直観的未来観測

2121

直感的未来観測

「私には未来が見える」

 そう言ったのは幼馴染の女子で、冗談を言っているような表情でも無かった。放課後の理科室には人が来ることはほとんどなく、呼び出されたときはどうしたのだろうと胸がざわついた。彼女の口から発せられたのは、そんな眉唾物の話だった。

 中二病を高校二年生になってまで患っているのかと僕はため息をつく。平凡な自分が、テレビの登場人物やアニメのヒーローのように特別でありたいと願い、そういう『設定』を付けるのはよくある話だ。真面目に取ると面倒くさくなりそうだと思い、ここは軽く流すことに決める。

「未来ねぇ? 超能力があるって?」

「いや、そういう超常現象のような物ではない」

「超常現象じゃない?」

「もう少し現実的なやつ」

「現実的に未来を見る、とな……?」

 静かに訂正されて軽く流すことが出来なくなった。と、いうより僕が彼女の言うことに少し興味を持ってしまった。

 嘘でも本当でも、少しくらいなら話を聞いてやろう。

「経験から導き出された未来を、映像で見ることが出来るんだ」

 例えば、と彼女は続ける。

「マンションの下に人が歩いていて、上の住人が花の手入れをしている。その人がふらついて植木鉢に腕が当たるとどうなると思う?」

「植木鉢が落ちて下の人に当たるだろうな」

「そう、当たるんだよ」

「……それは未来を見る、ということにはならないのでは? 推測に近いような」

「だから私のはもう少し複雑なバージョン。天候、人、表情、事象、環境、そういうたくさんの事柄がパズルみたいに当てはまったときに、たまに映像のように見えるんだ。白昼夢みたいに」

「超能力というよりは直観に近いわけか」

「うまいことを言うね。その言い方で相違ない」

「今日も映像を見たのか?」

「朝、君の家の前を通ったときに、ほとんどのピースは揃った。その状態では不十分だったけれど、最後のピースを私の行動によって嵌めることで未来を確定させることも可能なのですよ」

「ほう……だから今日、俺をここに呼んだとでも言うのかな?」

「ご明察。話が早いね」

 柔らかく笑み、彼女は背にしていた窓にそっと寄りかかる。夕暮れの赤い光が後ろから照らす。コントラストのくっきりと分かれるこの時間、斜に射す影が笑っているはずの表情をどこか寂しいものに見せた。

「君は私に言ってないことがあるでしょう」

 思い当たる節は、二つあった。

「引っ越すよ」

 子どもの転がら隣の家に住んでいた幼馴染だった。学校には伝えたところでまだ友達には言っていなかった。言うならばまず幼馴染からとは決めていたけれど、中々言えずに今日まで来てしまった。

「引っ越すことを言うことが、映像で見えた?」

「見えた」

「これを言う場を用意してくれたんだね」

「けど場所までは分からない。近いところでは無いんでしょう?」

「海外だね」

「海外って、思ったより遠かったな。大事なことなんだから早く言いなよ……」

「ごめん」

「言いにくい理由は察せられるから、怒りはしないけどね」

 僕は座っていた机から降りて、帰る合図にする。それを引き留めるように彼女は言う。

「で、もう一つは?」

 語気を強くして言葉が飛んでくる。だから秘めていたことを、言わざるを得なくなる。この未来も君は見えていたって言うのか。

「君のことが、好きだったよ」

「━━なんで、過去形なの」

 彼女の表情が崩れる。こんな泣きそうな顔をさせたくないから、言わなかったのに。

「僕は大学までは向こうにいるつもりだよ。いい機会だし、やりたいことがあるから。君は六年間も待てるって言うのか? 六年間もあれば、小学生も中学生になるんだぞ」

「だからどうしたって言うんだ。私と君とのこれまでの付き合いよりは短いだろう? 私も好きだよ。待つのは君だ。その六年を二年にしてやるから」

「二年、に?」

 にっこりと、不敵に笑う。

「━━これで、未来は確定した」

 安堵したように、彼女がゆっくりと深く息を吐く。

「意志と約束で未来への裏付けは強くなる。丁度私も海外の大学でやりたいことがあるんだ。待つくらいなら、行ってやる。そっちが待ってろ」

「敵わないなぁ」

 数分前までは、自分の気持ちを言うつもりも無かったし、もう会うことも無いのだろうと思っていた。すっかり寂しい気持ちはどこかへいってしまって、今は待つのが楽しみになっている自分がいる。

「少なくとも僕はあまり待てないから、早く来てくれよ」

 そう言って手を差し出すと、君は自然に手を取った。

「任せてくれ。確定した未来に例外はない」

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