テリカ、カルマに謁見す

***

 朝、雲一つ無い快晴。良い兆しだわ有難い。今日のカルマとの謁見で必ず立場を得なければいけないもの。旅の危険をこれ以上冒すのは御免こうむりたいし。

 先触れはグレース殿が迎えに来ると言った。ならより一層慎重に最終確認を。

 しかし全員での謁見は困った話。アタシにグローサだけと思ってたらフィリオまでなんて。

 顔を昨日みたいに汚したいけど……無礼となるから駄目。

 常に顔を俯かせ、皆の陰に隠れるよう言い含め後は祈るしかないでしょう。

 用心過ぎるかもしれない。暖かく迎えられ、グレース殿の面通しだって何一つ疑わしい所は無かった。……でもまだ安住の地どころか迎えられてすらいないのだから。


 よし。準備が整い。グレース殿も来た。迎えますか。


「ニイテ殿、報せていた通りグレース・トークが案内します。馬車が地味なのは許容してちょうだい。貴方たちの処遇が決まるまで外に漏らしたくないの」


「全て当然の配慮と承知しております。にも関わらず、我等に賜いましたご厚情。一同感謝の言葉も御座いません」


「ええ。では行きましょう」


 グレース・トーク、好人物ね。ただ世の噂や業績に比して今一つ抜きん出た物を感じないのは気になる。

 大賢は愚なる如し。の亜種? 或いは英雄も日頃は普通で当然なのか。

 それにしても動く大軍師様だこと。案内は普通官邸の門からでしょうに。

 今トークはチエンと戦っており、主だった将に若手で一番のフィオも出陣してるとネイカンは言った。だから手が足りてないのかしら。


 そのチエンと戦ってるのも予想外。

 チエンは自分たちがトークにとり、ビビアナへの重要な壁だと考えてたはず。それを攻め落とすなんて。

 まぁ、世に名だたる大軍師なら考えがあるんでしょう。


 官邸に着いた、けど……兵が多い? しかも尾の生えてる者が半分以上。

 ああ、でも害意を持ってそうな者は……居ない。気にし過ぎか。

 何より今背中を見せている人物の為ならこれくらいの兵は当然じゃない。

 不味いわ。戦場と同じような心構えになってる。これでは疑いを招く。息を、ゆっくりと吐いて……。ただしこちらを振り向きもしない人へ歩調を合わせて。


 さて、開かれた大きな扉。位置的にここが一番大きい謁見場かし……ら?

 ―――これは、判断を誤ったかも。いえ、落ち着きなさい。グレースが、トークにとって決して使いつぶせない人がこちらを見ている。だから焦る事はない。


「先に言っておきましょう。入室するなら腰の物を預かるから」


「グレース様、人徳に満ちた貴方様が何故このように我々を脅しになるのか、みどもには理解出来ません。腰の物を預けるのは当然。何でしたら我等の体を探って頂いても結構です。されどここから見て分かるほど多人数で囲むなどトーク閣下の器量に疑問を」

「そこまでで結構リンハク殿。貴方は弁論に自信があるみたいね。他にもの言いたげな……グローサ殿、ショウチ殿も。でもこちらは弁舌を競う気は無いの。きっとトークの真意を見抜こうと考えてるでしょう。けどその取っ掛かりを与える気も無い。

 ニイテ殿。あたしが与えられるのは二つの選択肢だけ。このまま数百の兵士が並ぶ中に入るか。それともこのトークを去るか。どうぞこの場で相談して。貴方の為にカルマ様は十分な時間を取ってる。とはいえ出来るだけ早く決めて欲しいわね」


 特別非道では勿論無い。直ぐに思いつく理由なんて立場の差をはっきり示すくらいのものだけど、それだけで十分とも思う。

 なのに、不意を突かれて動揺してる。今までこういった気配が殆ど無いのですもの。

 流石大軍師と言うべきか。さて、どうしようかしら。


「どうするテリカ」


「グローサの意見は?」


「当然の仕儀だ。古典へ敬意を払い巨大な煮えたぎった油の釜があれば、尚良かったのにとは思うが」


 余裕の冗談とは流石グローサ。……そう。余裕を持つべきだわ。

 グレースはたった二歩の距離。しかも一番近いのはアタシ。これで動揺するなんて侮られて当然の話じゃない。でも、 

「カーネル。ネイカン。貴方達の意見は?」


 慎重に行きましょう。二人はアタシたちとは違う危険を潜り抜けてきた。何か感じるかもしれない。


「殺意を持ってそうな奴はおらん。こちらを不快そうに見ている奴は居るが。手にしている槍も殺すより捕まえる用だな。しかし弓に皮鎧までか。

 ふん。どうやら我々がその気になれば、二百人以上の護衛を抜いてトーク閣下に危害を加えうる。と、思われてるらしい。見る目がある」


 我が配下ながら……この台詞で本気か冗談か分からないとは恐ろしい奴。殴るべきかしら。


「オレは見える限り全員獣人なのが気になる。……グレース様、これも説明いただけねぇんすかね?」


「……そうよ」


 確かに気になる。獣人に領主の護衛なんて。それ程の信頼が? 或いはこちらへ何かを伝えたいのか。

 ……後でこの話があるのでしょう。さもなければケイ貴族として常ならぬ事をする意味は無い。


「他の者は?」


「儂はない。お前は全て分かってるはずだ」


 ジャコとメントもショウチ先生と同じくこちらを見て頷くだけ。……我ながら年長者の信頼が厚い事。父に及ばず、今では流浪の身だってのに。


「あ~俺っちは在ります。正直グレース様が逃げて良いと言っても信頼できねぇぜ? 殺すつもりなら我らを見逃すはずもない。追い討ちを掛けて皆殺しにするでしょ。ねぇグレース様?」


 あいっ変わらずこいつは死線上の発言を。

 毎度助かってるけどこいつが線の見切りを間違えた時、謝罪の証にアタシの手で殺す羽目となりかねないのがねぇ……。

 頼むから失敗しないでちょうだいよ。

 で、グレースの表情は、何も変わらず、返事はもらえない、か。彼女の価値を想えば愚かな問いだし仕方ない。ま、悪い感触はないわ。


「テリカ。誰もが分かってる事をあえて言おう。我等の手にある物で完全に見通すのは不可能だ。好きに選べ。どのような結果になろうと恨む者など居ない。

 ま、居ても無視すればいいだけだがな」


 そうねグローサ。そして迷ったなら前に進むのがアタシのやり方。


「決めた。

 お待たせいたしましたグレース様。どうかトーク閣下へご紹介ください」


「重畳よ。では、腰の物を預かる」


 グレースに先導されて階段を上り、扉をくぐる。

 やはり兵が多く三百人近い。武装の兜で耳は見えないけど尻尾が見えるから獣人。やはり……殺意は無いわね。不快感を持ってる奴がいるのは、当然か。

 こちらはケイの貴族しかも南方から来た。あそこに居る尾が生えている者は大体奴隷として連れてこられた者。という事くらいはあちらも知っているでしょう。


 何にしても今四方八方を警戒してると示すのは良くない。グレースの背中から目を逸らさず歩くべき。

 手で示されたのは……謁見としては少し遠い。いえ、考えても仕方のない差だわ。膝をついて頭を下げ、グレースの階段を上る足音が……止まった。

 始まる。


「流浪の身、テリカ・ニイテがカルマ・トーク閣下に拝謁致します」

『拝謁致します』


「立つがいい。そしてもう少し近くに。其処では顔がよく見えぬ」


『はっ。感謝いたします』


 壇上に居るのは三人。

 彼女がカルマ・トーク。辺境の伯爵から大宰相へ一瞬で至り、そしてすぐさま追い落されながらも領地を数倍に増やした女。

 うん、悪い感じはしない。服に虚飾が少なく誠実な気配を感じる。マリオよりは上手くやっていけそう。だけどこれから次第か。

 隣に立つのはグレース。でも……二歩下がった所に居る女は誰かしら。

 明らかに由緒ある貴族。しかもアタシより若い。そんな年齢でカルマの近くに立てる者はフィオ・ウダイ?

 いえ、彼女は前線に居るはず。じゃあ誰? マリオの下だった時に調べたトークの主だった者の中で、こんな特異な奴居ないわよ。

 この若さで恐らくは第三位、しかもあの目。

 欠片も意思が浮かんでいない。トーク姉妹だって露骨に感情を見せてる訳じゃないけど、少し緊張してるのは分かる。

 なのにこいつの青い眼は、夜の川面みたいに何も読み取れない。

 こんな目、感触は……シウンから感じる時があった。でも彼女は四十。

 二十未満、よね? 何かの魔術で若返ってると聞いたら納得してしまいそう。


 多分、絶対に敵対してはいけない。……そうか。グレースからはトークに感じていた異常なまでの隠蔽と猜疑心を見られず、不思議に思っていたけど。

 トークの業績の多くにこいつが関わってるとすれば……。

 何とも隠し事の多い場所ねここは。この分だと更にありそうだし。

 改めて気を入れましょう。


「さてニイテ殿。ワシがカルマ・トーク。この領の領主だ。まずはそちらの望みを聞きたい。ニイテ殿はトークに何を求めている?」


「流浪の身である我々が望むものなど、安住の地以外ありましょうか。されどあえて欲を申し上げますれば。やがて閣下の下で功を成し、名を立てるが望みで御座います」


「グレース」


「はっ。ニイテ殿、配下の得意を聞き、正直是非共に大業を成したいと思っている。水上戦はもちろん、ショウチ、リンハクといった世に聞こえし内政の達人への期待も大きい。

 しかし貴方の若さに見合わぬ大器と頭抜けて有能な家臣がやがて欲望を刺激し、カルマ様の地位を狙うのではないかとも心配しているわ。貴方の考えを聞かせて」


 ―――正直、困ったわね。……アタシの目に野心がもう浮かんでる?

 いいえ。在り得ない。そう信じなさい。

 此処まで直接的な話は想定外。でもそれだけ向こうが赤心を見せてくれるとも取れる。

 そうよ。アタシに目の前の人を追い落とす気なんて無いもの。

 この人に相応の器があれば、天下統一の手伝いをしてもいい。そしてアタシが江東の長となる。これで十二分。

 もしも器が小さければ? 戦乱の世で先がどうなるかなんて誰にも分かる訳ないじゃない。受けた恩を忘れないようにするのが精いっぱいに決まってるわ。


「有能な者の逆心を疑うのは至極当然の話と考えます。かの高祖も神に下されし運命を成した後、配下の将たちを疑い幾人も殺して安寧を築き上げました。

 しかし愚考致しますに国士無双と謳われたハースに最初逆心は無かったでしょう。彼女はただ戦場が己の生きる場所であったのみ。なのに己の全知を掛けて仕えた主君が疑いの目を注いだ事で逆心を育てたのです。

 勿論我が身は非才。国士無双と比べるべくも御座いません。されどどうかこの故事より考えて頂きたく。

 さすれば、元よりただトーク閣下のご慈悲を請い願うのみの身が、欲望を刺激される程度の事で逆心を抱く訳も無いとご理解頂けましょう」


「ふ……ふふっ。つまり、全てはワシの対応次第。いや、器次第であると言いたいのかな?」


 ……ある程度当然の話とは思うけど、不快にさせたかしら? どう答えるべきか。


「トーク閣下、どうかお慈悲を持って発言をお許し願います」


「ん。グローサ殿か。良い許す」


「有難うございます。テリカはハースの例えを申し上げました。それは己の目指す頂きがかの国士無双であるとご承知頂きたかったがゆえのみです。そして思い出して下さいませ。テリカは父の仇であるマリオに仕え、多大な益を与えました。

 そして命を狙われるまでマリオの命を狙った企ては無いと、神に誓って申し上げます。

 トーク閣下がニイテへ疑念を向け命を狙えば。……我等は逃げましょう。それは人として当然だとどうかご理解くださいませ」


「グローサ殿。本当は『命を狙われれば命を狙うかもしれない』そう言いたいのであろう?」


「まさか。閣下を弑するなど、力なき我等には思いつきもせぬ考え」


「今、貴方は詰まらぬ配慮により評価を下げたぞ。殺意には殺意を持って返す。当然の話では無いか。ワシの下で働く気があるなら、詰まらぬ言葉選びをせぬよう気を付けて欲しい。そういった面倒は嫌いなのだ。

 ま、ワシも余計な事を言ったように思う。許してくれ」


「は、ははっ。お言葉とお慈悲、肝に銘じます」


 どうも本当に直接的で寛容な人柄のようね。有り難いことだわ。


「では次の話に移ろう。ニイテ殿を受け入れた時怒るに違いないマリオの対処法だ。正直こちらの方が問題としては大きい。グローサ殿が言っていた策、聞かせてもらいたい」


「はっ。では妹ビイナが持っている箱の中をどうかご確認ください。それが策で御座います」


 グレースを通じて箱を渡し、カルマが開け、みるみる二人の表情が。

 当然。……良かった。何とかなりそう。今までの話からして、奪って殺すなんて短絡的な方ではないでしょう。


「ニイテ殿、これはもしや伝国の帝印か!?」


「一目で言い当てるとは流石トーク閣下。はい。それこそ始帝王が万世に伝えようとした玉璽で間違い御座いません。或いは以前ランドでご覧になられたかと」


「こんな近くでは初めて。あの時は出来る限り越権しないよう気を付けていたのよ。あの結果でもね。……遠くに見た大きさ、裏に掘られた文字、石の欠けを金で埋め……間違いなく本物。これを何処で?」


「先日ランドを訪れた際、ビビアナが起こした争いによって燃えた宗廟を清めようとした時、井戸の中より」


「―――これをどう扱えと言うのかしら」


「グレース様ならお分かりのはずですが、お尋ねとあれば。

 マリオは己がケイ帝国有数の名家である事に強い自負を抱いています。そのような者にとって、ケイの象徴ともいえる宝物がどれ程の価値を持つか。我等の代わりに差し出しますれば喜び踊りニイテという家名さえ忘れてしまいましょう。

 勿論グレース様により有効な策があるならそれを。お好きなようにお使いくださいませ。ケイの地を支配する者の証は既にトーク閣下の物です」


 二人の表情はとても明るい。……良かった。これで何とかなったはず。

 実際使い道は幾らでもあるもの。ケント陛下に返上し、イルヘルミの方からとりなしを願うとか。

 アタシとしても玉璽に未練はない。手に入れた所為でこんな身の上になってるような気が。ビイナの説教が残っているのかどうにも不吉に感じるわ。


「……マリオは玉璽を貴方が持っていると知ってるのかしら?」


「分かりません。少なくとも確信は無いでしょう。マリオの行動には必ずこの宝物を奪うという意思が感じ取れませんでしたので」


「なるほど……分かったわ。貴方たちの赤心、確かに受け取った。カルマ様、臣はニイテ殿たちを受け入れる条件が整ったと進言致します」


「うむ。ワシもそう思う。ニイテ殿。いや、テリカ。今後よろしく頼む。ワシの事もカルマと呼んでくれ」


 やっ……た。これで安住の地を得られる!

 信頼を得、世の動きを見つつ力を蓄えて……。

 ああ、又逸り過ぎてる。あれだけ諭されたのに中々……。

 今はそれよりも伏して感謝を述べなくては。目の前に居る人物はもう新たな主君なのだから。


「お言葉心底より感謝申し上げますカルマ様。このテリカ、此度受けましたご恩に必ず報いると誓います!」

『お誓い申し上げます!』ピーーーーーッ!!


 ん? 笛の音? 何のかし、らっ!??!!!?

 獣人どもが弓を構えっ!? 網も! チィッ前のグレースを人質っ! ツ、読まれて!

 なら網が落ちきる前に何とか混戦「避ける奴が居たら放て! 網の中に居る奴へ! カルマ様の前に壁を!!」

 ツゥウウウッッッ!! 網が落ちてくる。だけど捕らわれなければ、ビイナが、フィオも。

 何故……。

 なぁぜえっ! 謀ったぁあッッッ! カルマァアアアっ!!!!

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