グローサ・パブリの用件

 うむ。座ったままでも楽に覗けて大変結構な穴だ。ただリディアと一応の護衛であるアイラの三人で壁に向かって並んでるのは……誰にも見られて無いし気にしない。

 さて入って来たな。テリカの親友にして完璧女グローサ……が、彼女?

 金銀二色まだら模様な鉄線の如き真っすぐで長い髪。黒い目、睫毛さえここから見えるくらい長い。付けまつげか引っ張りたいがそんな文化は無かったはず。

 顔面骨格も……一応東洋人顔であるケイ人にあるまじき厚かましい掘りの深さ。

 体型まで主張強いし。足は明らかに長く、胴回りはコルセットでも使えば何とかなるとして胸と尻は布でも詰めてんのか? 美女……? 思い切った見た目過ぎてどう表現したものか。不細工選手権に近いユニバースなら圧倒的に有利そうだけど。

 って、挨拶終わってる……。 


「グローサ殿、貴方の学は分かりました。しかし我らが単純明快さを好むのです。それで何用で此処まで?」


「失礼致しました。まずは事情をお聞きください。先日我が主テリカ・ニイテはマリオからの在らぬ疑いにより、命を狙われまして御座います。何とか身は守れたものの今では流浪の身。

 そして困難の時思い起こしたのは、過日酒の席でレイブン殿から心広く英明な君主と聞いたトーク閣下の事。

 この身は主とその配下ともども受け入れて頂かんがため、懇願に参ったのです」


 ……噓ぉ。無いと思った逃げて来た方?

 シウンが其処までの行動を取るならやはり何か仕込んでたか。……テリカ・ニイテ、私なんぞにつまづき、しかも此処へ来るとは不幸な人だ。


 ―――今。決めた事に迷いは、あるか? 決断が余りに速い。自分でも脊髄で考えたとしか思えない。危険の兆候だ。……しかし、欠片も無い。これは正に僥倖。彼女が何処へ行こうとも不安だが、此処に来てくれるなら話は違う。

 気を付けるべきは……常と同じく欲張らない事。何よりカルマの判断に沿って動かなければ不自然さが出てしまう。


「なんと! ニイテ殿は重用されていると耳にしていたが……」


「重用、で御座いますか。確かにマリオからは多くの難しい仕事を申し付けられました。しかし功に対して報いの少なき事はなはだしく、更には命さえ狙われた我等の苦渋、何卒ご推察を。

 そしてこちらが主より預かった文。御前、失礼致します」


 背を丸め中腰のまま歩いて二人の足近くに置き、そのまま下がって平伏。

 考え得る限り畏敬の念を示してる、のでしょう。

 とんでもなく誇り高いという噂を聞いたのにこれは……、リディアの同類。必要な時は感情を完全に捨ててしまえる人物と見た方がよろしかろう。


「……。ニイテ殿と妹のビイナ。臣下はグローサ、ジャコ、メント、リンハク、ショウチ、カーネルの六人を受け入れて欲しい、か。皆この辺境でも聞いた事がある名ばかり、ニイテ殿は臣下に恵まれているようね」


 なんだそりゃ。記憶にある最上位の幹部全員じゃないか? 流浪の身となって此処まで付いて来てるとは恐ろしい奴。

 あ、いや、全員だなんて自分の記憶を信じては不味い。後で確認しよう。

 で、トーク姉妹はこれをどう考える?


「はい。天下に名高き大軍師グレース様の前で申し上げるは恥なれど、皆有為の者。

 トーク閣下が慈悲を下さりますれば我ら犬馬の労を厭わず働くでしょう」


「殊勝な物言いだこと。しかし軍師として考えれば貴方たちを引き受けた時、マリオがどう怒るを恐れずには居られない。如何に有為の者であろうとケイ第二位の強者と事を構えては割りに合わないわ」


 ですよねぇ。ビビアナと同盟を組んでも援軍をタダで貰うのは無理。

 である以上勝てないマリオとは友好的でありたい。

 ……あれ? 私実はカルマの為に大功を立ててた? テリカが追い出されたならあの忠告が非常に有益だったとなるはず。少なくともシウンは警戒心込みとしても好意を感じてそう。

 うんぬむぅ。これは残念。口に出せたらカルマへ肩を揉ませるのに。そして今後の事にも目を瞑ってもらえやすそうなのに。……お茶らけて済む訳は無かろうしな。


「道理と考えます。されど主にはマリオの怒りを静める策が」


「ほぉ。是非聞かせて欲しいわ」


「ご不快を承知で申し上げます。この策、トーク閣下に我が主を拝謁させての言上を望みます。

 もし聞いてご満足いただけない場合、我が首をトーク閣下にお預け致しましょう」


「大した自信ねグローサ殿。それに当然の話かしら。他領の軍師に策の全てを話す訳も無い。下らない質問をした。謝罪しましょう」


「謝罪などとんでもない。慈悲を願いに来ながらこの非礼、伏してお詫び申し上げるより他に御座いません。この罪、後々の功により覆うとお誓い申し上げます」


「受け入れると決まったかのように言われては流石に困るのだけど? それだけでマリオを不快にさせそうだもの」


「テリカ以下、我々は皆有為の者です。かの大軍師グレース様と英明なるトーク閣下が宝石をクズ石のように扱う訳がありません。しかも世情により我等の価値が増しておりますれば……」


 くふっ。大軍師と言われる度にグレースの眉毛が動いてる。愛嬌がおありで。

 世情はビビアナと戦う時の意、かな。ま、何処と戦うにしてもテリカが役に立つのは変わらないか。


「如何考えられますかカルマ様」


「グローサ・パブリ殿。これ程の話、直ぐに決められん。とりあえずは官邸に部屋を用意するので客として留まってほしい。連れの物が居ればその者たちも。

 数日中には答えを出す。以上で何か不満はあるか?」


「いいえ。ご厚情が流浪の身に染みております。ただ連れの者は居りませんので、その点のお気遣いは御無用に願います」


「そうか。では下がってよい」


「はっ。どうかテリカ・ニイテをよろしくお願いいたします」


 其処かしこに自分たちへの自信を感じはしたけど、非常に謙虚な態度だった。困ってるのは本当に見える。

 そしてグローサが言っていた策……もしかして拾った物か?

 分かる訳も無いね。有為の人材ってだけで十分でもある。

 教養に満ち人の上に立てる人材は何処でも不足する。万を超える兵を指揮した経験のある彼女たちともなれば価値は青天井。

 グローサは首を賭けると言った。でもカルマたちが受け入れる気なら例え策とやらが今二つだろうと褒めるだろう。でないとアホだ。


 まずは戻って来た二人の考えを聞きますか。行動に出られるかどうかはそれ次第なのだから。


「さてダン。ワシは受け入れたいと考える。窮鳥懐に入れば猟師も殺さずと言うし、ビビアナとの戦いは無くともイルヘルミ、マリオを相手取る時大きな力となってくれよう」


 ……呂布を受け入れた演義劉備みたいな台詞を仰る。勿論知らないだろうけど劉備は呂布に裏切られて領地奪われたんよ。縁起悪いぞソレ。

 グレースはどうだ?


「あたしも受け入れるつもり。領地の人材がやっと足りて来たとは言え、先を考えれば捕まえないと。

 マリオの内偵として来た線が心配だけど、態々浮き島となる黄河を越えた領地を取る為にあれ程の人材を危険に晒すとも思えないし……まず大丈夫でしょう」


 おや、グレースまで受け入れる方針なのか。言ってる事は分かるけど……テリカの報告書は読んだろうし、もう少し何かあっても良さそうなのに。

 ま、受け入れる方針は有り難い。

 ん……リディアが強い目でこっちを見てる?

 反対? だがそれは困る。当然話は聞くけど今は黙っててくれ。


「お二人の考えは分かりました。でも突然の話ですし、明日いっぱい考える時間をください。二日後の朝もう一度話し合いましょう。リディアさん、今すぐ決めなくても大丈夫でしょう?」


 はいって言うのだ。どう考えても今すぐの必要は無いって。……お願いしますよリディア様。


「……はい。今すぐ決める必要は御座いません。では、二日後」


 よし。有難うございますリディア様。何時もお世話になってます。


「―――そうね。あたし達も考えを纏めておく。当然グローサが何不自由無いようはかるわ」


「リディアさん?」


「宜しいかと」


「では仕事に戻りましょうか。グレース様、此処の掃除を命じたのは貴方となってますし、何か適当な指示頂けません?」


「……はぁ。どんな大事が起ころうと日常の雑事は無くならないのよね。

 ダン。兵糧の蓄えを確認したい。係の者の所へ行って記録を取ってきなさい」


「御意」


 うんじゃ働きますか。ただし今一やる気が無いと見せるため定時上がりで。

 はぁ。必要じゃなければ残業してるグレースの手伝いが出来るのに……。

 ああ、大志を抱くばかりに美人上司から恨めしそうにみられるなんて。私は哀れだ。ぶふっ。

 不味いなぁ日々グレースを好きになってるよ。真面目にコツコツ働く人が好きなのは日本人の性なのかいな。或いは自分がそういう人物と認識してる故の身贔屓か。


 さぁて、今夜の晩御飯は。親子丼にでもすっか?

 リディアの使用人に野菜の下ごしらえをお願いしてから本当楽。最初はアイラの為に毎日大量の野菜を切るのに折れて、炭水化物制限を諦めてたもんだが。


「アイラ居るか、失礼する」


 おや、リディアが来るとしても夕食後だとばかり。

 このアイラへ用事がある振りの適当さ。グローサの件、相当気を揉んでますね。


「我が君。お話が御座います」


「はい。聞かせて頂きたいと思ってました。来て頂いて有難うございます。まずはお茶をどうぞ。すみませんが食事の支度をしながらで。腹ペコの化身が居るので」


「……わたくしは今日一日焦りの余り幾度も失敗したというのに、随分落ち着いておられますな」


「貴方が焦って失敗とは相当ですね。グローサの話でしょう? 私が理解してない事も多々ありそうだ。まずは説明をお願いします」


「貴方もテリカの将としての力、そして多くの配下を魅了する様をご覧になったはずだ。父のフォウティは虎と呼ばれたそうですが彼女は正に虎の子。マリオが追い出したのであれば、やはり独立し己が領地を持つ大望を持っていたのです。傍に置くのは余りに危うい」


「確かに。高い目標を持って動く人だと思います。しかしそれだけに配下も含め人材としての魅力は圧倒的ですよ?」


「であろうとも我らに喫緊きっきんの不足は御座いません。

 受け入れた場合暫くは忠臣を得られます。されど己の持つ能力の高さは心の毒。事ある度に虎が肉を欲するがごとく誘惑を受け続けましょう。配下にし続ける難事、明白ではありませんか。

 加えて我等全ての計画の基礎、異民族の安定をもたらしている同盟相手草原族と、彼女たち南方貴族の相性は最悪。必ず問題が生じます」


 ごもっとも。誰だって自分の能力に見合った待遇を受けたいに決まってる。

 獣人との相性も悪いだろうなぁ。昔行商人をしてた時、黄河を渡ると一気に獣人が少なくなった。長江沿いともなれば居たとしてもほぼ奴隷。

 人種、文化が全く違う相手はそりゃ下に見ますわ。ケイの人は皆、自分がこの大国の人間であるとの誇りに満ちてる。

 実際知る限り周りより五百年は文化が進んでるしな。


「なのにトーク姉妹はあっさり受け入れようとしています。どうしてでしょうか」


「……哀れみが一つ。加えて二人は戦場でのテリカを見ておらず軽く見ているのです。しかし最大の理由は。お分かりなのに何故態々お尋ねですか」


 なんとまぁ。少し焦ってるのが私の目に見える。

 ……何時も通りリディアが正しいな。

 下手をすれば将来カルマも含めて皆殺しの原因になりかねない。

 さてどう言った物か。……ある程度正直に言った方が良いか。


「そりゃ自信が無いからです。

 二人は近頃私たちに大きな方針を握られっぱなし。テリカたちという第三勢力を作る事で風を変えたいんじゃないですか?

 彼女たちを受け入れるのはあくまでカルマ。当然テリカはカルマに恩義を感じるでしょう。そして彼女たちを私たちの代わりにしたいですが、ビビアナとの同盟が。

 中止はありえません。となるとリディアさんを使者にせずとも話は折に触れて聞きたいはず。なら排除する気は無いでしょう。

 それでも私たちの重要性を減らすくらいはしたいのかなと。或いは両陣営を争わせるのが統治の基本でしょうね」


「それだけ分かっていながら何故あの場で反対なされませぬ。テリカの器から言って我らのみならず、カルマにも大難となりかねない難事ですぞ。

 わたくしにお任せください。比較的穏健に二人を説得し追い出させましょう。ご英断願います」

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