第5話 恐るな、絞れ

 松野はオーディション会場が入っているビルの前で、自分が集めた女の子たち眺めている。女の子たちはビル前でオーディション会場は4階ですというプレートを持っている若いスーツ姿の男性が、自分たちがこれから受けるオーディションの責任者などとは思いもしないだろう。会場まで一人でくる子、友達と一緒の子、親が送りにくる子と様々ではある。皆不安と期待が混ざった表情をしているが、ある種の決意をもった雰囲気を纏っていることに松野は安心した。オーティションと真剣に向き合おうとしてくれている女の子を選べたという事実を自分の目で確かめられたからである、そして同時に先日の菊地とののやりとりを思い出していた。

 

 「おい松野。どうして二百人も候補者が残っているんだ」

 書類選考の締め切りは八月末に終了した。応募総数は約三万五千人。その中から二週間ほどで各エリアごとに担当者が一次オーディションに残す候補者のリストを作成する。作成されたリストを最終的に菊地が目を通してOKとなる流れになっている。菊地はリストと簡潔にまとめられた顔写真の一覧を各エリアごとに確認していくと、明らかに量が多いエリアが存在し、リストの作成担当者は「松野」になっていた。その場で松野を呼び出し、松野が部屋に入ってきた途端に発した一言が先ほどの言葉である。

 「もう一度聞くぞ。なぜ九州エリアの一次オーディションに二百人も残ってる」

 「履歴書と写真だけでは決定打にかけたので」

 「素人か。決定打にかけるも何も、決定打なんて無いんだよ。いいか、書類だけで原石を発掘できるなんて業界長い人でもそうはいない。きっと取りこぼしが怖くてこんな数残したのかもしれないけれど、それが俺的には一番やって欲しくない。取りこぼして当然。それに、松野はさっき決定打云々かんぬん言ったがじゃあどうして五千ほどあった中から二百に絞った」

 松野は言葉を慎重に選んでいるのか、なかなか口を開かない。やっと出たのが、感覚です、という短い言葉だった。

 「なんとなく、感覚、この子よりもあの子の方が目がいく、そういった物を否定する気は全くない。でもそれはこの段階で材料にするのはあまり良い手ではないぞ。もっと後の話だ。書類選考は条件で絞れ。」

 「条件ですか。例えばどんな」

 「それは自分で考えてくれよ。なんのためにエリアの責任者を任せたと思っている。それに松野は元々うちの事務所に選ばれた人間だろ。近江がどんな人材を求めているのか、どんな人材であれば輝けるか。身を持って知っているだろ」

 菊地は自分が言いたいことを全て終えたのかリストを机に投げ出して携帯を弄り出した。松野は来週の月曜日の午前中までには絞って持ってくると、一生懸命普段通りを装って返事をした。

 「OK、理想は三十。最初だから特別に最高六十まで許す。恐るな、絞れ。これは絶対に守れ。」

 松野は気丈に振る舞うように一礼して、静かに部屋を出て行った。

 菊地は松野が部屋を出ていくことには目もくれず携帯を触り続けている。隣では二人の会話中は一言も発しなかった柿本が微笑を浮かべながらリストを眺めている。

 「何一人でニヤニヤしているんだ」

 「菊地さんにしては指示が最初からずーと雑だなと思いまして」

 「雑ってなんだよ」

 「答えは言わない、行動を縛りつけない、考えされるためにあえて突き放す。突き放したと思ったら所々でフォローとヒントを混ぜる。松野君すごく愛されているなって隣でひしひし感じてます。」

 「愛しているって気持ち悪い表現するなよ」

 「愛しているは確かに過ぎた表現かもしれませんが、実際に今回の企画で独り立ちできるぐらいには鍛え上げようって考えですよね。」

 「まぁな」

 菊地は手元のコーヒを見つめ、口調を落として柿本に尋ねた。

 「柿本から見て松野はこれからもやっていけると思うか」

 「大丈夫ですよ、きっと」と柿本は即答した。

 「ずいぶん楽観的だな」

 「精神的に未熟な高橋ちゃんのコントロールはしっかりとできています。現場での大きなミスもなく、事務所も現場のスタッフさんとのコミュニケーションも問題なく、任された仕事はしっかりと出来ています。それにさっきみたいに、ちゃんと反省しつつ素直に意見を聞いて、やり直そうとする。良い子ですよ。欠点と言えば熱意が見えづらくて、ガツガツと仕事を取ってこないことですかね。そこは近江の事務所としての寛容さで問題にはなりませんけど」

 「松野は幸せ者だ。近江随一の人を見る目がある女帝からお墨付きをもらえるなんて。高橋の専属マネなんて言われている割に」

 柿本は菊地の口からいつも通りの憎まれ口が出たところで、そそくさと自分の荷物をまとめて部屋を出ようと扉に手をかけて一度止まった。

 「近江の中の人で本気で松野君のことを悪く思っている人はいませんよ。もちろん菊地さんのことも」

 柿本は菊地の方をむかずにそういって部屋を出た。部屋の中からは菊地のうるせぇという照れ隠しが扉越しに聞こえてきた。

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