第4話 殿方

 芙美香は窓の外を見つめて、庭から庭園と呼ばれる入り口までに続く道に目を向けた。


 「あたくしはね、あちらに見える立派な庭園よりも、そちらへと続く道の両側にある草花の方が好きなのよ」


 そこは池や四季折々の木々や豪華絢爛な花々が、計算し尽くされてどちらから見ても死角無しの様相で植えられている。職人が腕によりをかけ、丹精込めて造り上げた作品である。

 その職人達も従業者専用の同じ長屋で暮らしていた。


 佐喜代も道端の草花も美しいと思う。草むしりと言って手入れをされ、野の花を手折られる前に、自室に飾ったりもした。

 「私もです。こちらのお庭に咲いているお花たちが好きです……。」


 芙美香は、佐喜代に微笑んだ。

 「そうですってね。茂保さん……あ、もう旦那様だわ、から伺っていてよ。あなたはそういうかたとね」

 「えっ、坊ちゃま、あ、いえ、旦那様が……? 」


 若奥様に自分の話をされたのは、茂保様だったのかしら、と佐喜代は咄嗟に考えた。……では、先ほどのお満津さんの笑いを堪えていた様子は何だったのでしょう。


 「ねえ、そんなに構えないでくださるかしら。あたくしたち、これからのことを腹を割って話し合わなければなりませんのよ。茂保さんたら、先ずは二人でゆっくりじっくり話し合って、それから今後の生活について決めて行きましょう、ですってよ。もう、殿方はお気楽なものねえ」


 腹を割って、話す? 佐喜代は、主人に仕える身だと心得ていた。若奥様に呼ばれて、自分の弁えや振る舞いを改めて言い渡されるのだと承知していたのだった。


 それが、女中あがりの妾としての当然の立場だと、そう納得をしていた。


 「あの……恐れ入りますが、その」

 「なあに。素直に思っている事を仰って。あたくしもちゃんとお話ししてよ。あ、そうそう。今日はお義父様もお義母様もお戻りは遅くてよ。だから安心してね。昼食もご一緒しましょう」


 佐喜代は言葉を失った。何を話そうとしていたのか、自分でもわからなくなっていた。


 「佐喜代さん?どうかなさって? 」


 はっとした。顔を俯かせていた。佐喜代が顔を上げると、柔やかな芙美香が真っ直ぐに見つめている。


 なんて真っ直ぐなかたなのだろう。真っ直ぐ過ぎて、畏怖を覚える。

 私の様な身分の者には、考えられないお言葉を掛けてくださるこちらの若奥様は、本当に変わってらっしゃるお方なのだ……。


 「あの……私には、過ぎたお言葉を頂いたものですから、あの……なんと申し上げたら……」


 「止めましょう。卑屈にならないでちょうだい。」


 芙美香が佐喜代の座っている椅子の横までツカツカと近寄った。部屋に入る際には足音もせずに歩んできた彼女であったのに。


 近付いたと思った時には、さっと屈んで佐喜代と目線を同じくした。その動きは素早かった。


 「お、奥様……」

 「貴女はね。柴田家の次期当主が選んだ方なのよ。しかも、あたくしと知り合う前によ」

 「そ……それは……」


 不可抗力と言うものだろう。それを踏まえての言葉であることを佐喜代は分かっている。


 「茂保さんには、貴女の他に通う方はいらっしゃらないと聞いています。ですから、貴女と私だけなのよ。旦那様が愛情をくださるのは。そうでしょう? 」

 「はい……」

 「貴女も柴田家に深い関係がお有りだし、これから私たちは旦那様を挟んで人生を送らなければならないのよ。ずっとよ」

 「……はい」

 「旦那様と貴女の間にお子が出来たり」

 「えっ……」

 「勿論、あたくしとの間にも授かると思うし思いたいわ」

 「……はい……」

 芙美香は柴田家の跡取りを期待されている若奥様である。自らの子どもについては、考えたくも有り、考えたくも無い佐喜代であった。柴田家のお家騒動に巻き込まれてしまう危うさがある。


 「なぜ、あたくしが貴女と何の障害もなく行き来出来る様になりたいのか、と不思議だったでしょうね」


 

 芙美香はすっ、と立ち上がり、今度は足音を立てずに静かに椅子に座った。とても優雅な仕草であった。


 「あたくしは、貴女に自信を持って頂きたいのです。それと同時に矜持もよ。貴女はあたくしと同等の立場に在ると考えて頂きたいわ」


 耳を疑う言葉である。正妻と妾が同等の立場に在ると考えている若奥様が、この世に存在されるだろうか。心の底からそんな事を言われるのであろうかと疑う佐喜代であった。

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