リディアから当主就任の可能性を聞いて

 ティトゥス様がお恵みくだされた食事とお茶はベリー・デリシャス。

 お貴族様御用達はものが違う。我が舌では値段測定不可能です。

 少しお腹タプってようがお替りお願いしちゃう。ン、ン、ン。香り高いザンス。

 出来れば味盗みたい。しかし変な質問してティトゥス様のお顔に泥を塗る訳にも参らぬ。

 はー、リディアに付いて来たの大正解です。真田を逃がした苛立ちも少しまぎれるほど。

 で、その有り難いリディア改めリーア様が……。

 ティトゥス様を二人で見送り人払いして、考え込む事砂一つ分。

 珍しいなぁ。……あ、やっと何か決まったみたい。


「ダイ、父の非礼、謝罪申し上げます」


 アルティメットどうでもいい社交辞令からお始めですか。一方で聞き耳不可能な小声という気の配りよう。大事な事は決して忘れない方ですねぇ。


「あのぉ。今日お誘い下さったのは私が大喜びするとご存知だったからでは? なのに非礼と言われましても」


「……確かにさような考えも御座いました。されど世の主君、いえ、同輩であろうとあのように下僕扱いされれば烈火の如く怒りましょう。我らの関係をどう話すか。己の常識に沿うべきか、それとも御意に沿ってしらせぬべきか迷いもしたのです」


「はぁ。頭良い人も大変ですね」


「お褒め頂き恐悦至極。して、お許しくださいますか」


「許すも何も一片の不快感さえ感じてませんよ。まさかご家族にも話さずにいてくださるなんて。ご不快でなければ今後毎日寝る前に、リーアさんの居る方角へ伏して感謝しようかと」


 昔リディアが配下になるとおコキになった時『こいつがいっぱい居る親族に私の話をするのはどうしよう。せめて真田まで漏れても良い情報だけ知られるよう頑張らなければ』と悩んだもの。

 それが蓋を開けてみればまさかの黙秘。

 読めなかった! このトーク領影の支配者の目をもってしてもッ!! てな所だなヌハハハ。

 うむ。一日一回この感謝を思い出すのは自分の為に良かろうて。


「謹んで遠慮致します。働きが何の評判も産まずと知り、さほどにお喜びですか」


「はい。実力通りの評判が一番です。

 で、その名声の話が。リーア様、感情に従ってお答え願います。これからは貴方の名も出して行こうと言えばご不快ですか?」


「まず理由をお聞かせください」


「それじゃ理性で決めろと言ったも同然でしょ。感情で決めて欲しいんです」


 我慢を強いて不満に思われてまでな話じゃないもの。


「ご配慮には感謝を。実はわたくしもその点を考えておりました。グレース殿の名が高まり過ぎている。兵と民の信望全てがあちらへ向いては不都合と。

 しかし、わたくしだけではなく貴方も表に出た方が良いのでは?」


 あら心配してた通りの内容を。当然か。

 しかし私に出ろは余計よお嬢さん。

 評判と実績が何者にも代え難く得る機会の少ない財産なのは分かる。実績のある人材の不足は人類史共通の問題。看板を持っていればどんな意味でも潰しが効く。

 が、名が売れて周囲に人を集めては逃げるのも難しくなりますんで。


「私を試してます?」


「いえ、決して。されどわたくしとグレース殿に力が集中し、ダイが不安を抱くようになっては一大事にて」


「名声で競争する方が問題が大きくなって不安ですよ。

 ただリーアさんの名を売る機会が何時来るのか。売れ方も小さくては意味が薄いですが、大きすぎてご不快になられては困りますし。悩ましいですね」


「すべき時にすべき事をするのみで御座いますから。名の大きさの調整は無理というもの。御意は承知致しました。機会があればそのように。

 一つ話が御座います。確定ではありませんがわたくしがバルカ家当主となります。その暁には一族の者ことごとくトーク領に集め、」

「ちょ、ちょっとお待ちを。ティトゥス様はご健勝ですよね? それに立派なお姉さんが居ると聞きましたが?」


「その二人の考えで御座います」


「えっ。私の知識だと当主の座は、血で血を洗う争いになるような物だと思っていたのですが……」


「その認識で間違い御座いません。ビビアナとマリオの争いも端を発してるのは当主争いと言えましょう。しかし我が姉ローザは世に並ぶ者の無い人格者にて。

 昔からわたくしを自分の数倍の才と嬉しそうに周りへ話しておりました。……とは言え当主の座を譲られるのは想像の外で御座いましたが」


「それは……素晴らしいお姉さんをお持ちで……えーと、おめでとうございます?」


「有難うございます。さて、一族凡その者は出仕していてもごく最近にて直ぐに集えましょう。ただ長姉は現在イルヘルミの下におり少々時間が掛かるものと。されど必ずやこちらへ来させます。幾らかのお時間」「ま、待ってください……」


 話の連打で頭が追い付きません。そんな真似をしたら皆不満タラタラじゃないの?


「働いてる皆様を辞めさせて集めるんですか? しかも人材大好きなイルヘルミの下……お姉さんは前途洋々でしょうに。相当なご不快と思いますが」


「しかし丁度良い機会で御座います。今後を考えればイルヘルミの下は危ない。ビビアナだけで十分ですのにダイも助ける気は御座いますまい?」


 そりゃそうです。有能な敵は減らせるときに減らす。……なら今の内、かなぁ? でも拙速な気がする。


「お話は分かりますが、そもそも辺境で悪評が残ってるカルマの所へ無理やりは」


「ご安心を。七人の性分は把握しております。人材不足のトーク領であれば大任を任せやすく皆喜びましょう。まず姉の下で半年学ばせれば街一つ治める程度の期待は持てます。勿論、仕事の割り振りに御意がありますればその通りに」


 は? その言葉の意味は……。


「今、私がご親族の仕事を考えるかのように聞こえたのですが……」


「皆貴方に臣下の礼をとる以上、当然の仕儀では?」


 ……。マジ何考えてんのコイツ。

 貴方一人で私の器から滝流れちゅーに。似たようなのを七人なんて拷問です。

 第一秘密は知る人が増える度に広まる確率がネズミ算式パンデミック。

 全身全霊でお断り致します。


「在り得ません。臣下は勿論、私を紹介するのもやめて下さいお願いします」


「もしや能力をお疑いか? 皆十分に優秀であり口も堅う御座います。どうか我が目にご信頼を」


 相変わらずド真面目な顔でフザけおる。

 貴方がこっそり他人を非道に厳しく評価してるのくらい知ってるわい!


「勿論信頼してますとも。そんな有能な方々の上に立つのは身に余ると言っているのです。ご姉弟も不満に思うでしょう」


「おや、わたくしが無能であるから臣従をご承知頂けたのですか。あるいは不満を抱いているとお疑いだったのですね」


 このスケ煽ってんのか! お願いだからヤメテ!


「不満がおありでしたら本当お教えください。出来る限りをしますから。でも私が断る理由はお分かりでしょう?」


「……では、我が姉弟をどのようにしろと?」


「リーアさんの配下か何か。良いようになさればいいじゃないですか。貴方も心強いでしょうし、皆さんも楽しく働ける。

 あ、でもその前に例の同盟で使者を送り、正式に結果が出るまで待った方が良いんじゃないですか?」


 ビビアナとの同盟が成らなければトークは相当厳しい。裏で動いてたのがバレてイルヘルミとかとの関係悪化も懸念されてしまう。職場辞めさせて招いた所が大失敗した後のトークじゃリディアの顔に泥なんてもんじゃ済まなかろう。


「結果を待ってよろしいのならそう致しますが……。一つ確認させてくださいませ。カルマの配下となる御考えはおありか?」


「いいえ。ありません。それ位なら出て行きます。あ、勿論リ」「自由にしろと仰るのはいい加減面倒ですのでお黙りを」


 貴方だって私に『前へ出ないのか』とか同じ返事を何度もさせてる癖にぃ。


「今の関係を続けるおつもりなら我々の身の安全のためにも、先の話の通りトーク家で勢力を伸ばす必要が御座います。それには人材の拡充が不可欠なれど、わたくしの指示で動かしていては恩義は全てわたくしの物となります」


「はぁ、普通は不味いのでしょうね。でも私は問題ありません」


「……わたくしの叛意をお疑いにならないと仰るなら、それは良いとしましょう。しかし貴方もわたくし以外の見識を知りたいと思いませぬか?

 推挙した者が皆、わたくしと近しいのは最も有能な者を用意しようとしたゆえ。ご不満なら極力縁の薄い者を連れて参りますが如何」


 おんやまぁ、本当考えてくれてますね。

 でもねぇ。疑おうと思えば誠心誠意仕えてる風に見せて、油断を誘おうとしてるなんて考えもありますし。勿論ご承知でしょうけど。

 ま、そんな疑いは抱きませんが。私がそこまでして油断を誘わないといけない大人物ではない。……そもそもそういう油断する気無いですが。


「ご配慮は感謝しますが結構です。それよりも私に貴方を抑えようとする意志あり。と、お感じだとしたら大問題なんですが」


「―――感じる理由がありましょうや。この天地でわたくしは最も自由に動ける者で御座います」


 それは過剰表現。しかしそうお感じくださるよう頑張っていきます。

 私は誰も抑えられない人物。そう見られるのが大事。

 そもそもオウランさんの動向がバレない限り何でもいい。

 今後リディアが話を聞かなくなればそれなりにするだけ。

 ケイ帝国の内乱は激化の一途。誰もが隣への対処で精一杯となっている。

 真田以外に私の邪魔は不可能だ。


「私の為に考えてくださり感謝ですけど、どうか遠慮せず良いようにして下さい。貴方の名を出していくからには、可能であればカルマを追い落とし貴方が領主となってもいいでしょう」


「其処まで仰いますか。致し方御座いません。一族はわたくしの下へ付けるとします。しかし、気がお変わりになれば直ぐにお言いつけを。股肱の臣であろうとお譲り致します」


「……天地がひっくり返れば、お願いする可能性があるかもしれませんね。……あっ!? もしかしてティトゥス様も来られるのですか?」


「いえ。父は何処までも帝王家に仕えると。イルヘルミの元へ共に向かいます」


「はぁ~、流石ティトゥス様」


 あの小僧が大事か。……残念。大恩人と言えるのに仇で返す事になる。仕方ないな。今更だ。


 さーて明日にはトークへ出発かね。さっさ帰って集団出張費を少しでも節約しないと。

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