第3話 書類選考

 新原と今井が履歴書を郵便局へ持って行ったのは書類選考の期間で定められた最終日だった。

 「本当にだしちゃったね」

 「二人して本当にだしたね。汐里」

 今井と新原は未だに多少の恥ずかしさを感じているのか、お互いに目を合わせた瞬間に笑い出してしまった。

 「受かるといいな」

 「汐里って最初は私に腕引っ張ってこられて始めた感じなのに、いざやろうとなると前向きだよね。」

 「頑張るって決めたら頑張るの。おまけに憧れていたアイドルだよ。なれるならなりたいっていうのが本音だよ。改めてだけど絵美ちゃんが誘ってくれたおかげだよ。ありがとう」

 「どういたしまして。あー、合格したい。合格できなくてもせめて2次選考の東京まで進みたい。この前は遊んで帰ってこれなかったし」

 「今日遊んで帰ろうか」

 ここ最近は勉強ばかりで息抜きが足りていなかった今井は会話の流れで誘ったのであるが、新原がたまにする悪巧みが上手くいった時の笑顔を見てまんまと誘導されたことに気がついた。新原は汐里言うなら仕方ないなどと言いながら軽やかな足取りで駅方向に進みだした。駅前のお店は夏休みということもありどこも混んでいた。3軒ほど梯子してようやくチェーン店のドーナッツ屋に二席を確保した二人は適当に飲み物と季節限定のドーナッツを買い腰を下ろした。

 「高校受験について汐里とあまり話したことなかったけど、志望校決まっているの」

 「私は宮崎西に行こうと思ってるよ」

 「宮崎西ね。やっぱり近いのが理由なの」

 「近さもそうだけど、一番は県立であんまりお金かからないのが理由かな」

 「汐里パパ、市役所のまぁまぁお偉いさんだよね。なんか、お金が理由って意外」

 「そうだよ。でもお父さんの収入の話じゃなくて、大学は大阪か東京に行ってみたいと思っているから、そっちにお金回してもらいたいなという作戦」

 「なるほど。そっか、そういう風にも考えてるのか。今から勉強したらそんなに難しい訳ではないから私も汐里と一緒に宮崎西に行こうかな」

 「高校ではバスケ続けないの」

 高校でも新原はバスケを続けることを想定していた今井は驚き、率直な疑問が口から出てしまった。クラスが違う今井にさへも、新原のバスケの実力が評価され県内の強豪校から声がかかっているという話を耳にしたことがある。

 「正直な話ね。続けるか、続けないかは迷っているの」

 「全国大会に出るチームのエースほどの実力の持ち主なのに」

 「エースって言われることが多いけど、チーム内で得点する役割のポジションを任されているだけだよ。純粋な実力で考えると、藪ちゃんやキャプテンの方が断然上手だよ」

 「バスケ楽しくなくなった」

 今井が新原の気持ちを察し、親身な質問をしたため、新原は少し気まずそうな顔になった。

 「いや、バスケは楽しいよ。そういうことじゃなくて、さっき自分で最低でも2次まで行きたいとか弱気な発言しておいて何言っているって思われるかもしれないのだけれども」

 「だけれども」

 「オーディション合格したら東京に出る必要があるよね」

 「うん」

 「そうしたら、そうしたらだけどね。バスケの推薦で入学しておいて、途中からアイドルやるために東京に転校しますってなったら失礼かなと」

 新原は顔を真っ赤にしながら最後の方は消え入るような声で言った。

 一方の今井は先ほどの自分の心配した分の労力を返して欲しいとばかりに呆れた表情になっている。

 「やめてよ。てっきり全国大会で負けて落ち込んでバスケ辞めようか考えているって話かと思うでしょ。つまり、バスケも好きだけどアイドルはもっと好きという話で、さっき私のこと前向きってちょっと茶化したのに自分は合格する気満々。絵美ちゃん大物だね」

 新原は耳まで赤くして半分以上飲み終えたグラスを頬に当てて顔を冷やし始めた。

 「でもそれなら、絵美ちゃんはオーディションも合格するつもり。高校受験もバスケ強豪校に一般受験でしっかり入れるようにした方がいいよ」

 「やっぱり大変だけど、そのぐらい覚悟持たないと駄目って汐里なら言うよね」

 「言いますよ。だってそっちの方が断然絵美ちゃんっぽいもん。困難が二つあるのであれば、二倍努力して両方達成しよう」

 「汐里はいつもそう言って応援してくれるよね。うん、気分晴れた。ありがとう」

 新原はそう言うと、一口も手をつけていなかったドーナッツをペロリと平らげた。


 二人が履歴書を提出した次の週から9月に入り、二学期が始まった。

 三年生のフロアだけは受験モードの空気が教室だけでなく廊下にまで広がっており、オーディションの結果という心の平穏を乱す可能性のある邪念を二人からしっかりと取り払っている。決めたことをコツコツと自分を律することができる今井と切り替えると目標まで一心不乱に進める新原。二人のもとに結果が届いたのは、机に向かう忙しい日々を送り続けオーディションのことが頭から消えかけた9月末であった。

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