綺麗な母
瀬川
綺麗な母
私の母は、とても綺麗だ。
若い頃は街中を歩いていて芸能界にスカウトされることは日常だったし、学校はおろか県で噂になるぐらいの美少女で、毎日誰かしらに告白されていた。
あまりにも綺麗だったから、ストーカーや変態に狙われたようだけど、母の両親が心配して護身術を習っていたおかげで、逆に返り討ちしていたらしい。
産まれた時から可愛らしくて、成長するにつれて順調に美少女に、そして大人になると綺麗の中に妖艶さも含まれているような完璧な美人になった。
そんな母を射止めた父だが、私が言うのもなんだけど、母と比べるとパッとしない。
多少は整っている方かもしれない。
でも母のこの世のものとは思えない美しさに比べれば、そこら辺の石ころと同じだ。
それでも母と付き合い結婚することまで出来たのは、ひとえに父の母に対する気持ちが他の人間よりも強かったおかげである。
あとは運がいいことに、母と幼なじみだったことも要因の一つだった。
幼い頃から傍にいて、強い母を更に守るぐらいに強くなって、どんな時でも離れることは無かった。
容姿はもちろんだけど文武両道だった母と進路を同じにするために、血が滲むような努力をしていたと聞いた。
そのおかげで母もいつも傍にいた父に恋愛感情を抱き、付き合いを始め結婚し、数年後に私が産まれたのだ。
私は自他ともに認めるぐらい、母に似ている。
母の昔の写真を見せてもらった時は、どうして自分が写っているのかと勘違いしてしまったぐらいだ。
そんな私だから父も溺愛してくれて、母も私という傑作をこの世に産んだことを誇りに思っていた。
近所でも有名になるぐらいの容姿の、整った家族。
妬まれることもあったが、そんなことはささいなことだった。
幸せで、私も父も母を崇拝していた。
でも母は、しばらくするにつれて悩みを抱えるようになった。
私という昔の自分に瓜二つの存在が傍にいることで、自分の老いを自覚してしまったらしい。
私と比べて肌のハリが無くなり、小さなシワも出来、体もたるんできた。
すぐ近くに私がいたせいで、余計に比較してしまった。
老いは誰にでも平等に来る。
でも小さい頃から美しいと持て囃された母にとって、自分が老いていくのは我慢ならなかったらしい。
ある日、母は練炭自殺をした。
私と父が一緒に出かけていたタイミングで、帰ってきた時間が同じだったから、母の死体を同時に目の当たりにした。
頬がピンク色に染まり、まるで寝ているかのように目を閉じている母。
その姿を見て、私と父は思わず顔を見合せた。
視線が交じり、お互いに考えていることが通じる。
大きく頷くと、さっそく私と父は動いた。
今でも母は私の自慢である。
一生変わることの無い美貌を、ガラスケースの中に閉じ込めることが出来て、私と父は大満足していた。
これから母はずっと部屋の中で、母のためにあつらえた美しい瞳を、私達に向けてくれるのだろう。
それを眺めることが日課で、美しい母といるだけで幸せを感じる。
母にはとても感謝している。
母が変わらずいてくれるおかげで、父はずっと母だけいれば良くなるから。
私は、もうすぐこの家を出る。
そして、二度と戻ってくることは無いだろう。
綺麗な母 瀬川 @segawa08
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