雨が好きな俺と後輩は、小雨の公園でイチャイチャする

久野真一

雨が好きな俺と彼女

 雨、というのは多くの人にとって憂鬱なものらしい。

 確かに、雨が降れば、屋外の競技や遊戯は中止になる。

 その他にも、雨が降れば出来ない事は山程ある。

 だから、多くの人は雨より晴れを喜ぶ。


 でも、と思うのだ。雨が無ければ人々は生活出来ない。

 飲み水だってジュースだって、突き詰めれば元は雨だったりする。

 それを置いといても、雨というのはそれはそれでいいものだと思う。

 雨露が窓を伝う様子は綺麗だし、雨でこその景色もある。

 雨を身体で感じてみるのも案外悪くない。

 そんな事を思うのは、彼女から受けた影響のせいかもしれない。


◇◇◇◇


 十月も下旬となる今日この頃。

 廊下の窓を雨露が伝う様子を眺めながら、階下に足早に向かう俺。

 如月陽介きさらぎようすけ、高校二年生だ。

 中肉中背、特筆すべき特技はなくて、趣味はゲームの平凡な高校生。

 一年前に幼馴染の梅原氷雨うめはらひさめが彼女になった事は自慢してもいいかもしれない。

 今も、放課後になったので、彼女を迎えに、一階下に向かう途中だ。


「おーい、氷雨ひさめー。一緒に帰ろうぜ」


 1-Aの看板がかかった教室の扉をがらっと開けて、呼びかける。 

 もうすっかり、日常と化した光景だ。

 既に1-Aの公認カップルと化しつつあるので、からかわれることもない。


「あれ?氷雨ちゃんならもう帰りましたけど」


 氷雨の女友達の一人が、はてな、という顔で返事を返す。


「なんだか、やけに楽しそうだったよね。氷雨ちゃん」


 他の氷雨の女友達が、そんな事を言う。


「そうそう。だから、陽介先輩とデートかなって思ったんですけど」

「なるほど。大体わかった。ありがとう」


 窓に雨露あまつゆが伝う様子を見て、合点が行った。


「何がわかったのかわかりませんけど。氷雨ちゃん、とてもいい子ですし。大事にしてあげてくださいね」


 彼女の友達の言葉を聞いて、氷雨は友達に想われてるんだなと。

 改めて実感して、少し嬉しくなる。


「大丈夫。あいつの事はよくわかってるから」


 こんな小雨の日が好きなあいつの事だ。きっと、いつものとこだろう。

 俺自身もこんな時を楽しみつつ、彼女の元に向かう。


「あの子の事。あんまり待たせ過ぎないであげてくださいね?」


 後ろから聞こえて来る声。


「うん?何のことかわからないけど。今から、迎えに行くよ」


 きっと、今も俺の事を待っているんだろう。


「そういうことじゃないんだけどなあ……」


 廊下に出た後、教室からそんな嘆きの声が聞こえてきた。

 まあ、女子同士、色々あるんだろう。気にしても仕方がない。


◇◇◇◇


 学校を出て約十分の所にある、小さな公園の隅にあるベンチに彼女は居た。

 小雨が、白と紺のセーラー服、それに髪を濡らすのにも関わらず、ただただ

 じっとベンチに座って、ぼーっと公園の風景を見つめていた。


 きっと、普通の人がこの様子を見たら、心配になるんじゃないだろうか。

 たとえば、虐められて、落ち込んでいるとか。

 あるいは、彼氏に振られて落ち込んでいるとか。

 少なくとも、悲しんでいたり落ち込んでいたりすると思うだろう。


 ただ、氷雨との付き合いもいい加減長い。

 ここからだと細かい表情はわからないけど、笑っているに違いない。


「よう、氷雨。楽しみなのはわかるけど、先に帰るなよ」


 ベンチに座っている彼女の横に腰掛けて、声をかける。


「すいません。ちょっと、ついウキウキしちゃって」


 俺の方を見やる氷雨は、嬉しそうで、そして楽しそうだ。


「氷雨もなんで、こんな変わった子に育っちゃったんだか」

「陽介先輩も人の事は言えないと思います」

「ま、そりゃ言えてるな。でも、それもお前の影響だぞ?」


 彼女と出会った日を思い出す。

 あれは確か、小学校五年生の頃だったか。


◆◆◆◆


 傘を差して、下校している途中の事だった。

 通学路にある公園の隅に、何やら年下っぽい女の子がいる。

 しかも、傘も差さずに、ぱらぱら降る雨に打たれている。


(何かあったのかな)


 何かとても悲しいことがあったんじゃないか。

 そう思って、僕は、公園にいる彼女に近づいた。

 意外なことに、彼女は笑顔だった。

 ぱらぱらと降る雨を手に受けて、ただただ楽しそうな。


「あの……大丈夫?君。雨、降ってるけど」


 その様子に何を言えばわからず、咄嗟にそんな言葉が出ていた。


「うん?ちょっと、雨の公園を楽しんでいただけですけど?」


 何を言っているんだろうとばかりに、不思議そうに首を傾げられた。


「雨を、楽しんでるの?」


 最初、僕は、彼女の言っている言葉の意味がわからなかった。


「はい。雨の日はとっても楽しい気持ちになるんです」


 そう言って、にっこりと笑いかけた彼女の顔に、なんだかドキりとした。

 いい所の子なんだなと伺える、綺麗なスカートや服は小雨のせいで、

 しっとりと濡れていた。


「雨の日は僕も心が落ち着くよ。でも、楽しいなんて変わってるね」


 少しだけ、彼女の気持ちはわかるような気がした。

 雨の日は不思議と心が落ち着くような気がずっとしていたから。

 でも、雨に打たれて楽しそうなのはよくわからなかった。


「友達にもよくそう言われます。なんででしょうね」


 落ち着いた微笑みを見せる彼女は、何故かとても大人びて見えた。


「僕に聞かれても困る。何かあったわけじゃないんだよね?」

「はい。ちょっと、遊んでるだけです。心配をかけてすいません」

 

 そう言って丁寧なお辞儀をする彼女はやっぱり大人びて見える。

 でも、変な子だな、ってそう思ったけど。


「君、大人っぽいってよく言われない?」

「よく言われます。でも、先輩……えーと、年上ですよね」

「どうだろ。僕は、見月小学校みつきしょうがっこう五年だけど」

「私は見月小学校四年生です。先輩も大人っぽいと思います」

「確かによく言われる。難しい言葉よく知ってるねーとか」

「ですよね。なんだか、そんな気がしました」


 なんだか、同い歳の子どもに比べても、彼女とは気持ちよく話せる。

 そんな気がして、なんだか親近感が湧いて、気がついたら質問していた。


「雨ってそんなに楽しい?僕は、落ち着くって思うんだけど」

「楽しいですよ。雨の音も、肌で雨を感じられるのも。先輩も試しにどうですか?」

「うーん……小雨だし、ま、いっか」


 なんだか、彼女と同じ気持ちを感じてみたくなって、傘をしまってみる。

 ぽつり、ぽつり、と髪に、服に、ズボンに。雨が染み込んでいくのを感じる。


「あ。意外と、面白いかも」


 全身で雨を感じようとしてみると、その感触は不思議と楽しく感じられた。

 少し暑くなってきたせいもあるかもしれない。ひんやりした感触が気持ちいい。


「ふふっ。先輩も変わってますね」


 その様子を見て、クスクスと笑い出す彼女。


「僕は試してみただけで。君のほうが変わってると思うけど」

「先輩の方が変わってますよ。名前、聞いてもいいですか?」


 仲間を見つけた、というように嬉しそうな顔。

 僕も、なんだか仲間を見つけた気がして、嬉しくなった。


「僕は如月陽介きさらぎようすけって言うんだ。君は?」

「私は梅原氷雨うめはらひさめって言います。よろしくお願いします」

「ああ。よろしくね。氷雨ちゃん」


 僕と彼女の出会いは、そんな、ちょっと変わったものだった。


◇◇◇◇


「私の影響ですか。なんだか、出会った日を思い出しますね」


 何故だか、氷雨がニヤニヤしている。


「なんだか、やけに嬉しそうなんだが」

「雨が好きな仲間を見つけた!って思ったんですよ。あの日は」

「僕も、初対面なのに、妙に親近感が湧いたけどね」

「先輩、「僕」って言ってます」

「思い出してたら、引きずられてたんだよ」

「でも、それから、雨の日は二人でいっぱい遊びましたよね」 

「まあな。台風の日とか、二人揃って滅茶苦茶はしゃいだよな」

「はい。傘持っていって、吹き飛ばされてみたり。楽しかったです」


 彼女と会って以来、台風の日は特別な日になった。

 傘がぶわっと逆方向にそれたり、傘の骨が折れるのを見て、キャッキャしたり。

 本当に、変な子どもだった。

 ま、どうでもいいんだけど。


「で、今日の雨の感想は?」

「このくらい弱いのがちょうどいいですね」

「今は、さすがに大雨は喜べないか」

「ずぶ濡れになっちゃいますから」


 今は、俺も氷雨も、大雨の中を傘も差さずに外に出るようなことはない。

 このくらいの小雨が俺たちにとって丁度いい日だ。

 ふと、隣に座る可愛くて愛しい彼女の手をぎゅっと握ってみる。


「手、冷たいですね」


 言いつつ、ニコニコと微笑みかけられる。


「雨だし、当たり前だろ」

「そういう事言うのは風情がありませんよ」

「風情、ねえ……」


 小雨に濡れた氷雨の様子をまじまじと観察する。

 水を吸った、セミロングの髪。

 髪からしたたり落ちる水滴。

 そして、水に濡れたセーラー服に、潤んだ大きな瞳。

 風情というより、これは。


「先輩。私の事をエッチな目で見てません?」


 ジト目で睨まれる。


「エッチな目で見るなって無理あるだろ。お前は可愛いし」

「水も滴るいい女って奴ですか?」

「うまいこと言ったつもりか」

「冗談です」


 少しの間、沈黙が辺りを支配する。

 ふと、氷雨が目を閉じて、顔を近づけてくる。


「キス、したいです」


 そう言う側から、雨露が滴り落ちて、なんとも色っぽい。


「ああ、俺も」


 ギュッと、氷雨の、少し濡れた身体を抱きしめてキスを交わす。

 数十秒の間、ついばむような口づけを交わした後。


「なんだか、やっぱり雨の日だとドキドキします」


 ほうと息を吐いて胸に手を置く仕草が艶めかしい。

 少し赤らんだ頬も。


「お前も、妙な性癖だよな」

「性癖って。もうちょっと、言いようがあると思うんですけど」

「普通にキスするより、こういう時の方がとか、性癖だろ」

「否定出来ませんけど」

「否定しないのも、氷雨らしいな」


 しばし見つめ合った俺たちは、どちらともなく笑っていた。


「そろそろ身体冷たくなって来たし。帰らないか?」

「そうですね。夏なら思う存分楽しめるんですけど」


 時はもう10月下旬。雨に長いこと打たれていると本当に寒い。

 氷雨が雨が好きといっても、寒さには勝てない。


「じゃあ、家帰って着替えたら、俺の部屋で遊ぶか?」

「はい。雨でも眺めながら、ゲームでもしましょうか」

「何する?対戦ゲームでも、ボードゲームでもいいけど」

「対戦ゲームで。こないだ先輩に負けたままですし」

「よし。じゃあ、それで」


 立ち上がって、やっぱり傘も差さずに手をつないで帰る俺たち。

 空を見上げると、相変わらず小雨がぱらついている。

 こんな日が好きで、そして、隣に彼女がいるのが幸せだ。

 そんな気持ちになりつつ、彼女の方を見つめていると。


「ところで。やっぱり、エッチな目で見てません?」


 今度は、何故だか、恥じらうような仕草。


「だから、そりゃ、可愛い彼女がそんなだと見てしまうけど」


 俺だって健全な男子高校生だ。

 雨で濡れた制服とか、そのせいで身体のラインがとか。

 色々意識してしまう。


「そういうことではなくてですね……」


 何やらもごもごと口ごもっているけど、まさか。

 それに、さっきもだけど、非難より、むしろ……。


「ひょっとして、そういう目で見て欲しい、ということだったり?」

「彼女としては、色々期待してたつもりなんですよ」

「そういう意味合いもあったのか。悪い」


 氷雨と付き合ってかれこれ一年になる。

 こういう日に、時折、妙な振る舞いをすると思ったら。

 それに、「あんまり待たせ過ぎないであげてくださいね?」の言葉。

 ようやく納得が行った。


「お前の友達に、あんまり待たせるなみたいな事も言われたんだよな」

「……その事は、言わないでって言ったのに」

「とにかく、色々わかった。俺も、先に進みたいとは思ってたし」 

「じゃあ、近い内に、期待、してますからね?」


 言いつつ、腕をぎゅっと組んで来る。

 程よく膨らんだ膨らみの感触を感じる。

 期待に潤んだ視線と合わせて、ドキっとしてしまう。


「あ、ああ。頑張ってみる」


 これまで、先延ばしに、先延ばしに、していたけど。


「なんだか、楽しみになって来ました♪」

「お前、意外とむっつりだったんだな」

「先輩が待たせ過ぎなんですよ」

「俺も、そういう気持ちはあったからな?」

「なら、良かったです♪」


 ご機嫌な氷雨を見て、嬉しいような恥ずかしいような。

 そんな、いつもと少しだけ違う、小雨が降る一日だった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


というわけで、雨が好きな二人のちょっとしたお話でした。


楽しんでいただけたら、応援コメントやレビューいただけると嬉しいです。


☆☆☆☆☆☆☆☆

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雨が好きな俺と後輩は、小雨の公園でイチャイチャする 久野真一 @kuno1234

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