第2話 プロジェクト会議一回目
佳奈子と車中で話した一週間後、アイドルオーディションのプロジェクト立ち上げの会議が開かれた。
責任者は入社9年目の
菊地は以前も大手レーベルでマネージャーを経験しており、担当バンドが契約更新で揉めて近江プロに移籍してきた際、そのままマネージャーとして転職してきた人物であり、バンドよりも菊地自身が移籍したことの方が痛手と話す関係者もいる。
「事前に配った資料通り、近江では初となる女性アイドルグループを立ち上げることになった。うちはずっと実力のある歌手一本でやってきたがここ数年はモデル・女優とマネジメントする領域を広げてきた。その一貫での女性アイドルグループだ」
菊地は長々と会議をやらない人間ではあるが、今日はいつもに増して淡々と会議を進行した。プロジェクトの発案者が社長であり、その責任と権限を一手に引き受けている菊地が既に詳細を詰め終わっているため会議の参加者から意見が出ることはないと分かった上での会議である。智也も事前に菊地のきっちりとした性格が出ている資料に目を通しており、やはり仕事ができるというのは資料ひとつとっても伝える能力の高さが大切だと感銘を受けた。
一通り決定事項を伝えた菊地は資料を机にさっと落とし会議の参加者を見渡した。
「最後に。みんなの意見を聞きたいのはどこの地域を担当したいかってこと」
「これって立候補すればその地域の担当させてもらえるって認識でいいですか」と資料に目をやりながら
「だいたいな」
「じゃあ、私は関西でよろしくお願いします」
だろうなと納得顔で菊地はうなづいた。柿本がマネジメントしている歌手の多くは自身の足で現地に赴きスカウトしてきている。特に大阪での人脈の広さと目利きに関しては事務所一と言われており、柿本がマネジメントするという条件で大手を断り近江に所属している歌手もいる。
「でも、松野だけは俺からの指定で九州地方の担当をしてもらう」
「あ、はい」
「なんだよその気の抜けた返事は。分かっているのか、アイドルグループである以上ルックス担当の子は絶対に必要なんだぞ。特に福岡はごろごろと美形の子がいる。その中で更に磨いて光る子を見つけるのは易しくないからな。いつまでも高橋の専属マネやっているだけじゃなくて、しっかり事務所に貢献しろ」
菊地の本音はどうやら最後で、智也に発破をかけるべく逸材が見つかりやすい九州の担当を任せようとしてしていることを智也は感じ取った。
高橋佳奈子の専属マネージャー。
智也の事務所内でのあだ名である。智也自身も元々は近江所属の歌手であったがグループ解散後メンバーではただ一人事務所に裏方として残った。近江では本来マネージャ一人に対して、利益を出すメインの歌手を二組、売り出したい若手を一組、そしてその他の金の卵を数組担当するのが基本となっている。人気歌手が所属している割に業界内で中堅と評されているのは、こういったマネジメント量の少なさが起因している。これは社長の所属歌手に寄り添うという方針の裏返しでもあり、マネージャの悪口が多く聞かれる業界内であって、所属歌手から信頼されている少ない事務所となっている。そんな適切な業務量に調整された中でも更に忙しくないにもかかわらず、智也が担当しているのは高橋佳奈子のみである。智也自身は悪口に近いあだ名で呼ばれても、社長が許可していることなのだからとあまり気にしている様子はない。
オーディションの地域は北海道・東北、関東、中部・近畿、中国・四国、九州・沖縄の五つのエリアに分かれて書類審査、一次審査が行われることが決まった。その後、東京で二次審査、残った候補者が各自で行う二週間ほどのライブ配信審査。そして再び東京での最終審査という流れになっている。
「最終審査と合格者発表が行われるのが近江の創立記念日の六月三日。これから一年半という長丁場になるが各々が世に羽ばたかせたいと本気で思える人材を熱意を持って見つけるように。以上、解散」
菊地の熱血漢の一面が垣間見える言葉とともに一時間で会議は終了した。
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