第6話 学友でもなく、親友でもない戦友の様な間柄

 「奥様……あの、私は……」

 佐喜代は、もしも自分に子供が出来て、芙美香が跡継ぎ問題に発展してしまうのでは、と懸念し、不安に駆り立てられるのであれば、仕方ない事として子は諦めても構わないと思っていた。茂保の了承は得てはいなかったが、本家の奥様が懸念されるならば……致し方ない。


 「私はその様な酷いお話は初めて伺いました。奥様がもし、あの……」


 心の在り方は決まっていても、言葉につかえてしまう。





 芙美香が佐喜代の言葉をやんわりと遮る。


 「佐喜代さん……あの、勘違いなさらないで。あたくしは貴女に釘を刺す真似をしているのではなくてよ。あたくしの『覚悟』を聞いて頂きたかったのです。この先ずっといがみ合う間柄ではなくて、学友……いえ、親友……でもないわね……あ、そうだわ『戦友』が一番近いかしらね」


 「せ、戦友……」


 芙美香は急に女学生に戻ったかの様な明るく華やかな笑顔になった。


 正妻と妾が戦友などと、有り得ない話である。敵同士ならば理解出来るというものだ。


 「何しろ貴女はお義母様のお抱え女中頭だったそうじゃないの。これ以上こんな強力な頼もしい戦友は望めなくってよ。あたくしは運が良いわ」



 「……えっ……」


 それでは、敵は茂保の母、姑の志津乃しづのと宣言しているのと同じではないか。


 「ま……っ、奥様……っ!」

 長年志津乃に仕えて来た佐喜代である。こちらの若奥様はとてもしっかりと自分の意見を持っている。奥様がとても気位高く気難しく我が儘な元、お姫様だと、重々心得ているのだ。だからこその戦友との例えなのだろう。


 「ふ……っ。ふふふ……っ」


 我慢しているつもりが、堪えきれずに笑い声が漏れてしまう。佐喜代は、着物の袖で急いで口元を覆い隠した。


 「あら、ご理解頂けたかしら……頂けた様ね。ねえ、そうでしょう? 貴女が一番良くご存じのはずですもの。ホホホホ……ねえ、我慢なさらないで、っ、お、ホホホ……!」


 佐喜代は久しぶりに人前で声を出して笑った。芙美香もまた、柴田家へ嫁いでからこれまで、義父母の目の届かない場所で腹の底から笑い声を上げた事はこれが初めてであった。



 (私はこちらの若奥様が為さりたい様にお暮らし頂ける様、茂保様と生きて行きたい)


 柴田家に無用な波風は立てたくはない。



 「あ、あの、私は子どもの事などは、望んでは……おりません。」


 しばし笑っていた芙美香が急に真顔になった。心なしか、不機嫌さを浮かべている様に見えた。

 

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