第4話 子猫

 学校を出ると取り敢えず自宅へ戻る事にして歩き始めた。


 さやかの住んでいる場所は、神田川沿いにある築40年の古いアパートだ。

 取り敢えず風呂とトイレはある物の、6畳一間程の広さも無いワンルームの部屋で、インターネット回線だけは、通じているのが唯一の救いかな?


 こんな部屋でも家賃は6万5千円でそれだけで伯父からもらう10万円の生活費のほとんどだ。

 高校に通いながら、通学定期や食費スマホ代、水道光熱費なんて払うと本当にぎりぎりの生活になっちゃう。


 川沿いを歩きながら川面かわもを見ると段ボール箱が半分沈みながら流れていた。

 その段ボールにカラスが二羽ほどけたたましく泣きながら、近づいたり離れたりしている。


 よく見ると箱の中に2匹の子猫がいるようだ。

「ミャァミャァ」とか細い声も聞こえてくる。


(どうしよう。このままじゃカラスに食べられちゃうか、沈んで溺れ死んでしまうよ)


 そう思いながら見てると、スーツ姿の男の人が上着だけ脱いで「ちょっとだけこれ持ってて貰えますか? スマホと財布が入っているのでお願いします」そう一方的に言って、川に足から飛び込んで行った。


 そこまで水深は深く無いようで、胸の高さより少し上くらいだった様で男の人は水の中に立ったけど、段ボールまでは少し距離があって、結局少し泳いで段ボールに辿り着いた。


 でもびしょびしょに濡れた段ボールはその場で壊れてしまい、飛び込んだ男の人は中に居た子猫二匹を両手で一匹ずつ何とか持って、川岸に近づいて来た。


 私も、川岸までは降りて行き男の人を出迎えた。

 でも、ずぶ濡れの男の人を見て(あ。この人頭頂部がちょっとヤバいかも)と失礼な事を思ってしまった。

 流石に口には出さなかったよ?


 男の人から子猫二匹を先に受け取り、ポケットからハンカチを取り出して、猫を拭いてあげたけど、カラスにつつかれて全身怪我をしていて、一匹の猫は目もつつかれて失明しているような感じだった。


 男の人が川岸に手を掛けて上って来た。

「ありがとう。折角助けてあげたけどこの子たち生きて行けないかもしれないね……」


 そう呟いた男の人は凄く悲しそうな表情をした。

 すると再びソフィアに「こんな時こそ私の出番よ」と言われて身体を奪われた。


 男の人に「ちょっと一分だけ目を瞑っててください」そう言うと、黒くて目のつぶれた方の子猫に手を翳し『フルリカバリー』と唱えた。

 すると、柔らかな光に包まれてその光が収まると、潰れてた筈の目もしっかりと開き、体の傷も治った子猫の姿があった。


 もう一匹の白い子猫の方には「君はハイヒールで十分かな」そう言うと、『ハイヒール』と唱える。

 先程よりは、弱い光に包まれて同じように全身の傷が癒えていた。


 凄い…… これが魔法の力なんだ。

 ソフィアが男の人に声を掛けた。


「もう目を開けても良いですよ」

 

 すると男の人が目を開けて子猫と私を見た。


「あれ? この子猫傷だらけだったよね? なんで元気になってるの」

「気のせいじゃないですか?」


「うーん…… 見間違える筈は無いんだけどなぁ。でも元気ならそれに越した事ないし、まぁいいや」


 いいんだ……

 

「あの、これ預かっていた上着です」

 そう言って上着を渡そうとすると「ごめん。俺結構びしょ濡れでしょ。悪いんだけど俺の事務所すぐそばにあるから、そこまでその上着持って付いて来てもらっても良いかな?」


 しょうがないよね? と思って「解りました」と返事した。

 土手を上って、びしょ濡れの男性と制服姿のJKが一匹ずつ子猫を抱えて歩いている姿に結構注目は集めたけど、ビルの前で「このビルに俺のオフィスあるから」と言って入って行く。


 「ここが俺のオフィスね」そう言って指さしたドアには、『原田省吾法律事務所』と書いてあった。

 扉を開けて、事務所の中に入ると女性の事務員さんが出てきて「先生! また猫連れて帰ったんですか? 困りますって、先生全然世話しないから結局私の仕事になるんですからね」とけたたましく詰め寄られてた。


 事務所の中には、他にも猫が三匹程自由に歩き回っていた……

「いやいや、金子君。それよりも俺がずぶぬれな事に反応してくれよ」

「そこの女子高生に痴漢と間違われて、水掛けられたとかですか?」


「君は俺を何だと思ってるんだ。一応弁護士なんだぞ。法の番人である俺が痴漢行為とかする訳ないだろ?」

「痴漢行為と弁護士の職業に因果関係は無いと言わざるを得ません。それで何でびしょ濡れなんですか? 書類が濡れたりしたら困りますから、さっさとシャワー浴びて着替えて下さいね」


「解ったよ。君はもうちょっと待ってて貰えるかな? 今、金子君にコーヒーでも用意させるから」

「は、はい」


 そう言って事務所の奥にあるのであろうシャワー室へと向かって行った。


「なんだかうちの先生が迷惑かけちゃったみたいでゴメンね? ちょっと待っててね。あ、お名前は?」

「迷惑だなんて、ちょっとだけしか、あ、遠藤って言います」


「プッ素直だね。私は『金子美鈴』って言います。ここで司法試験の合格目指しながらお茶くみ係やってるよ」


 コーヒーを入れてくれて、何があったのかを聞かれたので今あった事を説明すると「うちの先生捨て猫を見つけるとすぐ拾ってきちゃうんですよ。ちゃんと里親募集とかで貰い手を探したりもしてくれてるんですけど、大きくなっちゃったりあまり見た目が可愛くない子は貰い手が決まらなくて、ここの三匹みたいに売れ残っちゃうんですよね」

「そうなんだ。いい人なんですね」


「まぁ良い人であるのは認めるんだけどね、弁護士さんが良い人すぎるとあまり商売上儲からないんだよね……」

「そうなんだ……大変なんですね?」


 そんな話をしてると、原田さんがシャワーを浴び、さっぱりとして戻って来た。

 

「お待たせ。俺のスマホと財布を守って貰って助かったよ。今日は仕事もないしお礼に食事でもどうだい?」

「先生。日本語が正しくないですよ。今日はじゃ無くてですよね」


「おいおい、金子君。そんな言い方は無いだろ? ちゃんと君の給料を払える程度には仕事はしてるさ」

「だったらいいんですけどね」


 そんな会話をしながら、原田先生は手慣れた感じで子猫用のミルクを用意して、連れて帰った二匹の子猫に与えていた。


 ソフィアの魔法によってすっかり元気になっていた子猫は二匹で顔を寄せ合って、ぴちゃぴちゃ音を立てながら、ミルクを舐めていた。


「良かった。この子たちが助かって。私だけだと川の中に飛び込む勇気がありませんでした。原田先生が通りかかられて、本当に良かったです」

「聞いたかい金子君。こういう風に、人から感謝される立派な弁護士なんだよ僕は!」


「弁護士関係無いと思いますけど……」


「あの食事の事なんですが、私お金ないですしご遠慮させて頂きます」

「お礼だって言ったでしょ? お金は必要ないから、時間さえあるなら付き合ってよ」


「先生が女子高生と二人きりだと、危ないから私も付いて行きますね」

「失礼だな。まぁいいよ、夕食にはちょっと早いな? あれ君は女子高生だったらまだ授業中の時間じゃないかな? 今の時期は試験とかでも無いでしょ?」


「あ。はい。ちょっと今日は休んでて学校に居て先生とお話ししてましたよ」

「ふーん。なんだか理由ありっぽいね。僕に話せるような事なら聞いてあげるよ? こう見えて僕は弁護士だから、人の話を聞いてあげる事は得意だからね」


 すると、ソフィアが私に囁きかけた。

『丁度いいじゃん。遺産の事この先生に相談してみたら? 大丈夫。この人は良い人だから』


 そして私は、原田先生に相談する事にした。

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