37 怪力乱神(かいりょくらんしん)
西村勘九郎――と称した、長井新九郎さすがに何も言わずに去るのも、怪しさを伴わせるかと思い、
「武田どの! 元繁どの! お聞きくだされ! 宮島の、厳島の、神のお告げでござる!」
そう、大仰に叫ぶは、
己斐家は、厳島神社の神主につらなる家である。そして、厳島神社の神領は、安芸武田家・武田元繁の安芸奪取の戦いの戦端において、まず接収されたところだ。
ただ、己斐城の己斐宗瑞は、安芸武田家に従うを良しとせず、武田元繁に対して抗戦の意志を示し、籠城戦に入った。
この己斐城を救うために、安芸国人一揆の盟主たる毛利興元が、吉川家の宮庄経友とともに有田城を攻略したことが、今回の毛利家と安芸武田家の一連の戦いの直接の契機である。
毛利家と安芸武田家。
微妙な均衡を保ちつつ、時は流れ、やがて大内義興という巨人が帰り来れば、すべてが終わるかと思われた。
しかし――毛利興元は死んだ。
「これでは、己斐は食われるではないか」
事態の急変を悟った己斐宗瑞の動きは早かった。
即座に安芸武田家に対して恭順を申し入れ、早速に、有田城攻めに、手勢を率いて馳せ参じたという次第である。
そして――その、厳島の神主の家とつながりのある己斐宗瑞が。
「厳島神社の神のお告げ」
などと言ってきたわけである。
「眉唾物だな」
安芸の勢力地図をすでに頭に叩き込んでいる長井新九郎は、お告げお告げとうそぶく己斐宗瑞を冷ややかに見た。
「だが、少し面白いものが見られそうだな、どれ」
いかにも、帰りかかったけど何かあるのか、という雰囲気を醸し出し、新九郎は佇立して、己斐宗瑞のこれからの見世物を眺めることにした。
*
「それがし、こたびの有田への出陣にあたり、厳島の神のお伺いを立て申した。そして今、そのお返事が、というかお告げが参った次第!」
己斐宗瑞は大げさに懐中から書状を取り出す。
安芸武田家に寝返ったという経緯を持つ宗瑞は、同じ軍中の将兵から無言の「裏切者が」という圧力を感じていた。
そのため、武田元繁へ自身の存在を強調することに必死だった。
しかも、この場において、厳島神社の神主の家柄は自分だけだ。
誰にも文句は言えない。いや、出させない。
宗瑞は書状をばっと広げて、大声で読み上げる。
「ええ、こたびの
宗瑞自身は重々しく読んでいるつもりだが、芝居めいた雰囲気が生じる。
長井新九郎は冷笑する。
武田元繁は無言だ。
安芸武田家の諸将も、そんなことは決まっておろう、と無感動の表情だ。
宗瑞はかまわず、つづきを読む。
「ええ~、しかるに~、安芸を~、制したのちは~、この~、中国を~制するで~あろう~」
中国とは、この場合、中国地方のことだ。
武田元繁は、安芸を制したのちは、周防の大内家、また、明示していないが出雲の尼子家を攻略することを示唆している。つまりは、中国=中国地方を制覇することを目指していた。
この「厳島神社の神のお告げ」は、その野望を後押しするものだ。
「ふっふ……」
元繁が破顔する。
宗瑞は、「神のお告げ」が効果を上げたことを確信した。
元繁は宗瑞から書状を受け取り、うんうんとうなずいて、己の目でも読み、確認した。
そして書状を持った手を上げ、快哉を叫んだ。
「見よ! 神のお告げぞ! われこそは安芸を制し、中国をも制する者なり!」
並みいる将兵は喝采を叫んだ。
自分たちこそが、この安芸武田家の覇業の始まりを見ることになり、それを支えるのだと。
「……なかなか面白い見世物だった……が、果たして……こたびの戦、勝つのはどっちかな?」
長井新九郎は誰に聞かせるでもなく、そのつぶやきを洩らし、やがて、去っていった。
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