直観版ロミオとジュリエット

@chauchau

最後は幸せになります、おそらく


 始まりは些細なことだった。

 リモート技術の発展に伴い、自宅に居ながら観光地に行った気分を味わうことも可能となり、自宅に居ながら名産品をネット購入することも可能となり、テレビのロケを現地と中継を繋ぐだけで行うことも可能となった。


「もう観光は間接的に行うで良くね?」


 今となっては誰が発したか定かではない冗談めいたこの言葉が、日本を二分してから三十年と言う月日が経過しようとしていた……。



 ※※※



「ああ、直雄……、あなたどうして直雄なの」


 月明かりだけが頼りのベランダで薄幸な美少女が手を伸ばす。彼女の名前は、観光間子。『観光は間接的に行うべきである党』略して『間観党』党首の一人娘である。なお、名前のルビはカンコウカンコである。決して、マコではない。


 考え方が若干間接的であることを除けば非の打ち所がない生粋のお嬢様だ。


「親が名付けたからだよ」


 白魚のような間子の手を取るのは、きりっと鼻筋の通った美丈夫である。彼の名前は、観光直雄。『観光は直接的に行うべきである党』略して『直観党』党首の跡取り息子である。なお、名前のルビはカンコウチョクオである。決して、タダオではない。


 考え方が若干直接的であることを除けば非の打ち所がない生粋の紳士だ。


「それは分かっているわ」


「それはすまない、間子」


 二人の苗字が同じことからも分かる通り、彼らは元々観光業を影から牛耳る観光一族の末裔だ。

 三十年前のあの事件から二分されてしまった両家は、いまなお憎しみ合い続けていた。


 彼らにとって悲運だったのは、お互いがお互いを求めてしまったことだろう。誰かを愛することが罪だと言うのであれば、彼らほどの罪人がどこに在らんや。


「お父様たちを説得することは、琵琶湖の水を全て抜くのと同じことよ」


「金を使えば行けるということだね」


「そういうことではないわ」


 直雄の言葉に間子がイラっとしているように見えたが、彼らほどお互いを愛し合っているものは居ないのだ。


「駆け落ちしましょう、直雄。あなたとなら、私は世界の果てでだって生きていきます」


「分かった、南極だね」


「そういうことではないわ」


「宇宙……」


「戻って来て、直雄」


 間子が直雄の頬を間接的に叩く。間接的のため、実際に叩いたのは間子の影に潜んでいた間者の間介だ。間者は人数に数えないので、この場に二人しか居ないことに嘘偽りはありません。


「そこまでだ!」


 偽りにはなりました。


「お兄様!?」


 現れたのは間子の兄。彼の名前は、観光間雄。なお、名前のルビは以下割愛。


「目に入れても痛くない可愛い妹を」


「えっ」


「比喩よ」


「こほん、可愛い妹をどこぞの馬の骨に」


「人間です」 


「黙って」


「こほん! 誰とも分からない男に!」


「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。わたくし、こういうものです」


「これはご丁寧にありがとうございます。ほぉ、その若さで営業部長とはやりますな」


「わたくしなどはまだまだで」


「違ぁぁぁう!!」


 差し出しされた名刺は丁寧にしまってから兄が叫ぶ。なお、間子が止めなかったのはサラリーマンにとって名刺交換とは何者にも邪魔されてはならない神聖な儀式だからである。


「駆け落ちなんて許さないぞ」


「ええっ!?」


「許されると思った?」


「はい!」


「素直!」


「彼の長所です」


 気を取り直して、兄が偉そうに胸を張る。彼は彼で必死だ。


「庭には部下を配備してある! ベランダから逃げることは不可能だ!」


「きちんとお義父さんに挨拶して玄関から出ていきます」


「駆け落ちの意味分かる?」


「愛とは真心!」


「素直!」


「彼の短所です」


「だが、その、しかし!」 


 再度兄が気を取り直す。もう必死です。


「それを素直に行かせるわけがないだろう!」


「そうはさせませんわぁ!」


 潜ませていた部下に指示を飛ばそうとする兄の脇腹目掛けてタックルをかましたのは直雄の婚約者だった女性。彼女の名前は、観光直子。以下割愛。


「直子! どうして……!」


「勘違いなさらないでくださいまし! 別にあなたたちのためなんですからね!」


 彼女はボタンをかけ間違えたツンデレだった。


「直子さん!」


「あなたのことなんか認めておりましてよ!」


「良い子!」


「彼女の長所だ」


 長雄と間子。

 二人は手を取り合い、部屋から飛び出した。

 かかっていた鍵は間介が開けた。


「そこまでだ! 愚かで可愛い息子よ!」


「父さん! どうしてこの館に!」


「お邪魔しますといって入ってきた!」


「そうか!!」


「親子揃って……」


 二人の前に立ちはだかったのは、直雄の父にして現『直観党』党首。彼の名前以下割愛。


「ここを通りたくば父を倒して「分かった!」ぎゃぁぁぁあ!!」


 間介の日本刀を借りて直雄が直接的に父を手にかけた。飛び散る血飛沫は血糊だ。


「行こう、間子!」


「ええ!」


「ふん。やつも所詮はただの親か」


「お父様!」


 玄関で待っていたのは、間子の父親にして現以下割愛。


「愚かな娘よ。その曇った眼を晴らしてやろう」


「わたしはこの人と残りの人生を歩み続けるわ!」


「ずっと歩くわけじゃ」


「比喩よ!」


 最後の戦いが始まる。

 歪んでしまった一族の悲しい歴史に終止符を打つために。


「お義父さん」


「お義父さんと呼ぶな!」


 真実の愛を貫くために。


「お義父さん……!」


「お義父さんと呼ぶな……!」


 手を取り合って、

 進むのだ。若人よ。


「娘さんをォ……!!」


「お義父さんとォ……!!」


 行け。行くのだ。


「僕にくださぁぁぁぁい!!」


「呼ぶなぁぁぁぁ!!」


 二人の愛が世界を救うと信じて!!


 完!!

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