魔法少女の決めポーズ
「正直、すごく不安なんだけど、み、見せるよ」
どうして爪切りをあげたか。僕は羽鳥さんと自分の顔の間に左手を広げた。顔は息づかいが聞こえるほど近かったから互いの顔を隠すようになった。それでも目は逸らさなかった。
よくよく考えたら寝巻き姿にサンダルで、すごくみすぼらしい格好をしていた。このパジャマなんて窮屈で小さいから、なんとなく馬鹿っぽい感じに見える。制服姿の羽鳥さんと比べたら、違和感しかない。
「見て。爪が延びたり縮んだりしてるの分かる?」
「うん、分かる」
「最近になって出来るようになったんだ。僕は、僕は爪切りのいらない、ビックリ人間になったんだ」
「ぶっ!! あははははは」
「あは。あはって、笑い事じゃないでしょう! ぜったい気持ち悪いと思われるから黙っていたのに」
「キモいけど、ごめんなさい。キモい以上の言葉が見つからないわね」
「って、ひどいよ」
「あはははは。笑っちゃったけど、だって使い道なくない?」
「意外と延びるから背中を掻いたり出来るし、新聞紙をまとめた紐を切ったりするのに便利だよ。電気をつけたりも立たないでいいし。あとね、あとね」
「くっ、ぷぷ。ちょっとここじゃ、あれだからこっちに来て」
彼女はその手をつかんで僕を空き地に連れ出した。朝焼けにベンチがひとつ、先には森林公園の林道が延びていて、周囲には誰もいないようだった。
土曜の早朝、休みの日に学園のアイドル、羽鳥さんに手を引かれ公園を散歩しているなんて、ちょっとワクワクする。これから殺されるかもしれないことを除けば。
「座って」
彼女はベンチに鞄を放り出して、前にたった。座ると丈の短いパジャマがめくれて膝小僧がむき出しになっていた。昨日の傷、カサブタが外れかけて血が滲んでいた。
「……私が見せる番ね」
「えっ?」
昨日、素っ裸になった姿をマジマジと見られたことを思い出した。おちん○んもしっかりと見られていた。
不公平とは思っていないし、羽鳥さんの身体を見せて欲しいなんて思っていない。たった今までは。
見せてくれるといわれて、初めて見たいと思ったのだから僕は変態じゃない。今のところ、これから先は逆らえない立場の僕が何を見ようと、責任は彼女のほうにあるはずだ。
「わたし、能力者なんだ。
「……」ちょっとなに言ってるかわからなかった。聞いたことの無い言葉だった。彼女は説明してから、なにかしようとしている。
僕はもう、松本の支配下にいないということを伝えなければいけないと思った。やっぱり殺そうとしているのだろうか。
ぼくは固唾をのんで彼女を見た。活発で健康的な白い肌、綺麗で艶のある髪、背はそれほど高くないけど胸もおおきく、脚は長く、なにより笑顔が魅力的だった。
制服のスカートがふわりと回転して、彼女は優美に踊った。朝の光に照らされて弾むような彼女はまるで宝石のように輝いていた。
「膝をみるのよ。
「!!……すんなあ?」
彼女は天使のようにくるりと回って、ポーズを決め、何か呪文のような言葉をいった。それが何なのかはわからなかったが、すごく興味深いものだと感じた。
白くてレースみたいなものがついていて、小さいパンツだと思った。本当にこれを僕に見せたかったんだろうか。
「……」
どうして見せてくれたのだろうか。女性の下着くらいは、僕だって見たことがある。でも、これほど躍動感を持って間近にみたのは初めてだったので、少し感動していた。いや、かなり食いついて見ていた。
「かっ、格好いいポーズだったね」
「……うん。治ったわね、膝の傷。気づいたかしら、ちゃんと見ていたでしょ」
「う、うん」
彼女が見ているのは僕の擦りむいた膝だった。意味はわからないけど、カサブタがとれて傷口がきれいになくなっている。
「えっ? 膝をみろって、僕の膝のことだったの、もしかして」
「はあ!? じゃあ、他になにを見てたのよ」
「……パンツ」
「ぶっ!」
彼女は顔を真っ赤にして、ベンチの鞄をつかむと、そそくさと公園から立ち去っていった。また彼女を怒らせてしまったみたいだ。
僕はぽかんと彼女を見ていたが、大事なことだけは聞きたかった。慌てて、叫んだ。
「あ、あの。やっぱり僕は殺されるの!?」
「……こ、殺してやる。うっ、うっ、嘘よ、あなたが松本に乗っ取られてないか確かめにきたのよ。大丈夫って分かったから今は殺さないであげる。さっきのは忘れてっ、いいわね。じゃなきゃ、本当に殺すんだから」
「……あ、ありがとう。殺さないでくれて」
「うっ、うっ。家でゆっくりするのよ! あんた怪我人なんだから」
「……は、はい」
どんな意味があるのか、僕には分からなかった。それでも彼女は僕を心配して、ずっと気にしてくれている。
田中さんや芦田さんとも知り合いだというし、彼女を信じるしかないと思った。多分すごく嫌われてるけど、それは当たり前のことだ。
嫌われたっていい。むしろ、その方がいいかもしれない。僕は彼女に誠実で、彼女のために出来るだけのことをする。
さっきの意味は解らないけど、戦闘のときに彼女の鼓動は急激に速まり、反動による老化で爪が延びたのを僕は知っている。
優しくて綺麗で、すごく素敵な人だと思った。もしかして僕のこと、嫌ってはいないのかと期待すらしてしまう。
僕は頭を左右に振った。でも、だからこそ彼女を巻き込んじゃ駄目だ。イトりんもカネちゃんも、ハッシーも、僕のために危険な目にあわせることは出来ない。
「……絶対に」
※
前日、男子トイレ前。眼鏡の高橋、金髪ロングの金子、単髪の伊藤、三人は互いに顔を見合わせた。一番チャラけた態度の伊藤が口火をきった。
「まさか野口が本当に野ぐそを漏らすとは思わなかった」
「……やめろ」と金子。三人組では一番の腕っぷしと自負しているようだった。「俺たち、あいつと仲間だったんだぞ。それが、どういう訳か、あいつをずっと傷付けてきた」
「ああ。す、すまない。少しでも場を和ませようと思って」
「和んだか?」
「悪かったよ。そう怒るなって」
金子は金髪をかきあげて眉根を寄せた。羽鳥は何も教えてはくれない。ただ何人かの老人仲間と会うように勧めてきただけだった。
駅の裏に教会がある。明日にでも、そこに向かうことを勧められた。羽鳥がいったい何者なのか、自分たちにいったい何が起きようとしているのか。伊藤が続けた。
「や、やっぱり悪魔に、とり憑かれたのかな。教会に行ったら隔離とかされるのかな」
「羽鳥は土日に行って神父と話せって言ってたな。奉仕活動に殉じろってさ。教会なんて行ったことねえけどな」と高橋はいう。
「……」
確かめる方法は、教会にしかない。あるいは、野口と一番近しかった存在。山城祐介とは半年以上話していなかった。
教銘学園一の不良、元少年サッカーチームのキャプテンにして、天才的な頭脳を持つ司令塔と呼ばれた男、山城祐介。
噂では改造銃を持ち歩き、犬や猫を平気で撃ち殺していたなんて話もある。ただ、一番に野口をいびり、元マネージャーの
教会とは逆に怪しい宗教団体に所属して、『賢者』さまと呼ばれる教祖と親しくしているとか。とにかく近付くことすらヤバい男だった。
「わからねぇ」
「どっちだ」高橋は中指で眼鏡を直し聞いた。真剣な目が金子を見据える。
「……?」
「奉仕活動と、殉じろのどっちが分からない? まさか両方か」
「……あのな。俺のこと、そんなに馬鹿だと思ってたのか。意味は知ってる」
少し危なかったけどな。金子は髪をかきあげて高橋は眼鏡を直した。伊藤はいつもの二人の会話を楽しそうに聞いていた。
「じゃあな、とにかく明日は教会だ」
「「おう!」」
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