命に関わるアプリ

ぽてゆき

命に関わるアプリ

 相変わらずの残業で、地元の駅に着いた頃にはもう日付が変わっていた。

 駅を出てすぐの所にあるコンビニで、いつもようにロールケーキを買った。

 朝から晩まで働きずくめの1日の終わりに、せめてものご褒美だ。

 

 そして、コンビニを出て、一目散に自宅アパートへと早歩きで向かう。

 時間が時間だけに、人影はほとんど無い。

 立ち並ぶ家々の中に明かりの付いた窓はごく僅かで、街灯の淋しげな明かりのみを浴びながら薄暗い道を歩いて行く。

 そんな中、道のど真ん中に一際明るく輝きを放つ四角い物体が落ちているのが目に入った。

 

「……スマホだ」

 

 そう呟きながら、私はそれを拾った。

 時間が時間だけに、どこかの酔っ払いさんが落としてしまったのだろう。

 さあて、どうしたものか……。

 

 今さらだが、無視して通り過ぎれば良かったと後悔した。

 一刻も早く家に帰ってシャワーを浴びてぐっすり眠りたいところだが、、また地面に置き直すというのもなんだか気が引ける。

 交番に持って行くのが一番良いんだろうけど、また駅の方に戻ると言うのもあまりにも面倒くさすぎる。

 

 ああ、どうしよう……と悩みながらふとスマホの画面を見てみた。

 スカスカな画面の中に、1つだけアプリのアイコンが置いてある。

 

「命に関わるアプリ……!?」

 

 ハートマークをモチーフにしたアイコンの下にそう表示されていた。

 人気の無い深夜の住宅街にポツンと1人で突っ立ってる状況を考えると、背筋が凍るような薄気味悪いアプリ名に思えたが、それ以上になぜか興味をそそられた。

 

 他人のスマホだけに少し気が引けたが、考えようによっては私はスマホを拾ってあげた恩人なんだから、少しぐらい中身を確認するぐらい当然の権利……と妙な発想で罪悪感をねじ伏せ、私はそのアイコンをタップしてみた。

 すると、真っ黒な背景に白い文字で『宝探しを始める』と表示された。

 

「おっ、これは……」

 

 仕事のやり過ぎて頭も相当疲れて思考力が低下しているのだろうか。

 その文言をみて、無性にワクワクしてきてしまった私は迷わずタップする。

 すると、今度は『北へ38歩』と大きな文字で表示された。

 

「北……って、どっちだっけ」

 

 と、バッグから自分のスマホを取り出し、今までほとんど使ったことの無い<コンパスアプリ>を立ち上げた。

 赤い矢印が指し示す北の方角にあるのは、残念ながらウチのアパートからは遠ざかる道だった。

 まあでも、38歩ってすぐだしね……と、私は「いーち、にー……」と数えながら北へと進んだ。

 

 すると、スマホの画面上に表示されている文字が自動的に切り替わり、今度は『東へ72歩』だった。

 コンパスアプリで確認しながら、東へ72歩進む。

 次は北東に138歩。その次は西に358歩……と、私は時間が経つのも忘れて夜中の街をひたすら歩き続けた。


 


 ふと、時計を見るともう夜中の3時を過ぎていた。

 誰かのアプリはどうやらドSなようで、指示される歩数がどんどん増えていき、ついに1回の指示で1000歩を越えていた。

 

「お宝はまだなの……」

 

 と、ボヤキながら手の甲でおでこの汗を拭う。

 そして、なんとか『南へ1285歩』と指示された場所まで辿り着いたその時。

 スマホに表示されていたその『南へ1285歩』の文字がじわっと消えて行き、代わりに赤いドクロマークが浮かび上がってきた。

 

「なにこれ……」

 

 そう呟きながら、私はこのアプリの名前を思い出して血の気が引いた。

 命に関わるアプリ……。

 ──なんてこと!

 

 そもそも、道のど真ん中に都合良くバックライトの付いたスマホが落ちていること自体、おかしいと思わなければいけなかったんじゃないか。

 あれがもう罠の始まり……。

 

 そして、バカみたいに指示されるがままこんなところに来てしまった。

 夢中で歩き続けたので全然気付かなかったが、今いる場所の周りには街灯も家もない林の中。

 その闇の中のどこかに潜んでいるこのスマホの持ち主はきっと

 

(『命に関わるアプリ』なんて分かりやすい名前を付けてやったのにまんまとおびき出されやがって……)

 

 なんて思っているに違いない。

 くそっ! こんなもの!!

 せめてもの抵抗で、思いきり犯人のスマホを地面に叩きつけようとした時。

 パリンッ!

 と、音がした。

 

 しかし、スマホはまだ私の手の中。

 そして、どうやらその音はスマホのスピーカーから出たものらしい。

 画面を見ると、真っ赤なドクロマークが粉々に割れ、画面がパァァと明るくなっていき、キラキラ輝く宝箱が現れた。

 

「な、なんなの……!?」

 

 戸惑いながら見続けていると、宝箱がパカッと開き、中から『健康』という文字が飛び出してきた。

 そして、優しげな女性のナレーションが流れ始めた。

 

『コングラチュレーション! あなたは大切な宝を手に入れました。そう、それは健康です! しかし、これはゴールであると同時に新たなスタートでもあります。次のステージではさらに歩数が増え、あなたの命に関わる運動不足を解消させて……』

 


〈了〉

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命に関わるアプリ ぽてゆき @hiroyu

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