第一章 ~冒険者になります~
第4話 自由な第一歩
元我が職場、神の軌跡を退職してから三日が経った。
神の軌跡の本部がある、【聖都アハムカイト】から少しでも離れたかった俺は、道なき道を突き進んでいた。
最低限生活するための輝石は残っているが、方向などを知るための輝石は残念ながら持っていない。俺が道に迷ったのもそれが理由だ。
断じて、方向音痴な訳ではない。
「今日も野宿か……携帯食も残り少ねぇ、流石にそろそろ街に行かねぇとな」
ぶつくさと文句を吐きながらも、慣れ親しんでしまったクソマズい携帯食を咀嚼する。
数日前には世界最大の組織の幹部として、馬鹿みたいに豪勢な食事を取っていたのが嘘のような変貌ぶりだ。
まあしかし……すっっげーー楽しい!!
これが自由というものか? 誰にも命令されず、何にも縛られず、自分の責任で自分が望んだままに生きていける。それがなんと素晴らしい事か。
色々と言いたい外野は多い事だろう。そんな事が出来るのは力ある者だけだ、自由を望んでも自由を勝ち取れない者は大勢いるのだ。その者の前で、お前は楽しそうに自由を謳歌できると言うのか? 弱者の気持ちを少しは考えたらどうだ?
なんて言う奴はいると思うが……知らね~よんなもん!!
なんで俺の自由が他人の顔色を窺わなければならないのか。そんな崇高な精神を持っているのであれば、前職が悪の組織の怖いお兄さんなんてやってねぇだろ!
とまぁその程度の人間よ、俺なんて。
他人に迷惑は極力かけるつもりはないが、俺の自由のためならば死んでもらう。俺の自由を守るために、諸君らには不自由になってもらおう。
簡単な事さ。自由のために、他人の自由を殺すまで――――
「……うっぷ、ご馳走さん……さて、一服一服……」
無駄に腹持ちのいい携帯食を食べ終え、苦しいと訴えかけてくる胃に向かって、有害物質を送り込み黙らせる。
ガキの頃から組織の一員だった俺の周りには、煙たい大人が多かった。あれよあれよと俺もスモーカー、まぁ後悔はしていない。
もちろんガキの前で吸うような真似はしない。安心してくれ、自由を履き違えたりしないさ。
まぁでも最近は、禁煙派の勢力が強まっているらしい。その勢力は元職場にも影響を及ぼし、喫煙室撤去という功績を成し遂げていた。
いや悪の組織が禁煙推奨て!? 悪い事やってるくせに健康に気を遣うとかどうなのよ。そのせいで俺は異常に肩身が狭かった、執務室で吸うと
しかしここは森の奥深く。文句を言う奴も睨んでくる奴もいない。この森全てが喫煙所、自由最高だぜ。
あ、ちゃんと後始末はしますのでご心配なく。火の始末はもちろん、ポイ捨てなんて論外だからな。
「ふぅ~……さてと、少し休むか。時間なんてアホみたいにあるからな、自由最高だぜ……」
歩き疲れた体を休めるため横たわり、目を瞑る。
転移の輝石を置いて来てしまった事は激しく後悔している。あれがあれば今頃は、フカフカのベッドの上で涎を垂らしていた事だろう。
また一からやり直しか……せっかく集めた便利な輝石も、貴重な神ランクの輝石も、ほとんどを置いて来てしまった。
まったく……最高だな? 俺は人生をやり直す、今後こそ……自由に……――――
――――――――
――――
――
―
「――――だよ――――ない!」
「――――んな――――とかしろよ!」
意識を落としどのくらい経ったか、体感では数時間と言った所だが。
その落ちた意識を喚び醒ましてくれた不快な声。少し離れた場所から、男と女の言い争いのような声が聞こえたため体を起こした。
微睡む意識を一瞬で覚醒させた俺は、様子を見るためにと声がする方へと近づいて行った。
「――――
「そ、それはミーズィの命令だろ!? カマロ達だって了承したじゃないか!!」
「黙れッ!! まったく使えない奴だ! 最後くらい役に立て! おぉらよッ!!」
声の主は五、六人の男女、冒険者のパーティーのようだった。
そのパーティーを半円状で囲んでいる、蟻のような蜘蛛のような生き物。
まぁ俺はずっと個だったから、その考えには否定的だが。
「――――グァッ………お、おい嘘だろ!? お前ら! 俺を置いてくのかよ!?」
「使えないアンタは用済みよ! ば~いば~い!」
「ごめんなさい……ッッ!」
「そ、そんな……エミレア……お前まで……」
あ~らら……仲間割れか? なんとも惨い、まさか蟻蜘蛛の群れの前に蹴り出すとは。
一人の男を生贄にして、他の者は全速力で戦場から離脱した。一度も振り返る事なく。
その行動、俺は間違っているとは思わない。全を守るため個を犠牲とす。それは最も多くの者が生き残れる最善の策であろう。
残された者は溜まったものではないが……それにこの者は覚悟して残ったのではなく、蹴落とされてしまった弱者。多少は同情してしまうな。
「……クソッ、アイツらッッ……!! こぉのぉぉぉお!! こいよ悪魔ども!! ここに死に花咲かせてやらァァ!!」
メイスを持ち木盾を構えた男は、勇ましくも悪魔の群れを威嚇し始めた。
その顔に悲壮感はなく、何が何でも生き残ってやるんだという覚悟が感じられた。
素晴らしい、見せてもらおうじゃないか? そもそも蟻蜘蛛は絶望すべき相手ではないぞ? その震えている足をなんとかしろ、情けない。
さて、では観戦させてもらおう。煙草に火を付けて……さあ、自由な冒険者の自由な戦いを見せてくれ!!
「ギィェェェェ!? だ、誰か!! 誰か助けてくれぇぇぇぇぇ!!」
先ほどの勢いはどうしたと言うのか、急に泣き言を言い出してしまった長髪の男。
まだ何も始まっていないぞ? せめて少し戦ってから諦めて欲しいものだ。観戦者としては面白くないな。
体は硬直してしまったのか、動く気配はない。足は震え、勇ましかった表情は涙と鼻水でグシャグシャだ。
……大の男が泣きわめく、実に面白い。面白い奴の事は好きである。
「ヒィェェェェ!? 誰かあぁぁぁぁぁぁ!!」
「――――そんな叫ぶ元気があるなら戦えよ……このメイス、借りるぞ?」
「助け……へっ!? あ、あなたは……?」
ただただ重いだけの粗悪なメイスを男から奪いとり、蟻蜘蛛と対峙する。
別に武器など使わなくても排除出来るだろうが、足の多い化け物は気味が悪くて触りたくない。
それに何を隠そう……武器の輝石を全て置いてきてしまった。ポケットには煙草しか入ってねぇ……。
「いっくぜェェ……おおおおりゃあああああ!!」
≪ギギギギッギペッ――――≫
喚び醒ました肉体を最大限に活用し、クソ重いメイスを力任せに一閃。先頭にいた蟻蜘蛛はメイスに触れた瞬間に弾け、霧となって消えていった。
その他の有象無象、それらは鈍圧により巻き起こった衝撃波でスタズタに、ある者は森の彼方まで吹き飛んでいった。
久しぶりの運動に体が文句を言っているようだが、我慢してくれ。冒険者となったからには、泥にまみれて粗悪な武器を振るうものだ。輝石で簡単に解決では味気ない。
しかし……やっちまった、なんてこった……!
「クソったれが……!! おいアンタ」
「は、はいっ! あ、あの……助けてくれて、ありがと――――」
「――――煙草持ってないか? 今の衝撃で吹き飛んじまったよ」
煙草だけは大量に持ってきたはずなのに……由々しき事態である。
「あの……これでよければどうぞ……」
「オッホ!? 素晴らしい!! 素晴らしいよ君! 助けた甲斐があったというもの……まてよ? そもそも助けなければ煙草を失う事もなかったのでは……?」
「そ、それ全部差し上げます!! 増えましたよね? 助けた事で増えましたよね!?」
何を慌てているのか、別に取って食ったりしねぇよ。
不安そうな表情をした男を尻目に煙草に火をつける。助けた甲斐はあったようだ、一本だった煙草が五本になった。
つまり、報酬は煙草五本。貰った煙草を見つめていると、ある種の満足感に包まれ体が震え始めた。
俺は、冒険者としての第一歩を踏み出したのだ!!
しかしここで、一つ問題というか……どうしても確かめなければならない事がある。
コイツ長髪だし、もしかしたらありえるかもしれん。
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