第8話 トラップ

 それから30分ほどで美鈴さんが戻って来た。


「さやかちゃん。もう大丈夫だよ帰ろうか」

「今日は荷物も多いから私が送って行くよ」


 そう言って先生が車で美鈴さんのマンションまで送ってくれた。

 そこには私が両親と住んでたマンションよりも、更にグレードの高いタワーマンションがそびえていた。


「美鈴さん。ここ凄いですね」

「うちの親が持ってる物件だから家賃は無料なんだよ」


「えーっ美鈴さんってお嬢様なんですね」

「私は全然凄くない。親が金持ちってだけだよ」


「何か凄いです。そんな台詞言ってみたいです」

「あんまりいいもんじゃ無いんだよ? やたらどうでもいい男が近寄ってきたりとかして、大学生の時とか大変だったんだから」


「ありそうですね……」


 美鈴さんが押したエレベーターのボタンは33階建てのマンションの最上階だった。


「この最上階のお部屋って…… 一体いくらくらいするんですか?」

「どうだろうね? 最初から私に住まわせるつもりで一度も売りに出しては無いから、値段は解らないよ」


「あの…… もしかしてご両親の持ち物って一部屋じゃ無くて、このマンション自体がそうだって事ですか?」

「そうだよ。でも殆ど売ってしまってるから、親の名義なのは10部屋くらいかな?」


 金持ちレベルが違い過ぎて、開いた口が塞がらなかった。

 普通のフロアは階層ごとに8部屋程あるのに、最上階は一部屋しか無いと言う事だ。

 フロアの広さ自体が狭いと言う事だったけど、部屋の中に入って更にびっくりした。

 玄関だけで一体何畳分の広さなんだろ?


 そこからすぐの部屋は、シューズルームでって、靴箱じゃ無くて、靴部屋って何?

 部屋の中からそのままウオークインクローゼットと言う名前の6畳は十分にある広さの部屋に繋がっていた。


 中に掛かっている服の数はそれほど多く無かったけど、買えないのでは無く、買わないだけなんだろうな……


 パリピ仕様のドレスなんかは見当たらなかったし。

 リビングは30畳は十分にある広さに、いかにも高そうなセンスの良いソファーが並んでいる。


 いったい何人座らせるつもりなんだろ?

 

 それに繋がるアイランドキッチンも十分に機能的で広くて、料理のしがいもありそうだ。

 冷蔵庫だって、一体どんだけ入るの? って言うほど大きい。


 お風呂は、3人くらいは入れそうな、バスタブのジャグジーだった。

 他にシャワーだけを浴びれるシャワールームもあるんだって。


 トイレも二か所ある。

 書斎が一部屋にベッドルームが3つ。


 全部のベッドルームにクイーンサイズのベッドが置いてあった。


 素敵すぎます……


「この部屋使ってね」と言われて案内された部屋は、私が済んでるワンルームアパートの風呂やトイレの広さを全部合わせたよりも広く、ベッドとデスクが置いてある部屋だった。


 テレビもリビングには80型でこの部屋にあるのでも50型だ。

 

「はーっ」大きなため息が出た。


 こんな世界って本当に存在してたんだ。

 テレビドラマの中だけだと思ってたよ。


「さっきも言ったけど、本当にずっと居てくれてもいいんだからね」

「考えておきます……」


 断る度胸が無かったよ……


「あの。美鈴さんはなんであの事務所でお茶汲みとかしてるんですか?」

「うーん。なんでだろうね? 親の言いなりで生きて行くのが嫌だったから、せめてもの抵抗かな?」


「そうなんですね。先生との関係って聞いちゃっても大丈夫な感じですか?」

「気になる?」


「ちょっとだけ」

「あの先生もヘタレだから、何もないね今のとこ。でも私の憧れな人なのは本当だよ」


「何か素敵です」

「そう? 頭薄いよ。3年後は光ってるよ?」


「それは…… きっと大丈夫な筈です」

「まぁ、ここならセキュリティは心配ないから、安心してね」


「ありがとうございます。あの…… 本当に良かったんですか?」

「勿論だよ」


「今日の晩ご飯どうしますか?」

「あ、カップ麺しか買い置き無かったけど、それでいいかな?」


「全然構いませんよー」


 二人で広々としたアイランドキッチンを使って作るカップ麺はいつものカップ麺と変わらぬ味だった。



 ◇◆◇◆ 



 事態が動いたのは翌々日だった。

 美鈴さんと二人で郵便物の確認に私のアパートに向かうと鍵が開いていた。


「美鈴さん。誰かが入った痕跡があります」

「ちょっと入るのは待って。先生を呼ぶわ」


 そのまま下へ降りて原田先生の到着を待った。

 10分程で先生の車が到着した。


「大丈夫かい? まだ何も起きていない?」

「中には入っていませんので…… 鍵が開けられているので何もないと言う事は無い筈ですが」


「よし、一緒に行ってみよう」


 三人で再び二階へと上がると、先生は伸縮式の警棒を取り出して右手に握りしめながら扉をゆっくりと引いた。


 部屋の中には…… 東南アジア系の男性が倒れていた。

 死んではいないが、目がうつろになってケタケタ笑っていた。

 何かうすら寒い雰囲気を感じた。

 

『ソフィア。トラップが発動した結果なの?』


 心の中で問いかけた。


『うん。そうだね。隣の部屋の悪霊の呪いを一身に強烈に受けちゃったみたいだね』

『でも…… 壁、穴開けちゃったから引っ越すにしても、修理代結構かかりそうだね』


「取り敢えず…… 警察に通報だな。一体何が起こったんだこの部屋で」


 それから15分程で警察が現れて、私の部屋で転がっていた外国人らしき男性を連れて行った。


「遠藤浩一さんとこの男性の繋がりの証拠でも出れば話は簡単だけど、恐らく何も証拠は出ないだろう。でもこれで狙われていることは確実だ。明日には監査が行われて財産保全命令が出るけど、果たしてどれだけの資産が残っているだろうね」

「でも、伯父さんだけでなくて叔母さんの家も建て替えや、外車の購入をしてるから、まだどちらがヒットマンを雇い入れたのかもはっきりしないです」


 そこに警視庁の鑑識の人達と刑事課の人達が現れて、部屋の中へと入って行った。


『ソフィア。悪霊って大丈夫なの?』

『あ、まだそのままだ』


 中へ入って行った刑事さんが壁に空いた穴を覗き込んだ途端に、倒れこみケタケタ笑い出した。


『ヤバいよ。何とかして』

『任せて。浄化!』


 声を出さずに素早く発動させた聖魔法が禍々しい雰囲気を霧散させて、空気が変わった気がした。


『これで隣の部屋も人が住める状態になったよ』


 呪いの元を浄化すると、ケタケタと笑っていた刑事さんも正気を取り戻した。

「一体何があったんだ……」


 その後も鑑識の人が色々と調べてはいたが、結局は何もわからず引き上げようとした時だった。


「主任。この部屋で倒れていた男が、パトカーの警官を殺害して逃走しました」

「何だと」


 私は警察に事情聴取を受ける事になり、私の代理人である原田先生と共に警視庁へ連れて行かれた。

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