第5話 芙美香の学友

 「ねえ、佐喜代さんは、こんなお話をお聞きした事は無いかしら?」


芙美香はとある女学校時代の学友について淡々と語り始めた。




 女学校の学友たちは、入学はしても卒業する者は少なく、皆一様に嫁ぎ先が決定すれば退学して家同士で決めた婚姻に言われるままに従った。



 芙美香の友人も例外ではなかった。入学して半年足らずで退学し、家柄も財力も思惑も釣り合った先へ嫁いだ。


 結婚して一年と少しが経過した頃、彼女は『子どもが出来ない』事を理由に離縁させられ実家へと帰された。


 相手には昔から通う女性が存在していた。あまり評判の良くない女給上がりの女で、妾として自宅や店を与えられ、店主として君臨していた。


 その妾とは、男の子が一人生まれていた。他に妾は数名存在していたらしいが、子を成せたのはただ一人であった。


 後添いはその後二名迎えたが、どちらも子が成せずに離縁させられた。


 焦りを感じた一族は、迷いに迷ってとうとうその妾と子を本家へと入れてしまった。


 最初に嫁いだ友人は、実家へと帰された後に、子が出来ない身体と悪い噂が流れては、まだ嫁ぐ前の妹達に影響されては困るからと、実家から遠く離れた田舎に別荘という名の簡素な造りの家と使用人数名をあてがわれ、厄介払いをされた。

 


 彼女はその三月後に自ら命を絶ってしまったという。

 女学校を退学してから三年もしない内での事であった。


 妾が後添いとなり、子どもと家へ上がってしばらく後、世間では奇妙な噂が流れた。


 (旦那様には子種が無かったのではなかろうか。妾上がりの後添いには、旦那様の他に通う男が数名いたという話だ。

 その証拠に、他の妾には子がいない。本家の跡継ぎは いったい何処の誰に似ているだろうな。成長するのが楽しみだ。旦那様は既にいいお歳だからね。次は無理だろうから。)




 本家も新宅も傍系一族も、目を見張って跡継ぎの成長を楽しみにしているが、皆それぞれ思惑は異なるらしい。



 「……というお話なんですが。どなたかそんなお噂はされていなかったかしら」


 佐喜代は顔を青ざめて芙美香の話を聞き入っていた。

 妾として、正妻から釘を打ち込まれた気分であったからである。

 


 ……若奥様はなぜ私にこんなお話をされたのかしら……茂保様と私の間に子どもが出来た時、跡継ぎ問題へ発展するかもしれないという意味なのかしら……。



 佐喜代は恐る恐る芙美香を見上げた。 

 悲しそうな曇りのある顔をしていた。


 「……女に生まれてこんな理不尽な仕打ちなんて無いわ。あたくしは我慢ならないの。ですからね。あたくしが結婚する時は絶対に彼女の様な人生にはならないと心に誓ったのよ」



 芙美香は悲しそうな顔のまま、僅かに微笑んだ。



 

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