剣を抜いたなら

「近衛ぇ! 来い!!」「一人ずつ網から出して手と足を縛れ! 弱そうな奴から! 抵抗されない限り乱暴するなよ!」

「ジィイン! どういうつもりだ!! この事氏族の長たちは承知しているのか! 冗談では済まさんぞ!」

「近衛に槍弓向けんじゃねぇぞ! お三方へ向けるくらいなら死ね! 近衛と戦う羽目になったら矢で網の中皆殺しにして逃げだ。糞臆病者より先に死ぬこたぁねぇ!」

「なぁっ!? テリカたちは我が臣下! それを殺す!? 貴様ぁワシと剣を…………待て、糞臆病者、だと?」

「カルマ様、御意に逆らう気は無いんですよ。事情を聴いて下さる気があれば少々お待ちを。こんな強そうな奴らに矢を向けた以上、縛らないと落ち着いて話もできねーんで。おい! 手つきが乱暴だぞ! そっち! もっと慎重に。ケイ有数の武将舐めてんのか死ぬぞてめぇ!!」

「今! 貴様は我が意に歯向かっておろうがぁ! すぐにテリカの縄を解き詫びんかぁ!!」


 カルマに呼ばれた近衛兵は、十名。椅子の陰に隠れていたトーク姉妹とリディアの前に壁を作るまでは良いとして、剣を抜かれるのは……と、グレースが抑える。

 カルマの激高は一番不味い。しかし護衛長さんの意思を確かめる冷静さがあれば……良し。無茶はしないな。うん、テリカ一党が全員縛られた。

 ふぅうぅうう。

 ひと先ずは予定通り。テリカめ、あの一瞬でグレースと護衛兵の方へ飛び掛かろうとするとは。心臓にろっ骨を叩かれたぞ。


 笛一つで動けるよう訓練済みだと言う護衛長さんを信じ、何が起こるか知っている彼には一緒に扉の裏で待機してもらう等、考え得るだけ気配を消して場所を整えた。

 更に最も安堵したであろう瞬間、一番動き難い平伏の姿勢を見てから動いたのに。とんでもない反応を見せやがって。


 ……今も見せてる。と、言うべきか。カルマの様子を見て下手に動かない方が良いと見切り、冷静に機会を探ってる。配下たちも。ったく。二人に怨嗟の声でも上げてくれれば少しは楽になりそうなものを。

 能力自慢の一党だけある……いや、確かカルマも弓が構えられるとほぼ同時にグレースを引っ張り椅子の陰へ飛び込んでいた。

 どいつもこいつも動揺しただろうになんつぅ状況判断と自制心だ。これが乱世で生き残ってきた奴らか堪らんな。常在戦場なんて表現さえ間抜けに感じる。


 にしても本当に帝印を拾ってるとは。

 何とか上手く使えないだろうか。『玉璽を盗むはケイへの大逆、配下としてお名前に傷をつけては一大事』と、比較的穏便に言いくるめたり……。

 いや、駄目だ。帝王を自領へ迎えたイルヘルミはビビアナをケイの敵だと言うに決まってる。

 そこへビビアナと組むつもりのトークが深い考え無しに、ケイへの忠誠心を示してはビビアナを捨てイルヘルミへ付く準備なのかとなる。

 

 そもそも悪意無しに献上した物への難癖でカルマを説得が無理筋か。

 玉璽に関してはテリカが良い道具を持ってきてくれた。と、感謝するだけだな。

 テリカへ実のある返礼は出来ないが。

 何せテリカ一党は全員此処で死ぬ。


 テリカ一党。能力、精神、団結力、訳の分からない運。全てを揃えた本当に危険な集団だった。もしもこいつらが兵と領土を持てば、下手すると十年単位で邪魔になる可能性を感じる。

 しかもそれさえ最悪ではない。真田。全ては真田だ。流浪の末、奴にも無いはずの水上戦の技術が与えられる可能性。花粉のように小さい種だろうとも見逃せん。

 それを一網打尽する機会、この僥倖必ずものにする。


 まぁ、もう安堵して……よかろう。こちらの命の危険や、草原族がトークから追い出される可能性は限りなく薄い。

 リディアならかなりを読んで準備出来た可能性もあるが、今緊急の笛が聞こえないなら大した邪魔は不可能に思える。

 それに彼女の表情を読むのは無駄としても立ち位置は……近衛の後ろ。近衛が入って来た扉へ静かに動いてるか。もしもの時逃げるためかな? 良い兆候、だろう。


 後は万が一、逃走経路に問題が発生した時鳴るはずの笛を聞き逃さないようにすればよし。

 それと損を如何に小さく出来るか。最悪の最悪となれば全てを捨てて逃げるしかないが、今は護衛長さんの名演に期待し、トーク姉妹の表情と視線の動きを見て備えるべし。


「ジン、縛り終えて満足したか? ならば説明せよ。心してな」


「脅かさねぇでください。まず誤解の無いよう願います。ジブンに邪まな考えはありません。カルマ様は勿論、客人がたにも危険が少ないようこんな真似をしやした」


「……理解しかねる。此処までの侮辱、過去思い起こせぬほどだぞ。

 第一貴様は『全員を殺して逃げる』と言ったではないか」


「ご不快でしょうがそう言えば止まって頂ける。と。……まぁ、万が一カルマ様のお怒りが解けないなら、まず戦う相手はこちらの方々になっちまう。なら四氏族の長方に首を飛ばされちまうとしても、最低限の仕事はしたと言われたいんでね。

 兎に角っすよ。これは『忠臣が身命を賭して申し上げる。全て自分の責任にして良いから場を整えて欲しい』と願われ悩んだ挙句なんす。それで、この文を読んで頂ければ。ああ、お二人だけで願います。ちなみにジブンは読んでやせん」


 二人ともジンさんの動機を疑っているな。だが幾らでもあるだろう?

 今後ジンさん達にとって面倒となるテリカを排除出来るのだ。嫌々な態度を見せていても汚れ仕事を『誰か』に押し付けられて内心喜んでいる。くらいの可能性、思い至るはず。実際ジンさんもテリカの加入は面倒だと言っていた。

 だから納得してその近衛を経由された文を……良し受け取った。

 さ、て。


 一、危険極まるテリカ一党をカルマさんが追い出すと考えていたのに、受け入れの判断となり失望しています。テリカに追い落とされる際巻き込まれて死にたくないので、テリカ一党を殺す事にしました。

 二、出来ればカルマさんの口から護衛長様へ、テリカ一党全員の首を落とすよう命令してください。話し合いがしたいのであれば近衛が居ると自由に話せないので配慮願います。配慮しないようならこちらを追い出す気と判断いたします。

 三、話をする場合、こちらは忠実な下級官吏として扱いを。護衛長様の配下に顔を知られないよう仮面を付けてますが気にしないでください。

 四、私の名を呼ばないように。又、何か気づいてもテリカや護衛長様とその配下へ伝えない事。伝えようとした場合、二人が排除しようとしていると見なします。

 五、護衛長様が要望を受け入れてくれたので比較的安全確実な手段を取れました。もしも拒否されていたら、より危険な方法を取っていたでしょう。


 と書いたのを見てどう反応する?

 ……はぁ。テリカを殺す。と、教えるのは実に不本意だ。敵意は達成された後も人に知られない方がいい。事前に言うなんてチンピラ以下。愚かしさの極致。

 しかし護衛長さんが仕方なく手伝っている。と見せるには他に何と言ったら良いのやら。

 利点もあるはず。正直に話し、ある程度の納得を得るのが穏当に済ます最上の手段……と思うのだが。誰にも相談出来ないとやはり悩みが増える。

 で、二人の表情は……激怒。小馬鹿にするなどの不審は無し。悪くない。


「最後にジブンが何故従ったか書くように言っておきましたので、その文があるはずっす。以前とんでもねぇ真似をした事があるんすよね? だから又何か仕込んでたらと思ってこういたしました。

 もしもジブンが間違っていたのなら直ぐに命じてくだせぇ。縛り上げてお二人の前に転がしますんで」


 これで私を捕まえろと命じるようなら予定の最悪。

 病気の娘や親の薬を私から渡されていた。という事になる人たちの矢でテリカとビイナ後はせめてグローサを殺し、背後の開けてある扉から全員で逃亡だ。

 ま、確率は低かろう。ビビアナと組む以上リディアは余りに有益な人材。

 ビビアナに恨まれてそうなテリカを拾いリディアを捨てるのは見切りが激しすぎる。加えてアイラとラスティルさんまで出ていく危険を考えれば、玉璽という宝物を加えても釣り合うのかどうか。


 リディアが私を捨ててカルマを取る気なら計算が全部狂ってしまうが……、

 姉妹はリディアを睨んだ。この様子なら無い。

 これも良し。信じてたよリディア、九割ほどは。

 

 お。二人が何とか気を落ち着けようとし、殆ど口を動かさずアイコンタクトと少ない耳打ち?

 周りの人間に聞かれないようにか? 近衛と……ああ、リディアも。

 

「近衛。総員外へ。中の声が聞こえない所まで離れなさい。大声で呼ばない限り入室を禁じる」


「グレース様、それでは御身の安全が!」


「命令は既に達したわ。……大丈夫。ジンは反逆してないから」


「御意……」


 要望を受け入れてくれるか。なら不審な点も無いし出る準備をしよう。

 服の下に鎧よし。上着で……うん。一見では分からない。両腰には一応の防具。後は表情を隠すため簡素な仮面を。そして予定の最終確認。


「おい、出てこいや卑怯もん!」


 はいはい。『安全確認完了。予定通り』ですね。

 扉を開けて、中へ。まずテリカたちは……皆両手両足を縛られ床に座った状態。よし。


「そいつを囲め。下手な真似が出来ねぇようにな」


 内情を知ってる数人に加え、何も知らず不満顔を見せてくれている兄さん姉さんに囲まれ、ジンさんの言い訳用の小道具もこれでよし。

 しかしここからは気を付けないと。


「一応はテメェの言う通りにしてやった。だがこれでカルマ様とジブンらの仲が悪くなってみろ。裸にして羊の血をぶっかけた上で狼の群れに放り込む」


 忘れず言ってくれて有難う。おおやけに獣人とトークの関係が何より大切だと示すのはどんな結果になろうと欠かせない。


「ジン様ご安心ください。私もトーク閣下の危険を除く為に動いております。きっとご理解くださるでしょう」


「名を呼ぶ許しを何時与えたよ卑怯者」


 ! 二名本気で剣を抜こうとしてる? 不味い。不測の事態が起こってしまう。子芝居が過ぎた。


「失礼いたしました。どうか増長をお許しください護衛長様。……トーク閣下。取りなして頂けないでしょうか」


 緊張をそのまま声に出せた、な。我ながら出来てきている。後はカルマへ低く身を屈めるのが出来る全てか。


「……下がれジン。その者と話せばならん」


 やれやれ……。策士策に溺れるなんて表現も恥ずかしい間抜けになるところだ。


「はっ。お前ら一応囲んどけ。ただし邪魔はするな」


 位置取りは考え抜いたとおりカルマの前、真後ろにテリカを。それと……此処だ。

 これでもう前の三人へは其処まで注意しなくていい。それよりも背後。

 念の為、身を屈めながら背後を確認。うん。見えた。後は音への注意を忘れずに。


「閣下に申し上げます。ニイテ様を受け入れるとの仰せですが、決してなりません。彼女たちは南方の住人、必ずやグレース様がやっとの思いで関係を築いた獣人たちとの間に面倒が起こるでしょう。

 それとグレース様にお尋ね致します。ニイテ様と配下の方々を見て不安をお感じになりませんでしたか?」


「……何の不安かしら。意味が分からないわね」


 それは無駄な否認では。誰でも彼女たちを見たら一理あると言うよ。


「どうもグレース様は凡愚には理解出来ないお考えの下、愚か者の振りをなさるおつもりのようですが……。

 方々の能力、覇気、何より流浪の身となってなお、これだけ有能な家臣たちが付いてくる求心力。配下として抑えきれないのは明白。マリオが、ケイ第二位の力を持つ者が彼女たちへ殺意を向けた最大の理由も、ニイテ様の巨大な器をおさめ切れなかったからでしょう。当然トークでも同じと考えて何の不都合が?」


「お、お待ちくださいカルマ様、グレース様! お二人は何故この、下級官吏程度であろう男へ耳をお貸しなさるのですか!! 我々は赤心をお見せいたしました。何一つ損の無きよう、流浪の身に唯一残された宝物も献上いたしました。そしてカルマ様の誠心に触れ、マリオに数倍勝る主君を得たと感じております。

 なのにどうしてこのような佞臣ねいしん讒言ざんげんを! 我々がカルマ様にとり、このような小物より遥かに有為の臣下となるは明らか。到底納得が参りません。何卒ご深慮を!」


 だ、ね。テリカ・ニイテ。演技を越えた混乱が声に在るのも当然。哀れだ、が。


「ニイテ様が私など比べ物にならぬ有為の士であるのは間違いございません。しかしお二人なら私の言葉にも一理あるとお考えのはず。どれ程有為の士であろうが、反逆されるなら無能の方が良い」


「……そう言うのなら何故、あの時反対しなかったの」


「実際に見れば直ぐご理解頂けると愚考したのです。お二人の納得を元に追い出された方が、未練を残さず良い結果になると。

 まさかこんな簡単に受け入れをお決めになるとは……。私のような小人が見込みで動く物ではありませんでした。結果としてかえってお二人に不快な思いをさせてしまった事、心よりお詫び申し上げます。

 しかしこの機を逃がすと私如きではニイテ様からトークをお守りできないでしょう。僭越極まる行い無念ではありますが、どうかお考え下さい」


 建前だけでは無い。冷静に考えてくれれば諦めうる。と、思えたのだがさて。

 本当の理由『テリカ一党を確実に皆殺しにする為利用した』は言えないしな。或いは気づかれてそうだけど。

 その場合は今まで通りか、テリカ一党かの二者択一とも分かるはず。

 私たちを取るなら建前で納得した事にする理性は期待してよかろう。


 姉妹そろって形容しがたい不快そうな顔だな。悪くは思うが剣を抜き、敵意を見せたら必殺以外は論外だ。

 何せ一人でも逃がせば最低最悪。私の話が広まる可能性が産まれてしまう。

 それ位なら手を出さず去らせた方がマシ。

 それでもこの最高の好機、何としても物にしたかった。


 良くやってくれた二人とも。

 二人が親切にし心から配下にと思わなければテリカは去ったかもしれない。

 特にグレースは素晴らしい。

 テリカの前に身を晒す危険をおかし、彼女たちへ安心を与えた。

 加えて服まで用意するとは。

 お陰で身長の記録くらいは後世に残す事が出来そうだ。

 余計な感傷だとは分かってるけど、これ程の英雄たちを名前も無い奴の讒言により辺境で斬首。なんて記録だけにはしたくない。

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