと言うのに。
しかし塩を振って焼いただけの獣肉がこうも美味いとは。パーティーに調理師を加えるのもいいかもしれん、俺は料理する気ないからな。
「さっきからゴチャゴチャ言ってるが、シューマンは調理が出来るという事だな? この肉は加工済み、今回のは調理とは言わないぞ?」
「最低限は出来るさ! そもそもその肉は俺が加工したんだ。元々は毛がビッシリ生えた剛毛ウサギだよ」
剛毛であろうがなかろうが、ウサギには毛がビッシリ生えていると思うが。
自信満々にそう言い放ったシューマン。確かに肉を焼く時の様子に慣れは見えたが、調理となると別であろう。
よく分からないが、皮を剥いで? 血を抜いて? 食べられない臓器を摘出する? そんな感じだろ? 想像するだけで気持ち悪い。俺には料理人の才はないようだ。
その調理を最低限こなせるとシューマンは言ったのだ。それであるのであれば試してみようではないか。俺ももっとお肉食べたいし。
「ん? おい、どこいくんだよ? そっちは川だぞ? 水汲みか?」
「まぁ待ってろ、ついでに水も汲んでくる」
辺りは漆黒、真っ暗闇だ。前方一メートル先も見えやしない。
そんな闇の中に聞こえるのは静かな川のせせらぎのみ、その音を頼りに川に近づいて行く。
「――――さぁ、狩りの時間だ」
感覚を研ぎ澄まし集中する。そうすれば見えなくとも見えるのだ。
それは本来人が持つ力。五感を最大限にまで研ぎ澄ませば目を瞑っていようが全て見える。
ただ人は、忘れているだけ……正確には眠らせているだけ。
眠っているのであれば起こせばいい。内に眠る、人が持つ本来の力を喚び醒ます!
「我が喚び声を聞き、目醒めよ――――ッよっと! もういっちょ!!」
投げた石が川底を叩き、その衝撃で気を失った魚が水面に浮いて来る。魚の位置を完璧に把握し、身を傷つけないように注意して放った一撃。
素晴らしい成果だ、大きなお魚さんコンニチワ。
まさに大漁ぞ。俺は沢山のお魚さんを連れ野営地へと戻った。
「――――ほれシューマン、調理してくれや」
「な、何をしたんだ? こんな大きな魚をこんなに沢山、あんな短時間で……」
「バッカお前! 鮮度が命ぞ!? 命に感謝しさっさと調理を始めんか!!」
なにやらまだ言いたい事があるようなシューマンだったが、ちょっと睨みつけただけで大人しくなった。
「気を付けろよ? そ奴らはまだ生きておるぞ? ああぁほら!? そっちのお魚が目醒めた! 跳ねてる跳ねてる!!」
「ちょっ……なら手伝えよ!? なに呑気に肉食ってんだ! ああっ!? それ俺のウサギ肉じゃないか!?」
「貴公には魚肉があるだろ? こっちの処理は任せろ。そもそも俺、魚あまり好きじゃない」
「んなっ……ならなんでこんな捕って来るんだよ!?」
つい先ほどまで命の危機に晒されていたとは思えないほどに、生き生きとして怒りを露にするシューマン。
酒がないのが残念だが、ここ最近で一番楽しいと思える夜は馬鹿笑いのもと更けていった。
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