ダンとリディアがテリカの受け入れについて話す

 ま、ね。私でも分かる鉄板の方針だからね。偉い人は大体言ってる。『配下たちから狙われては堪らん。配下同士を争わせて後は頑張れ』と。そしてリディアが焦るのも当然。テリカは『争わせて』で終わるか非常に危うく思える。

 でもカルマを説得されちゃ不都合だ。

 

「少しお待ちください。確認したい事がありまして」


 グローサの出した名とテリカの有名な配下の差を確認してなかった。部屋に戻ってメモを見なければ。

 んと、ふんむ。特に聞いた側近は全部来てる。が、少し下からは殆ど来てない。

 だた……あった。シウンから聞いた名じゃん。


「お待たせしてすみません。実は先日あちこちの陣営に兵糧を運んだついでに、聞いた名を書き残してまして。で、テリカ陣営の一人。気になる名をグローサが出さなかったんです。

 元江賊のネイカン。テリカ陣営で最も民に紛れての調べものが得意そうな来歴でした。新参のはずですから去っていても当然ではあるのですが……如何思われますか? 名をご存知なら人となりを教えて頂ければ」


 とは言ったが去就が分からないとしてもこの場合、

「……さような輩は居るとして考えなければなりませぬ。わたくしも諜報を得意とする者が隠れているのを疑っておりました。元江賊となれば適任でもある」


 ですよね。諜報関連を任せてるなら相当な信頼関係を見込んだ方が良いし。


「しかし江賊の配下が居るやも。と、考えた覚えはありますれどネイカンという名は寡聞にして知らず。流石我が君」


 うわぉ。リディアも知らないとは。テリカが隠していた? ……そもそもシウンが本当を教えたとは限らないか。


「歩いていたら兵たちの話に出てたんです。なので、何時も腰に下げていたお酒を渡してどんな人か聞きまして。当然名前を含めて確度に自信はありません。

 私の方は今日ショウチという名を初めて聞きました。ご存知でしたか?」


 酒瓢箪を常時携帯は我ながら賢かったな。戦場だと金より分かり易く喜ばれる。更に金よりも不穏な気配が出ない。やはり贈り物は消え物が一番。

 ショウチもシウンが教えてくれたが……兵糧届けた時には聞いてないものね。


「ショウチは昔内政官として名を馳せた名士です。十年ほど前に壮年ながら隠居したと聞いておりました。大層有能で偏屈な人物らしく、マリオが仕官を求めた際に貴重な贈り物へ全く目をくれず追い返したそうで」


 ……それ、どっちかというと馬鹿なのでは。下手したら死んでたでしょう。

 マリオの配下になるよりは危険を冒した方が後々楽。と、考えた可能性も在るので一概には言えないけども。


「そりゃ凄い。隠居してもニイテ家と関わってたんでしょうねぇ。

 それで全てを考えた場合、テリカを受け入れた事で良い結果が出る確率はどれくらいありますか? 人質を取るなど何でもしていいとして、です」


「……テリカの目的が何かに大きく依存致します。推測を重ねてになりますがマリオから命まで狙われたとなれば、父フォウティがマリオに謀殺されたとの噂は事実でしょう。よってテリカの目的はマリオの首と、更に口にしてもいた江東」


「ですね。マリオの首、直ぐは無理でも乱世が続けば何時かは殺し合うのですし、難しく無さそうに思えます」


「はい。されど江東の地の問題は大きい。外の者がこちらの力を削がんとテリカを誘惑する事も考えられますので。全て神のよみしたまう事なれど無理に数字で表せば……配下とし続けられるかは五分と五分。良き同盟相手までを加えれば七分。

 あちらも流浪の身を救われた大恩を受けながら裏切っては天下に誹られるは必定。よってこの程度は何とかあるかと」


 同盟? 信長と家康同盟みたいにか?

 色々黒い噂はあっても一応はお互いに利益を得たっぽいし悪くはなさそう。

 何にしても七分とはスゲぇ。カルマとの争いの種になってもっと低いかと。


「あら、意外に高い。それ程ならカルマが受け入れようとしても当然ですか」


「これは我等が万事カルマへ協力、いえ。大きく譲った上での話。

 第一同盟しようとも独立した勢力となれば、何時かは敵となるに決まっております。こちらを詳しく知った恐るべき敵に。

 少しの利益を得る為に危険を招くかような話、我が君の忌避なさる事のはず。何故このような問答をなさいます。まさか―――」


 あ、こちらが全力でカルマに協力しての話だったの。それは厳しい。実質臣従だな。前線で弓くらい持てと言われてしまう。―――当然の話、ではあるけどねぇ。

 

「はい。そのまさかでして。私はトーク姉妹の好きにさせたいなって。出来ればリディアさんにもテリカとの会見の処理、ネイカンという人の扱い。と、いった対処を考えて頂きたいのです」


「なんと……余りにらしく御座いません我が君。何故、何故あの者たちを受け入れようとお考えなのですか。どうかご説明ください」


「考えも何も……私たちはこれからイルヘルミと戦います。あちらの豊富な人材に対処できるようになりたいんです。又何時かビビアナが敵となる可能性だってあります。その時テリカが居ればとても心強い。ビビアナに引き抜かれる可能性も五割よりは低いでしょう。

 それにテリカたちはこの国有数の水上戦上手。トークは黄河と接したばかりで船戦を知ってる人間が全く居ません。時を得た貴重な人材ではないですか」


 水上戦に関しては本当に欲しい。自然の猛威はこの世の何よりも強い。水の上なんて特殊環境での戦い方を自力で身に着けるにはとんでもない時間が掛かる。

 テリカの指導なら最も理想的に上質の技術が手に入る。……凄い誘惑だこれ。


「イルヘルミとの戦い、ビビアナは主攻を望みましょう。今の人材で事足ります。

 ビビアナと戦うには欲しくありますれど慎重に行動すれば十年、二十年同盟の維持は可能。人材はその間に育てれば良い。我等はまだ若い、長く物を見なければ。テリカの如き優れていても不安要素の多い人材など必要ございません。

 天に太陽は一つだけなのにこのトークには太陽と月がある。その上で太陽さえ燃やさんとしかねない者を置くなど不安定極まりない話。

 テリカには全土を巡って貰うべきです。流浪の末窮死すればよし。例え身を起こせようが今全く領地を持たない状態ならばどんな大器でも高が知れており、対処も容易。何でしたら恨まれないように多めの路銀を渡し護衛付きで好きな所へ送り届けても良い。

 ……日頃の貴方様であれば決して受け入れないはずですぞ」


 ははー。野垂れ死にが一番とは言う言う。ごもっとも。とは存じてますのよ。


「んー、どうしても、駄目ですか? でしたら諦めます。とりあえずお茶でも飲んでゆっくり考えてみてください。あ、これが水で出したお茶ですよ。違った美味しさがあるでしょう?」


「理解―――致しかねます。何故、其処まで強固に……。カルマたちでさえ、あそこまで簡単に受け入れを示したのは我等の反対に備えてですのに……」


 あ、そーなんだ。高い所から始めて折衷案を探る系だったの。これに気づかないとは受け入れる気ならどうでも良いと見切りすぎてた。

 しかしリディアが絶対に駄目と言うなら諦めるべきか? 押し切るのは幾ら何でも異常行動過ぎる。トーク姉妹も必ずそう受け取り強く用心するだろう。となれば流石に危険を許容出来ない。

 ん? 誰か家に……アイラか。


「ただいまー。聞いてよダン、今日はクロと一緒に狩りへ行ったのだけど、あの子幾ら走っても満足してくれなくて……あ、リディア来てたんだ。……どうしたの?」


 クロかい。あいつ鼻水擦りつけやがるし我儘だし……。

 なのに聞いてよなんて愚痴ってる風が凄く楽しそう。気配に敏感なこの人がリディアに気付かないくらい我儘馬で頭がいっぱいでしたか。


「聞いてくれアイラ。我が君があのグローサとテリカ共を受け入れると仰っている……何故だ。分かるか?」


 うわぁリディアが藁に縋ってる。こんな様子を姉妹に見られたら即撤退しよ。


「えっ。あんな誇り高そうなグローサを? テリカだって簡単な奴じゃないんでしょ? ……どうしたのダン。変な物食べた? 何か気味が悪いよ」


 酷い仰りよう。大望あれば人材マニア必須なのに。あの若さでケイ有数に有能な人間が複数とくれば、味方に付けたがって当然でしょう。


「あ。もしやグローサの美貌を我が物としたいのですか。お気持ちは理解できますれど何卒思いとどまりを。

 立場の差を使い愛人とするは易き事なれど、あの者はテリカの為に首を賭けるとまで申しました。以前お話したように強き絆があるのです。加えて態度の端々に見えた天を突かんばかりの自負。幾たび肌を重ねようともテリカの為ならば迷わず寝首を掻いてくると断言致します」


 お、おおう? 真剣に在らぬ疑いをかけられてる。


「グローサ綺麗だったもんね。でも僕もグローサは止めた方がいいと思う。危ない気がする。何となくだけど」


「え、アイラさんまで? あのぉ、グローサってそんなに美人でした?」


「? はい。理想的な骨相に加え在りがちな黒い瞳さえ美しく感じる髪の色彩。天下広しといえどあれ程の美形が他に居るとは思えません」


「うん。凄く綺麗だった。吃驚した」


 ほ、ほわ? 確かに美人だったよ? 足がやたら長いスーパーモデル。更にボッキュッボッ。

 でも目の前のお二人が負けるとは全く……。

 うーん、遥か遠き記憶にあるクリロナがとっかえひっかえした悪趣味にケバイモデルみたいな感じとしか……美意識の違いに文化差を感じる。

 しかしそっか、あれが天下一の美形だったんか。メモっとこ。


「違いますよ。グローサを愛人にしたいなんて心によぎってさえいません。何にでも誓えます。テリカを手に入れたいのはその方が最終的に得と感じたからなんです。

 勿論、リディアさんがどうしても同意できないのであれば諦めます」


 普通のパンピー意見。だろう。雷に打たれたかのようなお嬢さんには申し訳ないが……、この様子だと妥協してくれるのか。御免よ。


「……間違ってはおりません。……其処まで仰るのであれば同意致しましょう。……わたくしに出来るのはお言いつけ以外に御座いませんか」


 心底ギリギリの妥協みたいな気配が。……ですよねぇ。つくづく御免な。


「特に思いつきません。まず無いとは思いますけど実はマリオの間者であったり、いきなりテリカがカルマを殺してこの領地の主となっては困りますから安全に、そしてテリカを安心して配下と出来るよう考えて頂けませんか?」


「そのような身を投げた手をテリカが使うとは考え難くありますが」


「ネイカンとやらの対処や、色々テリカへ注文を付けるのに今言ったような事を口実に使うのは駄目ですか?」


 という体でも用心を主張しなければ姉妹に不自然と思われてしまいそうだ。


「それならば。承知いたしました。では明日の夜再び伺って話を纏めたく思います」


「お願いします」


 表はこれでお任せ出来るね。裏は護衛長ジンさんとテリカについて話あって、だな。

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