戦乱の帝国と、我が謀略 ～貴族の悩みと根回し合戦～

カルマの選択と、

「お前はワシの器量不足ゆえにテリカを殺すと言うのか！」

「言葉を知らぬ愚かさをお許しください。ニイテ様を配下と出来る器量の持ち主は、地上に存在しないと申し上げたいのです。レイブン様さえも『ケイ最強と言われた父フォウティの後継に相応しい』と仰った事、閣下もお聞き及びのはず。

　今の世において優れた将である事がどれ程の意味を持つか語るまでも御座いません。かつてケイを建国なされた高祖陛下さえ優れた将たちを配下とし続けられませんでした」

「先を見たらどう。あたしたちが生き残るには有為の者が多く必要よ。高祖の例を出せば、そのやがて殺さざるを得なかった者たちを使ったからこそ天下を取れたのでしょう。

　これ程の者たちが頼ってきてくれたのに、主君の意を無視してまで殺そうとするなんて……トークに悪意でもあるのかしら」

「今トークがどのような環境で、誰と戦うか思い起こし願います。

　グレース様の計略により有利となった今でも大志持つ虎を腹の中に入れる余裕などとても。

　敵は賢者。それにニイテ様ほどの火種を加える。この事実に比べれば此処に伏しております匹夫の悪意は些事と愚考いたします。先ほどお二人もニイテ様が己の力に誘惑されるのを心配なさっていたではないですか」

　実際イルヘルミ陣営は勿論、同盟を組めたとしてビビアナ陣営さえ、新参でしかも遠方から来たテリカを使いトークを操る方法を考えるのは規定路線。

　それにつけてもこの論争の面倒と愚かしさよ。結論は出ていて後は選択するだけなのに、一党の息を背中で聞きながら茶番とは寒気がする。

　しかしジンさんと部下たちの前だからな。姉妹としても意思を示さなければと考えてるかも。幾ら不安でも付き合わなければ。

「何故そうまで我等に牙を剥くと思い込む。ワシはテリカが決して人の下に付けぬ者とは思わぬ。どれ程上手くやろうとこの座を奪い取れば外へ隙が生じるは必定。

　しかもワシを殺せば評判は地に落ち、誰とも同盟出来ぬ非常に厳しい情勢が待っていよう。テリカがそれも分からぬ愚か者だとは言うまい？」

　ごもっとも。カルマとテリカなら何とかなるかもしれない。

　が、私は無理だ。

「勿論。私も完全な愚か者ではありませんので、お二人の言葉に幾つもの理があると理解しております。しかし私の考えは変わりません。ニイテ様を受け入れては直近の問題が複雑に、厳しくなる」

「……その問題、トークの支配者であるカルマ様の御意に真っ向から反対し、自分の立場を不穏にする程の物か今一度考えるべきじゃないかしら？　それにレイブンを頼って来た者を一言も伝えず殺したら彼がどれ程怒るか。せめて帰って来るまでは牢に入れ、生かしておくべきよ」

　は？　姉より先にグレースが妥協―――おお、私は何と見当違いな。あっさり搦め手を考え付くとは凄いよグレース正解だ。

　そう、この瞬間をしのげば君たちの意見は通り易い。だから今始末する。

「グレース様、私もこのような真似をする以上、我が進退は賭けてございます。もしお二人がこの場でニイテ様を処断なさらないなら。明日よりトークに居られるとは考えておりません」

「！！　こ、このっ！　リディア！　こんな話承知するの？！　貴方なら分かるでしょう彼女たちの価値が！　それに我々を頼って来たテリカらを殺せば、世の人からどんなそしりを受けるか！」

　チッチッ。不安要素であるリディアに発言を促すのは止めて欲しかった。

　こんな個人的決定による危険な行動で彼女への相談は論外。だがお陰で何を言うか全く読めない。

　リディアが此処に、テリカが受け入れてくれた相手として恩義を感じる場に立っているからこそ、こちらにも考えがある気配が出て姉妹の不信も減ったはず。その点は感謝してる。今回も良い働きだった。

　しかし余計な事を言われては面倒が……、

「私（わたくし）は最初に申し上げたはず。ニイテ殿らは危険であり、慎重に見定めるべきだと。彼女たちは価値ある英傑。即ち決して諦めぬ者です。

　私（わたくし）としてもこうも事を荒立てるのは不本意ではあります。が、事ここに至れば放逐するもかなわず残るはこの者の申す通り殺す一手のみと。

　しかし不幸中の幸いも一つ。グレース様はお忘れのようですが、慎重を期したお陰でニイテ殿が此処にいる事さえ未だ知る者は極少数。

　よって世評は自由自在。マリオの命を狙ったように、カルマ様の命を狙った故殺した。と、致すのは如何」

　は。はははっ！　失礼な考えだったリディア。想定に入れて無い援助有難う。

　しかも咄嗟だろうに受け入れを反対する側近らしく。私の事など知らない風で。

　やはり幾らか気づいてたか？　テリカの対応を話しあった時、出来る限り受け入れの利を考えてと言ったつもりだが、アイラとリディアに納得の様子は薄かった。

　テリカがトークに留まるのなら受け入れたいけども。面倒が増えるにしてもそれ以上の使い道がある。

　或いはマリオ閣下が真田を殺してくれるかもしれない。そうすればすべての意味で余裕ができる。しかし何かに期待するのは何処までも最小限としなければ。

「―――。ワシの……いや、我らの思慮が足らなかったと認めよう。

　だが、ワシは受け入れると言った己の言葉を守りたい。何よりこれほどの若き大器、何故粗末に出来ようか。

　リディア、奴を説得してくれ。テリカの扱い、お前たちへの褒美。相応に譲歩しよう。何なら別室で話し合おうではないか。ああ、当然この行いも忠心故とする」

　随分と寛容なお言葉を。この申し出グレースは？　睨みつけてるだけ。

　油断させて処理する意図とも思うが……本気でもおかしくはない、かな。

　どれだけ譲歩しようともテリカを迎え入れられればカルマの勝ちだろう。

　私という悪役が出来、二人が近づきやすくなる気もする。

　そして全て邪推としても……。

「御意に沿いたくはありますが……。さて。

　うぬよ。我らが主君の寛容な言葉を聞いたな。金銀。出世。ニイテ殿たちの扱いの案。何でも申すが良い。若輩な凡才の身なれど出来る限り細部を請け負おう。周りを囲まれて落ちつけぬと言うなら、別室を望むがよい」

　苦笑が漏れてしまいそうな話をする。返答はご存じじゃないかな貴方なら。

「望外の慈悲に感謝の言葉が見つかりません。しかし何か誤解なされておいでです。私はトーク閣下から頂いているご厚恩に満足しきっております。内密にお話出来る事も思いつきません。

　私が望むは今縛られている者たち全員の死のみ。さもなけれご厚恩を頂戴するトーク自体が無くなってしまいますので」

　すまんカルマ。どう話し合ってもこれ以上は無い。

　お互いに理のある両極端の意見という時点で絶望的なのに、私の真意はそれでさえないんだからどうしようも無い。

「お聞きの通りにて如何ともし難いように思われます。

　かく申します私（わたくし）もニイテ殿の受け入れに反対した、この者と同じ無能。ニイテ殿らを守るとのご意思でありますれば、下級官吏と同程度である愚かさを恥じ暇乞いを」

　なんと。私は有難いが……リディアからすれば余り賢くない発言では？

　いや、彼女にとってもニイテ家を受け入れて面倒が増えれば見切り時か？

　……話せるようになるまでこれを覚えておこう。それより今は顔を引き攣らせている二人に注意を。

「カルマ様に此処まで言わせて粗雑な！　貴方たちには情って物が無いの！？」

　言わずにはいられなかったという表情。気持ちは分かるよグレース。

　私も可能ならお前たちと仲良くしたい。

　が、殺し合いを好悪で話す愚かさはには同意してくれるだろ？　加えて最終的に私たちが親しくあれる可能性は低すぎる。妥協する理由となり得ん。

　それにしたって誠意を見せてないとは思うがね……。

　む、カルマがため息を。そしてこの表情なら恐らく。

「…………。そなたの、勝」「何が忠臣か！　領主が受け入れると決めたなら、その者は志を一つとすべき味方。なのにこのような騙し討ちで！

　そんなやり方では小さな村一つ続かせるのも不可能でしょうが！　お前が次に狙うのは誰かしら。あたしか、或いは他のトークの臣か。やがてお前自身の上に本当の忠臣の刃が落ちるのが世の理よ！」

　今、カルマの言葉を遮った？　グレースが？　それにこの発言は、なんだ。

　私を説得するには余りに感情的で奇妙。

　―――意図が、あるとすれば。眼前には無い。なら、頭を下げ腋越しに、

「お言葉、言い訳のしようも、」

　一人すり抜けてきてる。音が無い？　白い尾。手には槍。皆意表を突かれて止める様子が。何より速い。

　―――。最悪の最悪かよ。