運命のふたり

小原万里江

運命のふたり

あなたの笑顔の写真。その笑顔は写真をとおして私に向けられている。

もう出会って一年年半くらいになる?

あれは大学一年生の頃。楽器店でバイトを始めた私の目の前に現れたあなた。

「メトロノームありますか?」

あれを直観と呼ばずになんて呼ぶんだろう。

私とあなたはこの先もずっと一緒にいることになるって強く確信したの。

まさに運命の人だ、と思ったんだ。

スラリと背が高いあなたは、私と話すときはちょっと体をかがめるようにしてその綺麗な瞳を近づけてくる。男の子なのに長く、ちょっと上向きになったまつげにうらやましさを感じたな。少し長めにキープした前髪はストレートでちょっとだけ揺れるのを知ってた?

アコースティックバンドでギターとボーカルを担当しているというあなたは確かに話す声も素敵だった。

あなたも私に運命を感じてくれたんだよね。

お店は貸しスタジオにつながっているとはいえ、用もないのに、よくバンドの子たちとも一緒にお店に来てくれたね。ギターの弦とか楽器のアクセサリなんかの相談にものれて、私も嬉しかったよ。

初めてあなたの家に行った冬。暗い住宅街の夜道で心細そうについてくる私をときどき振り返りながら、優しく歩幅をそろえて歩いてくれたよね。そういう気遣いがすごく嬉しかったんだ。

アパートに着くと、いつもちゃんと二〇三って書かれた郵便受けをチェックして、なぜかいつも一段飛ばしに階段を駆け上がっていくあなた。

ちょっと待ってよー、と思いながら遅れてついていくのが私たちの日常になっていったよね。

普段のあなたは大学でも友達が多くて、いつも絶えず誰かが話しかけてきてたよね。

私みたいに目立たないタイプがあなたのカノジョだなんて、みんな納得できなかったのかなんなのか、女の子たちも私にかまわずよくよく話しかけにきてた……。

でもその子たちも、あとで私とあなたの絆がどれほど強いかを知ってから、私たちの関係を認めてくれたみたいだったね。私はその子たちとは友達にはなれなかったけど、わかってくれたことはよかったと思ってる。

あなたの誕生日には居酒屋で友達をたくさん呼んで、食べて飲んで……いや、飲んで、の方が多かったかな、とにかくたくさん笑って、たくさんしゃべって楽しい夜だったね。

クリスマスには運悪くバイトになっちゃったあなた。でもできるだけ早めに切り上げてくれたあなたには感謝してるよ。クリスマスケーキやシャンペンを用意していたことを喜んでくれて、私は幸せな気持ちだった。

そして今日のバレンタイン。

実は少し前、あなたがジュエリーショップで指輪を買ったのを見ちゃったんだ。

やっぱりあなたと私は運命で結ばれている。

あの時あなたを見たときに感じた私の直観は正しかったんだ……。



なのに……。



なのに……。




すごい剣幕で顔を真っ赤にして、私に向かって怒鳴っているあなた。

なぜ? なんでこうなっちゃったの?

そしてあなたの後ろに隠れるようにしているその女……。

また私からあなたを取ろうとする女が現れたのね……。


「この一年くらい、ずっとオレのことつけてただろ、このストーカー女!! 郵便受け荒らしたり、食い物とか色んなもんオレの家の前に置いたり、気持ち悪いんだよ! いい加減にしろよ!」


どうして? ずっと私を愛してくれていたじゃない。笑いかけてくれていたじゃない。それなのにどうしてなの? その女のせい?


その女のせいなのね。許せない……。


一歩前に出ようとした私だったけど、突然、後ろから腕を掴まれ、彼の方へ近づけなくなってしまった。振り向くと制服姿の警察官がいた。

冷静な声で、あなたが言う。

「さっき通報した者です。ストーカーはその女です」

いつ聞いても素敵な声。ちょっとアナウンサーみたいな聞きやすい高音と心地よい低音が一緒になったようなはっきりした声。


え……? 私がストーカー? どういうこと?


「この女性とはお知り合いですか?」

あなたに比べてこの警察官はなんてだみ声なのかしら。


「ぜんぜん。まったく知りません。でもここ一年ほど、夜遅く、家に帰る道でもずっとつけられているような感じだったんです。ときどき振り返ると女っぽい影が電柱の後ろに隠れたりして……。気持ち悪いなって思ってたらーー」


え? なに言ってるの?


「俺んちの郵便がちょっとおかしいことに気づいて……。DMとか重要じゃない広告類が避けて捨てられてるみたいだったんです。そのうち、『いつも見てる』だとか、話したこともないのに『昨日は話せてうれしかった』だとかの手紙が入るようになったんです。しかも切手貼ってないやつなんで、絶対、直接入れに来てるよな、と思うとマジ怖くて。いつもアパートの入り口から見られてるんじゃないかって思って、二階まで駆け上がって家帰ってましたよ。」


「ちょっと、署までご同行願います」

もう一言も聞きたくない声。しかも抑えられた腕が痛いじゃない。車に乗ったらもっとこんな耳障りな声を聞くはめになるの? 絶対いや!


「しかも極めつけはクリスマスですよ。俺あの日またバイトで遅くなって帰ってきたら、アパートの部屋の前にケーキとシャンペンが置いてあったんです。スゲー気持ち悪いし、カノジョには浮気してるのかって疑われるし、最悪でしたよ!」


そんな……。喜んでくれていたと思ってたのに……。


ばっと腕を振りほどいて逃げようとした私の手が警察官の顔にちょっと当たったみたい。

「痛っ! ちょっと! 公務執行妨害ですよ。署まで来てください!」

何よ、おおげさに顔なんておさえちゃって。


冷たい表情の警察官はそのまま私をパトカーに引っ張っていく……。


いや。行きたくない。ずっとあなたと一緒にいたい。

今日はバレンタインで、二人で過ごす予定だったのよ! どうしてこうなっちゃったの? どうして……?


バンっと無情にもパトカーの扉はしまり、私はリアウィンドウ越しにあなたを見つめる。あなただってきっとちょっと機嫌が悪かっただけ。こうして無理矢理連れていかれる私を見て、ちょっとは悪かったなって思っているはず。


でもあなたは私に背を向け、例の女の肩を抱くようにしてアパートに入っていった。私の時とは違って、ちゃんと一段一段、女の歩に合わせるようにして階段を上がっていく。


ちょっと体をかがめるようにして、大事に、大事に、彼女と一緒に上がっていた。

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