グレース、テリカ一党を確認す2

「グレース様。下僕が身の程を弁えず。我が不徳をお許しください。

 フィン。世に名高きグレース・トーク様へ近しい主従のような態度、失礼極まる。拝跪はいきし許しを請い願え。アタシたちが帝王陛下へするように。

 お前とグレース様の間には同様の差がある」


「は、はい。グレース・トーク様。大変な失礼をしてしまいました。どうかお許しください」


 十歳の子供が鼻血を拭きもせず、膝を付いて倒地し許しを願う、ねぇ。

 ……奴隷らしい心が折れた服従、とは違うように見える。むしろ心が強いように。

 主に似た。という可能性も考えられるが……邪推が止まらん。

 この子、テリカの弟と違うか? となれば相当に心を痛めてるはず。

 やはり単なる邪推か? でもテリカが隠そうとしてるだけにも思える。


 はあぁ。そもそも極めて情けない動機の疑い。なんだろうな。何せテリカの弟と思う一番の理由は……真田の妻、ユリア・ケイが女だったから。

 私は何とかしてこの大地が、かつて居た星と同じ歴史を辿ると思いたいのではなかろうか。あちらの歴史でユリアが似ていると感じた男は、テリカが似ていると感じた男の妹を妻にして同盟した。

 こちらでも同じ事が起こるにはテリカの弟が必要。だからフィン少年を弟と思いたい。

 いや、止めよう。無駄な悩みだ。少年が何者でも大した差はない。ただ改めて自分の客観性に気を付ければ良い。

 

「大丈夫よ。フィンとやら、もう結構だから立ちなさい。

 ニイテ殿、ここは礼儀に五月蠅くない土地柄なの。いえ、無礼な人間が多い。

 敬意には感謝するけど、ここの流儀に合わせてくれないかしら。カルマ様もそうお望みになると思う」


「お言葉感謝致します。もしもマリオ相手に下僕が今のような真似をすれば、棒叩きで済まされたかと考えてしまい。土地に合わぬ行いをお許しください」


 確かに閣下相手なら問題だな。

 そして同じ真似がグレースなら良いと考えている。なんて示せない、と。

 分かる。私もよくそういう思考をするもの。


「貴方苦労してきたのね。繰り返すようだけど、此処は辺境で大らかなの。

 主な交渉相手は北方遊牧民でしょう。獣人相手に礼儀を求めたら馬鹿の極みよ。

 他にも礼儀が薄くなった理由があるのだけど……それはおいおいね。

 最後に確認するテリカ・ニイテ。ここに居る者以外で、貴方が連絡を取りたい配下。親族は居ないのかしら? 可能性の在る者が居るなら申告なさい。さもなければ我らの関係が良くなっても無用な疑いを招く事となる」


「残してきた配下だった者等は居ります。しかし呼ぶのは非常に難しいと考えています。それこそ、ここに落ち着いて直ぐ来たならばマリオへ寝返った間者と疑わなければならないでしょう。

 一応そういった者たちの名と何を任せていたか、臣下となれました後に書いてお渡ししてもよろしいでしょうか」


「そう、ね。お願いするわ。さて、確認は以上。

 最後に貴方たちが赤心を持ってカルマ様に仕えられれば此処は暮らしやすい土地になる。そうグレース・トークが保証しましょう」


「はっ! グレース様の慈雨の如きお言葉、感謝致します」『感謝致します!』


 で、終わりか。

 私の確認も全て終了だ。ここに居るのがテリカへ従う者全員だとしよう。

 良くする手立てが思いつかないのに疑うのは愚かだ。


 ふむ……。戦乱の世、国で唯一の技術と強い意思を持った英雄が自分の所へ来たとき、一般的にはどうするのだろうな。

 日々気遣って小さく信頼を積み重ね、共に乱世を生きて行けるよう意思を一致させるべく努力する。といった所かな?

 人材収集家曹操さんがそうやって配下を気遣っていたが……劉備に裏切られ関羽に振られ。いや、それでも折れずに頑張ってこその偉人か。

 トーク姉妹もそうしようとしてる。立派なもんだ。

 

 ま、私は私が出来る最善をするだけさ。


******


 一日の仕事を終え、アイラが馬房で馬の世話をしている。何時ものように一人で。そこへ、

「……グレース。何か用。足を潜めて秘密の話? 周りには誰も居ないよ」


 不意を突かれたような気分だった。政務の合間、軽い休憩での散歩。そうしたら偶々一人のアイラを見つけて雑談しただけ。と、思われるよう念入りに調整したのを見破られた感じがして。

 しかしこれから話す事を考えれば気にしても仕方ないと立ち直り、

「明日、アイラに守ってもらうでしょう。その軽い打ち合わせをね。

 ―――もしもの場合は、姉さんを優先して欲しいの」


「言われるまでも無いよ。それだけ?」


「いいえ。つまり、ダンの意思を疑ってるわ。テリカたちは将来二人の代わりになり得る。今みたいに前へ出ないようしていてはどうしたってそうなる。

 なのにあっさりと受け入れた。……何か、明日について聞いてないかしら?」


「僕は知らない。そもそも二人は何かさせたい事がある時しか話さないし。

 ……明日議場に居るカルマ、グレース、リディアを守れって。ついでに一応ダンも覚えておいてくれって。それだけ。普通の事でしょ?」


「前から思っていたのだけど、よくそれで従えるわね。あの二人どうにも不気味じゃない。いつでも陰に隠れてて毒蛇としか例えようが無いわ。

 油断したら噛みつかれそう。例え、味方と言われていてもね」


 馬の毛づくろいをしていたアイラの手が『不気味』の言葉で止まった。

 やはり、と思う。当然でさえあった。リディアは古い貴族の結晶としか言えない理解の及ばぬ人物であるし、ダンも……何か、言葉に出来ない何かの違和感が付きまとう男なのだ。

 そしてアイラは剣を使う場なら何も恐れないが、それ以外は自信が無く何時でも不安を抱えているのをグレースは良く知っている。

 なにせそこを突かれてダンへ奪われたに違いないのだから。


「……。だから、何。グレース、騙そうとしてない? だとしたら止めて」


「確かに騙してでも戻ってきて欲しいとは思ってる。

 でもね、良く考えて欲しい。トークが貴方を必要としてるのは間違いない。だけどダンとリディアは貴方を必要としてるのかしら?

 姉さんは分かりやすい人でしょう。でもあの二人は何を考えてるのか……。あたしが警戒する当然さ、分かってくれると思うのだけど」


「―――二人が、何を考えているとしても。僕はダンの身内だ。警戒する必要なんてない」


「身内? 何年も二人っきりで暮らしてるのに、手を出されてなさそうだけど?」


 単なる勘だった。ただしアイラへ不信の種を撒くには感覚的で丁度良かろうと考え抜いての。そして外れていれば諦めようとも。しかしアイラの表情は。


「それ、は。僕が女として、あれだし。第一ダンは多分誰にも手をだしてないもん」


 予想していたにも関わらず驚きがある。アイラがこう言うのなら日頃から殆ど気配さえないのではと思えた。非常に美しい女である残り二人にさえそうだとなると、

 やはりあの男はおかしい。


「彼は職場では女に興味あると言ってるわよ。せめて一度貴方たちに振られたなら分かるけど違うなら……身内とまでの信頼があるのかしら?」


「ダ、ダンは。その、面倒くさがりだし。僕にも良い夫を探せって。邪魔になったら直ぐ出ていくと言って心配してくれてるんだから。僕に、敵意なんて無い」


 グレースが舌打ちを我慢した。随分細かく面倒を見ているものだと苦々しい。

 ―――仕方ない。これで十分としましょう。アイラの態度が変わりすぎて、ダンに気づかれても不都合。せめて明日が終わるまでは。


「アイラ、あたしも平地に乱を起こしたい訳じゃないの。ただ、明日は虎に首輪をつけるかどうかの難しい日でしょう? なのに彼の行動が奇妙に思えたものだから。

 それと……貴方が最後にはトークを大事にしてくれると信じてるわ。姉さんがアイラをとても頼りにしてるのを知ってくれてるとも」


「……明日、ダンが二人に何かするわけないよ」


「そうね。あたしもそう考えてはいる。……今日はダンと余り顔を合わせない方がいいかもね。彼も明日の事で緊張してるでしょう。貴方が変な事を言って、無駄に悩ませない方が親切じゃないかしら」


「うわ。何それ。グレースって、そういうところ陰険だよね」


「トークにはあたしみたいなのも必要よ。ではね。今夜はよく寝てちょうだい」


 馬房を離れ、しばらく歩き。グレースはため息をつく。出来る事はやったと思う。


 実の所、明日ダンは何もしないだろう。そこまでの理由が、手段が無い。少なくとも自分と姉を傷つけるのは絶対に不可能だとの確信があった。不安要素であるアイラとテリカたちも大丈夫と見ていい。

 少し余計に動いたかもしれない。と、反省する。何時かはアイラが二人に今の会話を話すと考えるべきだった。そうなれば意味があるのかさえあやふやな事で関係が悪化してしまう。

―――何時か、今日まいた種が意味を持つ。と、嬉しいわね。……だとしても姉さんに怒られるのは覚悟した方が良いでしょうけど。

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