第18話 彼女にキスしてみた結果w
「……うーん」
それにしても、一体このWOCは何なのだろう。
深夜、家で1人目覚めた僕は思案する。
パソコンに入力するだけで僕の情報が何でも書き換えられる。
よく考えたら、これって凄く怖い事なんじゃないのかな。
カタカタ、ピコン!
【指定されたコードは存在しません】
僕がビルの屋上から飛び降りたあの日。
そう、後で思い出したけど僕はあの日、確かに飛び降りた。
それはバカでもわかる、落ちたら絶対に死ぬ高さ。
そして僕は部屋で目覚めWOCを手に入れる。
……うーん。
よくわかんないけど、とにかく今はWOCを手放すつもりはない。
💻
「ねぇ、……どう?」
「うん、美味しいよ」
日曜日の正午、僕と梶尾さんは公園の芝生にブルーシートを広げて昼食を摂る。
お弁当は彼女が作ってきてくれたもので、形も食感もいい卵焼きに自家製のサラダチキンはサッパリとしていながらも深みのある味付けが満足感をくれるし、クセの少ないオリーブオイルと食塩で絶妙に味付けされたサラダ葉野菜のさっぱり感を殺すことなく食べ物としての刺激的ボリューム感を充足している。
食べる人の心と身体を両方気遣ったこのお弁当、まるで彼女そのものみたいだ。
なんていう妄想癖を匂わせる思考に心が引き攣りそう。
「やったー! えへへー、……じゃあさぁ」
梶尾さんはそんな僕の自己嫌悪などお構いなしに、嬉しそうにお箸で僕の口元に卵焼きを運ぶ。
桜色のカーディガンから伸びる白く滑らかな手に目が釘付けになる。
僕の顔に近づくにつれてスローになっていく手の動きに胸が締め付けられる。
気遣いの具現化、なんて言葉が浮かんでしまう自分の思考のキモさに恥ずかしくなりながら、小さく口を開ける。
「えっへへー、はい、あーん♡」
弾むような声と共に、卵焼きがそっと舌先に置かれる。
「……」
それはまるで彼女の優しさに包み込まれているような幸福感と、彼女に自分の最も弱い部分を見せてしまっているのかという不安感。それらに思考を瞬時に満たされ言葉が出なくなる。
「……あ、ゴメン、やだった?」
僕の絶句を誤解した梶尾さんは、すぐさま申し訳なさそうに瞳を真っ直ぐに覗き込んでくる。
まるで、目と目を通じて心が流れ込んで来るかのよう。
世界には今、僕と彼女の2人だけ。
「そうじゃ、……ないよ」
僕に見える世界は、僕の持つ感覚機関を通してしか存在しない。
光は、網膜から視神経を通り、それを脳が処理して初めて意味を持つ。
「……ホント? なら、よかった」
音は、鼓膜から渦巻き管を伝わったものを脳が処理して初めて意味を持つ。
「うん、……嬉しいよ」
だから今世界には、僕と彼女しかいない。
「……そっか」
そう思えることがなんだか危険な多幸感を発生させる。
そんなことは気持ち悪いって、理屈では知っているのに。
そんなことを押し付ける輩がどれだけ残酷で、非道な存在かなんて知ってるのに。
「……どー、したの?」
首を傾げた彼女はなぜか少し泣きそうに見える。
「うん? 何が?」
それが何を意味しているのかが知りたくて、
見えそうで、
彼女の目をじっと見る。
「あたしのこと、……ずっと、見てる」
意識が一つに溶けてしまいそう。
それを真実だと感じていたい。
けれどそれはもろく儚い。
「うん、……たしかに」
だから僕は、手繰り寄せるように。
彼女の瞳を真っ直ぐに覗き込む。
視界から消えないように、
心から溢れてしまわないように。
世界をさらに狭くする。
「ねぇ、……そんなに見られると」
潤んだ瞳と、
少し赤みがかった柔らかそうな頬。
世界が、彼女の心で満たされる。
切なくて、あったかい。
抱きしめて、感じたい。
そんな、心。
「そんなに見られると?」
どうして僕は、その言葉の続きを、こんなにも聞きたいの?
どうしてそこに、望んだ世界があると思うの?
「その、……き、その、ね? キス、……されると思ってしまう」
どうして?
どうして僕には、
涙に揺れた彼女の瞳が、
少し掠れた儚げな声が、
深い許容を含んでいると感じられるの?
「…………」
顔を近づける。まるで吸い込まれるように。
「………………」
梶尾さんまであと15cm。
彼女は目を閉じる。
目に見えない世界を受け入れるために。
梶尾さんまであと5cm。
僕も目を閉じる。
壊れかけた倫理観だとか、羞恥心。そういう余計なものを見ないで済むように。
「………………ん」
僕たちはキスをする。
感じられる事の全てが愛おしくて、まるで現在の中に未来の全てが詰まっているかのような安心感と期待感。
ずっとこうしていたい、もっと近づきたい。
……あれ?
頬を涙が伝うのを感じる。
「……ん」
僕は彼女から顔を離し目を開ける。
彼女も目を開ける。
「……」
僕は彼女をジッと見る。
梶尾さんの透き通った瞳が不安に揺れている。
「……」
けれど僕にはその理由がわからない。
僕はまた、何か間違えたのだろうか。
それを聞くのも怖くって。
「……梶尾さん」
今度は全てから逃げるように目を閉じて、
彼女にもう一度彼女にキスをした。
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