第4話 一次オーディション会場へ

 9月末に今井と新原のもとに届いたオーディションの書類選考の結果は無事二人とも合格だった。その日の今井は数学で分からないことを質問するために遅くまで学校に残っていため、19時過ぎに家に着いた。珍しく早く帰宅していた父親から自分宛の書類が届いていたことを知らされると駆け足で階段を上り、机の上に置かれている茶封筒を開けた。そこに書かれている内容を確認してすぐに新原に電話しようと思い携帯を鞄から取り出すとちょうど家の呼び出しベルが鳴った。直感的に新原の到来を感じた今井は母親からもう少し静かに降りなさいと注意されるスピードで玄関に向かい扉を開けた。そこには家から走ってきたであろうか息を切らしながらも結果を確認するまでもない笑顔の新原が立っていた。今井も新原に負けない笑顔を浮かべるとお互いに抱き合ってしまった 


 そんなたかが書類選考の合格で盛り上がってしまった日から一週間後の日曜日、福岡のオーデション会場へ向かうために今井は両親に車で送ってもらい宮崎空港を訪れた。

 「いい、大切な受験勉強の時期にこうして挑戦を応援するのもオーデションだけ受けて、遊ばずにすぐ帰ってくることが条件なのよ。自分が言ったことは必ず守りなさい」

 「はーい。じゃあ行ってきます」

 今井は助手席から身を乗り出して注意をする母親と運転席に座る父親に手を振った。エントランスに入ると搭乗口前に既に新原が立っている。新原は黒のスキニーに上は白のパーカーと黒のブルゾンを合わせたモノトーンコーデに仕立てて、足元に赤いスニーカーを差し込んでまとめた格好をしている。

 「なんというか、物が違うというか、スポーティな服装の中でもしっかりオシャレを演出できるって凄いよね」

 今井は新原のファッションセンスを褒めると、自分の明らかに移動するためだけの服装を確認して笑ってしまった。

 「そうかな、でも褒めてもらえて嬉しい。お父さんに移動中はなるべく派手な服装はするなって言われたから動きやすい服装だよ。向こうでスカートに着替えるよ」

 新原は脇に抱えている機内持ち込み可能サイズのスーツケースを指さした。

 「やっぱりスカートだよね。私も悩んだ末にオーデションはワンピースで受けようと思う」

 「いつもの白のお気に入りのワンピース」

 「ううん、オーディションのためにお小遣い使って新しいの買った」

 「えー。って驚くけど私もお母さんにおねだりしたんだよね」

 「じゃあ、お互いにオーディション会場でお披露目だね」

 会話をしていると二人が搭乗予定の飛行機の入場可能を知らせる案内が空港内に流れた。


 飛行機は予定通りに8時25分に動き始め50分ほどで福岡空港に到着した。空港をあとにして電車で5つ先の駅に着いた頃には10時を回っており、二人はそのままの足でオーデション会場に向かった。

 「一次オーディションの案内もらった時さ、駅から会場まで迷わずに着けるか心配したけど大丈夫そうだね」

 今井は駅から出る自分たちと同じ場所に向かおうとしている沢山の女の子達を確認して、安心した口調で言った。

 「そうだね。ネットで九州会場でのオーディションは今日1日だけかもって書き込みあったから集まる人数多いって予想してたけど、相当来てるね」

 「私は12時集合で、絵美ちゃんは11時半集合の予定になっているからオーディションの進行も細かく分かれてるっぽいよね」

 「うん、東京会場も30分ずれで始まって凄い勢いで立ち替わりで自己PRしたらしいよ。にしても駅前で時間潰している感じの子達多いね。今更だけど、こうやって他の人を見ると汐里と一緒に受けにきて本当に良かった。一人だったら緊張して動けなくなっていたかも」

 「よくいうよ。この前まで全国大会のあんな大きな体育館で堂々と試合出ていた人が」

 「あれは、そこまでの努力をしてきたって自信があるから体が動かせるの」

 「じゃあ、自信があればいいのね」

 と今井は新原の手を掴み会場へ向かう人の流れから少し外れて立ち止まり、新原に抱きついた。

 「え、何」

 「絵美ちゃんは可愛いし、オシャレだし、勉強も運動もなんでも一生懸命な頑張り屋さんだよ。大丈夫。どんな人が見たって絵美ちゃんの魅力に気づくよ。私が保証します。」

 新原は急に愛の告白のような熱い思いを打ち明けられ一瞬困惑したが、目の前にいる親友が不安を取り除くためにとった言動に感謝の思いが一杯になり、今井へ体を預けた。

 「私たち、最近なんか抱きつきすぎじゃない。汐里のこと大好きだけど、私は男の子が恋愛対象だよ。」

 「知ってるよ。冗談言えるってことは、自信ついたかな」

 「ついた。汐里とお父さんとお母さんとお兄ちゃんの少なくとも4人は私のこと応援してくれてるって。」

 「じゃあ、体動くね」

 「元々、汐里と二人で来たから動いていたよ。むしろ汐里のせいで感動して動けなくなった」

 言葉通り新原はそこから少しの間今井に体を預けたまま動かなかった。ようやく新原が顔を上げて進みだす頃には時計は11時に迫っていた。


予定より少し遅れて二人はオーディション会場のビルに着いた。一階のエレベータ前には案内係の男性が立っており、オーディション参加者を目的の階まで誘導していた。二人は案内のあった4階に上がり、受付で事前に配られていた参加票を提出し、引き換えに番号入りの名札を受け取った。控室には既に三十人ほどが集まっており、各々メイクや着替えといった準備をしている。

 「控室が準備されているって凄いよね。おかげで私たちみたいに当日福岡入りした人たちもしっかりと準備ができてありがたい」

 二人は部屋の中央付近で席が二つ空いている場所を見つけて座った。会場にいる自分と同じ志を持つ女の子のきらびやかさや漏れ出してしまっている緊張感に感化され二人とも少しの間じっとしていた。

 「とりあえず、着替えよう。そして人生初のオーディションを楽しもう」

 と新原は机の下で今井の手を握った。今井も同意を込めてその手を強く握り返した。

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