桜の木の下に

くにすらのに

桜の木の下に

 昨日はあんなに晴れていたのに一転して今日はまるで嵐だ。

 だけど都合がいい。今誰かに目撃されて通報されては困る。

 これは彼に向けた事件という名のメッセージなんだから。


「ハァ……ハァ……彼の夢は……わたしが叶える」


 ついにやってしまった。

 頭の中で何度も想像した光景。それが今、現実のものになっている。


 わたしを見つけて。

 そしてもう一度、わたしの名前を呼んでほしい。


 忌々しいこの女の長い髪を見たら気付いてくれるかな。

 だって彼は名探偵だもの。



                * * * * *



 花粉が飛んでかすみがちな3月の空。だけど今日の青は格別だ。

 空が俺達の門出を祝福していると思いたくもなる。


 無事に卒業式が終わり、クラスメイトとわちゃわちゃ卒アルにメッセージを書き終えたらあとは打ち上げだ。

 まだ時間があるので俺達は校内をブラブラと歩いていた。


「結局、事件なんてなーんにも起きなかったね」


「平和な高校3年間であった」


 今年の開花予想は平年より早いらしいがさすがに卒業式には間に合わず、まだつぼみの状態で俺達卒業生を見送ってくれている。


「懐かしいなあ。入学初日に『東から数えて2本目の桜の木の下には死体が埋まっている』とか言っていきなり穴を掘ってたの」


「中学の頃からずっと気になってた噂なんだよ。高校生探偵を目指していた俺としては掘らずにはいられなかった」


「もし本当に埋まってたらリクが入学する前に警察が発見してるって。そこに思い至らないあたりがポンコツ探偵って感じ」


「うっせ。アヤナだって興味津々で見てたじゃねえか」


「それはリクの奇行があまりにもおもしろいからだよ」


 当然死体なんて埋まっているはずもなく、俺は入学して早々に名前もよく知らない生活指導の先生にこっぴどく叱られた。

 探偵を夢見て突っ走ったおかげでいろんなやつに話掛けられて、友達たくさんの楽しい高校生活になったんだから後悔はない。


「でもまさか、探偵を目指してたリクが考古学に目覚めて理系に進むとはねえ。中学の成績を考えたらホントにビックリ」


「入学初日の穴掘りで地面からいろいろ見つけてさ。それが楽しかったんだよ。過去の出来事を紐解くという意味では探偵みたいなもんだし?」


「ホント、口だけは達者よね。適当な発見をでっちあげて学会で炎上しないか心配」


「そんな不正はしねーよ! お目付け役がいるんだし」


「誰がお目付け役よ。まったく。私が理系選択して同じクラスじゃなかったら進学どころか進級すら危うかったくせに」


「本当に良かったのか? 俺と同じ大学なんて。だってアヤナは……」


「はいストップストップ。その話は進路選択の時から何度も言ってるよね? 料理は化学なの。だから専門学校じゃなくて理系の大学。別にリクのお目付け役として進学するわけじゃないんだから」


 生暖かい風が俺達の間を通り抜ける。アヤナの髪は入学の頃から比べるとすごく伸びた。たぶん一度も切らずに今日を迎えたと思う。

 中学の時は謎の校則のせいで伸ばせなかったからその反動だと本人は言っていた。


 さらさらとアヤナの髪がなびくと、つぼみを付けた桜の枝も左右に揺れる。

 俺の勝手な思い込みだけど応援してくれているような。そんな風に見えた。


「なあアヤナ」


「うん?」


「お目付け役っていうのは冗談にしてもさ。せっかく同じ大学に行くんだし、なんならこれから先もずっと……」


「ストップストップ!」


「ええ……」


「そういうのはちゃんとお互いに夢を叶えてから。考古学者なんて狭き門なんだからちゃんと勉強しないとなれないよ?」


「じゃあ夢が叶ったらいいのかよ」


「んー? 何がかなあ? その時に改めて言ってくれないと私わからない」


「くっそ。素直じゃねえな」


「ちょっとひねくれてるくらいじゃないとリクのお目付け役なんて務まりませんから」


「はは。それもそうか」


 思い出の桜の木と校舎をその目に焼き付けて、俺達は校門をくぐった。

 

「そういえば死体の噂って誰が言い出したんだろ。リクは誰から聞いた?」


「えーっとたしか……」


 俺は当時の探偵熱をさらに熱くしてくれた“彼女”の名前を口にした。

 その名前が一生俺を苦しめることになるとも知らずに。

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