彼女はミステリーというものを根底から勘違いしているようだ

神凪

謎解きを馬鹿にしすぎでは?

「……はぁ……」


 ものすごく綺麗に晴れた空。こんな日は、ため息が尽きそうにない。理由はもちろん、隣に引っ越して来やがった奴なのだが。


「お、裕理斗ゆりとくん! おはよう!」

「……おはよう、晴空そら。今日も元気だな」

「当たり前よ! あ、裕理斗くんも一緒に散歩行く?」

「行かない」

「つれない」

「いろいろと忙しいんだよ。また遊んでやるから」

「うん!」


 こいつは間違いなく俺の悩みになっている、暁晴空あかつきそら。二つ下で、馬鹿だ。どうしてこんな馬鹿が誕生したのかが不思議なほど馬鹿だ。こいつの両親が手に負えていないくらい馬鹿だ。

 もう一度だけ言っておこう。暁晴空は馬鹿だ。

 そんなことを考えていたら、いつの間にやら晴空はいなくなっていた。まずい、あのテンションだとどうやら今日も俺は悪質なストーカーになる必要があるらしい。


「はぁ……」


 再び大きめのため息をついて、俺は影から晴空を見守ることにした。






「あ、おはようおばさんたち!」

「あら、おはよう晴空ちゃん。今日も裕理斗くんは一緒じゃないんだねぇ……」

「裕理斗くんは最近忙しそうだよ」

「お勉強が追いついてないのかねぇ……」


 残念、勉強はできている。できていないのは隣人の子守りだ。


「ところでおばさん、唸ってどうしたの?」

「ああ、昨日すごく窓ががたがた言って、ちょっと怖くてねぇ……」

「窓が?」

「そうなの。もう年数……」

「空き巣かもしれません!」

「えっ?」

「はぁぁぁぁぁ……」


 出た。またやりやがった、こいつは。

 ただでさえ困っている人を余計に困らせるのはやめてほしい。

 もちろん空き巣なんかではない。昨夜は風が強くて、うちも窓がうるさかったのだ。


「なにか無くなっていたものとかは!」

「さ、さぁ……特には無かったと思うけれど」

「なら愉快犯か……」


 愉快なのはお前の頭だ。

 言いたいことだけを言って走り去ってしまった晴空を見失わないようにして、俺はおばさんの不安を解消しておく。


「あの頭愉快のことは気にしなくていいです。昨日は風が強かったので、おそらくそれです。明日補強しに伺ってもよろしいですか?」

「あら裕理斗くん。忙しいんじゃ?」

「あいつといると身体が二つ三つあっても足りないので……」

「そうねぇ……」


 苦笑を浮かべているところを見るに、おばさんも晴空には多少の迷惑を被っているのだろう。それを口に出さないあたり、ここの人達の人柄の良さが見える。


「窓の補強は裕理斗くんにおまかせしようかしら」

「はい。……あと、もうちょっとだけあいつに付き合ってあげてくれますか?」

「ええ。ふふっ、裕理斗くんも大変ねぇ」

「まあ、もう慣れてきましたよ」


 それだけ言って晴空を追いかけることにした。言いたいことだけを言っているのは俺も同じな気がしてきた。

 一方の晴空はというと、しばらく存在しない空き巣を探して、それから肩を落とした様子で公園のベンチに座っていた。


「……見つからない……」


 当然だ。だって居ないのだから。

 それでも晴空は諦めてはいないようで、全く意味の無い推理を繰り広げている。ここまでされると、どうにも真実を伝えがたい。できれば自分で気づいて欲しいところだ。

 だが、そんな願望も虚しく、晴空はまた走り出してしまった。早い。見失うくらいに早い。というか、見えない。


「……えぇ……」


 暴れ馬を放ってしまった。

 とはいえ、そろそろこの辺りの人達は暁晴空がどういう人間かを理解してきたはずだ。それほど大事にはならないと信じたい。それなら別に探す必要はないだろう。


「……安心、はできないか」


 やはり心配だったので探すことにした。






「見つからないんだが」


 二時間ほど探し回った。いつの間にか昼下がりである。本当に探す方の気持ちにもなってくれ。

 結局あてもなく探すのも疲れてしまい、見失った公園に戻ってくる。そしたら、いるではないか。散々掻き回してくれた奴が。それも呑気にベンチの上で眠りこけていた。

 あまりにも不安定な体勢で眠っていたので肩を貸してやる。が、かなり酷い寝相だったので俺の頭と強めにぶつかった。


「ってぇ……」

「んえ……ゆりとくん?」

「ああ、俺だ。こんなところで寝るな」

「んむ……あきすは……?」

「ああ、あれな。空き巣じゃなかったんだってさ」

「そうなの……?」

「そうらしい」


 なるべく柔らかく言うことを心がけておく。


「そっかそっか。裕理斗くんが原因を調べてくれたの?」

「ん、まあそんなところだな」

「そっか、なら名探偵では」

「たまたまだけどな」


 それに、俺が名探偵ならお前は迷探偵だ。真実がふたつ以上出てきそうだからな。


「帰るぞ」

「あ、うん! あれ、そういえば今日は忙しかったんじゃ?」

「終わった」

「そっかーならゲームしよ!」

「はいはい」


 できればもうこいつに振り回されたくはないが、それでも、もう少しくらいなら付き合ってやるのもいいかもしれない。

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彼女はミステリーというものを根底から勘違いしているようだ 神凪 @Hohoemi

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