円環を巡る僕の危機回避スイッチ

黒幕横丁

円環を巡る僕の危機回避スイッチ

 ココだけの話をしよう。僕はこの世に生れ落ちると、“とある事象”で死ぬという運命をこの身に背負っている。

 そしてその記憶を全て保持したまま、僕は何回も僕を繰り返しているのだ。


 その回数は5億9999万9999回。なんとも途方も無い数である。今回もその事象が起きてしまえば、栄えある6億回目の人生へと突入してしまうのである。実にめでたくない。

 この運命のループを回避し、僕が新たな人生のスタートを送るためには、過去の記憶を手繰り寄せ、なんとしてでも“とある事象”を回避しなければならない。

 僕はその直観的能力を【危機回避スイッチ】と名付けている。


「はっ!」

 僕の脳内がけたたましいほどの警告音を発していた。手にはじんわりと汗がふきだす。

 僕の視線の先には『本日の学食限定ランチカツ丼 350円』と書かれていた。

「どうしたの? 田中君。食堂のランチメニューを見て固まっているけれども。カツ丼頼むの?」

 クラスメイトの吉田が僕のことを心配そうに見る。心配してくれてありがとう吉田、君の心配性なところは何度生まれ変わっても変わらないな。

 いやいや、吉田のことはいい。問題はこのカツ丼のことだ。僕は今猛烈にカツ丼が食べたい気分だ、だがしかし、学食限定ランチのときにカツ丼を頼んでしまったら……、僕にとっての死神がやってきてしまう。コレは、367回目・4658回目・5万1864回目で実証済みだ。

「い、いや、今日はきつねうどんの気分かなぁ……」

 カツ丼を食べたい気持ちをぐっと堪えて、僕はきつねうどんが表示されている食券のボタンを押そうとしたときだった。

「はっ!!!」

 ボタンを押そうとした手が急に止まる。きつねうどんのボタンの横に『本日、お揚げ増量!』と書かれているのだ。ふいに過去の記憶が呼び起こされる。あの事象で僕は命を落としたのだと。

「うわぁぁぁぁぁあああああ」

 その命を落としたときの出来事がフラッシュバックして僕は精神が不安定になる。

「ど、どうしたの? 田中君? お腹痛いの?」

 吉田は叫ぶ僕を心配して、外のテラスへと僕を運んでくれて、暖かいカフェオレをくれた。吉田、超やさしい……。

「田中君、大丈夫かい?」

「ああ、何とか落ち着いたよ。あのな、吉田……」

 温かい飲み物を飲んで少し落ち着いた僕は過去全く告げることは無かった、僕の秘密について、吉田にカミングアウトすることにした。

「……ということなんだ、なんだか小説みたいな話だと思うけれども、それが僕の秘密なんだ」

「にわかには信じられないけれども、田中君がそういうなら、俺信じるよ!」

 吉田はキラキラと純粋な目で僕のことを見る。やっぱり吉田やさしい。

「で、その“とある事象”っていうのはなあに? それを回避すれば田中君は死なずに済むんだよね?」

「あぁ。それは……」

 僕は深く深呼吸をしてから吉田に告げた。

「僕の家の近所にハッシュドポテトっていう名前の犬が居るだろ?」

「ん? あー、コーギー犬の?」

 僕の家の近所に居るコーギー犬の【ハッシュドポテト】オス3歳。少し気性の荒い性格で門の前でよくワンワンと吼えている犬だ。

「そいつが僕の手を噛むことによって僕は死ぬ」

「確かによく吼える犬だから、噛みそうだけども。あそこの家の門は頑丈だし流石に脱走してくるってことは」

「いや、すぐにヤツはやってきて僕の手に噛み付くんだ」

「執着が凄いね」

 僕は頭を抱える。

「大丈夫だよ。田中君の秘密を聞いた俺がいるんだから、そんな危機なんて蹴散らしてあげるよ! 安心してこのカツ丼でも食べて」

「吉田……」

 吉田やさしい。僕が本当に食べたいと思っていたカツ丼を予め注文してくれるなんて。涙目で僕がカツ丼のカツを口に入れたその時だった。


 アオーーーーン。


 草むらからコーギーのハッシュドポテトが飛び出してきた。

「本当に出てきたっ! 田中君に前足一本触れさせな……」

 吉田が僕のことをガードしてくれたが、ハッシュドポテトはソレを掻い潜り、


 ガブッ。


「あっ」

 僕の手に噛み付き、僕はその場に倒れて人生を終えた。

 そして迎える6億回目へと……。




「やっとヒミツをカミングアウトしてくれたと思ったら早かったなぁ。流石、このシステムは絶対的だねぇ」

 吉田は俺に噛み付いた後のハッシュドポテトを撫でる。

「田中君。栄えある6億回目の人生おめでとう。俺ももう少ししたらそっちで沢山お祝いしてあげるね」

 ニッコリと微笑む真の黒幕の存在を僕が知ることはなく、次の人生が始まることになる。

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円環を巡る僕の危機回避スイッチ 黒幕横丁 @kuromaku125

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