ティトゥスとリディアの会食
分かってはいたのだけど、本当高そうなお店。兎に角リーア様の荷物持ちとして従い気配を消すが吉。部屋へ案内され、覆面を外してお座りに。なら後ろで黙って待ちますか。
…………。誰かこちらへ。あ、本当にティトゥス様だ。
リーア様に倣って平伏、とね。
「リディア、顔を上げよ。―――うむ。壮健なようで何より。……ぬ? 後ろに居る者も顔を見せなさい」
「はい。お久しぶりで御座います。以前恩を頂戴したダンです」
「やはり。健勝であったかね?」
おお。以前と同じ態度に感じる。となるとリディアは家族へも話してない?
「バルカ閣下のお陰を持ちまして、この乱世でも事欠かず暮らせております」
「重畳。そなた、今もリディアと同じくトーク閣下の下で働いているのかな?」
「はい。毎日の仕事に苦労していますが、リディア様の助けを頂き何とか」
「ふむ……ダン殿。このリディアも忙しい身、特にこれからは時が無くなろう。あまり本来必要でない仕事をさせないよう、気を付けてもらいたい」
おっと、釘を刺されてしまった。
知り合いの貴族にタカる厚かましい庶民みたいだったか。無駄口叩いたな。
「申し訳なく一言も御座いません。かつての縁に甘えておりました。以後気を付けますのでどうかお許しください」
「儂が許す事でもないが……いや、考えてみればよく知りもせず失礼であった。第一この娘も立派な成人。余計な事を言った。済まぬダン殿。父親の愚かさだ」
「いえ、事実リディア様に甘えておりましたので。汗顔の至りです」
「そう言ってくれれば有り難い。さて、すまぬがリディアと話がある。別室に食事を用意させるので楽しんで欲しい。
今日はよく挨拶に来てくれた。貴君の立身を願っている」
「はい! バルカ閣下の細やかな気遣い、感謝申し上げます。リディア様、私は食事が終わり次第帰りましょうか。それともお待ち致しましょうか」
「……父上、話は鐘一つ程度でしょうか?」
「ああ。こちらもこの後に予定がある。残念だが」
「ならばダン、ゆっくりと食事をし待っているように」
「御意」
なんと、本当に家族へも話してないのか!
ひゃっふぅ♪ 有難うリディア!
其処まで意を汲んでくれるなんて想いもしていなかった。
はー、嬉しくなってきてティトゥス様と会話してる最中からにやけるかと。
リディアさんには困っちゃうなぁ。ご機嫌取りまで上手で。
食事も楽しみだし今日はとても良い日。うん、曇り空が素晴らしいね! 日光を隠してくれて日焼けせずに済む。隠してくれるのは何でも好きよ近頃!
***
躊躇なく、淀みなく、常が如く我が家に居られた時と同じ振る舞いをなされた。
想定の内と言えばそうだが……。
「ダン殿は変わらぬな。ローエン閣下の持つお前への執心を言い当てていたと分かった時は、人物を見極めそこなったように思えたが……今も下級官吏を?」
「はい。一つ申し上げますれば便利に使っているのは
「そのようであるな。殊勝なのは良いとして、かように人材が求められる世で文字と算術を知りながら未だ下級官吏では……。いや。作法は成長していた。お前が教えたのか?」
「……いいえ。周りの者に習ったものかと」
父上もダン様の変化にお気づきでない……。
昔あったえも言われぬ甘さは消え、思考も大変読みづらく多方面でお変わりなのに。先も配下の親族から愚かな庶人と扱われてあのご様子。
……
必要とあらば、同じく見せられはする。しかし心の内に怒りを持つはず。
ダン様はもしかしたらお喜びであった。そもそも
あの方の欲望は何処にある? 強い執着を見せるのは己の健康だけ。
富、名誉、色、全て興味も見えぬ。力でさえ積極的に増やそうとなさらん。
幾つかの行動からして自分の命が最優先でも無い。
何を見ておられるのか……。
「リディア、リディアよ」
「……これは失礼を。お呼びでしたか」
「ああ、お前の考え込む癖は変わらぬようだ」
「近頃は気を付けていたのですが、父上に会い気が緩んでいたようです。お見苦しい所をお見せしました」
「良い。さぁ席に着け。話がある」
父上が席を勧めたとなれば長くなる。ダン様が不快に思われは……しないか。
あの方は書物も持たず、思索だけで時を費やせる方だ。
「まず尋ねたい。過日トーク閣下が世を驚かせた戦い、策を考えたのはお前だな?」
「いいえ。グレース殿で御座います。
「……グレース殿とは私も面識がある。何よりあの時、ランドでの政務に加え、世に流布されていた悪評を何とかせんと非常に多忙な様子であった。世を驚かせる策の準備は不可能であろう」
「或いはフィオ・ウダイ殿が多くを担われていたやもしれませぬが、詳しくは何も」
「もう一つある。今回レイブン殿が連合軍に参加した手際、実に秀逸。ただその裏にあった周到な準備はよく見知った物と思えた。お前が大筋を整えたのであろう?」
「いいえ。
外に教える訳もない問ばかり。何を試しておられる?
「うむ。親であろうとも慎重を欠かさず秘匿するその姿勢、変わらず喜ばしい。愚問を許せリディア」
「……して、本題は?」
「よろしい。これはバルカ家当主としての言葉と考えよ。この話し合いが終わり次第、バルカ家当主をリディア・バルカとする。家の命運をお前に託そうリディア」
三番目である
「父上、ローザ姉上とシュトラ姉上の身に何か?」
「む? ああ、安心せよ。前と変わらずローザはイルヘルミ殿の下で、シュトラは私の代わりにバルカ家の領地を守って壮健でいる」
「では何故
「お前も分かっているであろうに。時代が変わり過ぎた。私はケイに忠誠を尽くす事しか知らぬ。知りたくもない。今後もケント陛下とローエン閣下の所へ行き、少しでも安らかであるようお助けする。
しかしバルカ家を私の我儘で滅ぼす気は無い。だがローザが当主では私と大差なかろう。アレは雑兵の為に己の命を捨てかねん」
「……しかし、さればこそ誰からも慕われております。
「お前を当主とするのはそのローザからの意見でもある。お前の才は自分の数倍、当主の座を喜んで譲り、全てにおいて従い支えたいともな」
「シュトラ姉様の御意見は?」
「誠実さを旨とし陰謀を嫌うような者を当主に据えろと? 本人もお前を当主とすると聞いて安堵した様子であったよ。唯一の不安は離れてる間、お前の話を全く聞かなかった事だ。ゆえに最後の決定はお前に任せよう。
リディア、正直に答えよ。バルカ家がこの乱世で生き残る為、当主として最も相応しいのは誰ぞ」
話は分かる。姉たちは立派な人物ではあるが、情と義理に囚われる所がある。この世情では任せ難い。
しかしこちらの事情を考えると……。
「お答えする前に数点の確認が必要です父上。
「それは、少々困る。何故だ? カルマ殿がお前を重用せぬのなら何処へなりと行けばいいではないか。辺境で何年も暮らせるならスキト家も良かろう。そうすれば、ローザはローエン閣下、お前はスキト家。何処が勝っても我が家は安泰」
当然の常道。しかし
「父上、
父上の希望に真っ向から反対し、ローザ姉上としても寝耳に水となる話。
イルヘルミと直接会う程ではないが前途は明るいと聞いてもいる。
しかし己が当主となったのに他の所に一族がいてはダン様の不興を買いかねぬ。
「……なんと。それはバルカ家の為か? あるいは己の立身の為か」
「理解しがたい話だと存じております。されどバルカ家存続の為、
「……まだお前は我が問いに答えておらぬぞリディア。誰を当主とすべきなのだ」
「…………。この、リディア・バルカで御座います。ティトゥス・バルカ閣下」
「……やはり父と姉はお前から見れば足らぬか。なら―――娘よ。話を変え、下らぬ妄言を考えて欲しいのだが、良いか?」
寂しげな、初めて見るお顔。……ならば問は。
「お尋ねください。偽らずお答えします」
「―――ケイの、再興は、ならぬか? もしお前がバルカ家を見捨て限りを尽くしても。……イルヘルミの元へ姉ともども士官し、ビビアナも倒せたとしよう。その場合でも不可能だろうか」
やはりこの問か。イルヘルミがビビアナを倒す。トークとビビアナの同盟の形次第では今からでも不可能ではない。しかし、
「能わず。かと。父上が再興を諦めきれぬのは、光武王陛下のご偉業という先例
あってで御座いましょう。しかしそもあれも再興と言い難く。
高祖陛下の作られた国が滅び、次の覇者となった者の性が偶々ケイであった。それ故ケイの再興という旗を便利に扱われた。それだけの事と。
しかし此度の乱で覇業を成し遂げうる者たちの中に、ケイの性を持つものはおりません。……それでもあえて申しますなら一人。昨日陛下より直々にケイの性を認められた若い娘。あの者とその夫ならば、時節の風を受け誰にも見通せぬほどの幸運があれば、天下に覇を唱える意思を持ち力を費やしケイ帝国の主と成り得ましょう。
しかし父上はかの者たちを帝王にしてでもケイという箱を望まれますか?」
苦いお顔だ。やはり陛下は相談なされずあのような。
「愚問を。あの者、国と民を想っていると常に言うであろうが、結局は己の野心にのみ忠実と見るだけで知れた。
何より成り上がった家は滅多に三代続かぬ。帝王家とするは不吉に過ぎる」
「正しく愚問で御座いました。そして、そこまでご承知なら更に僭越極まる物言いをお許しください。
家長が誰になろうと一族の者悉くケイとの縁、薄くなされるべきです。未だ陛下は時世を理解しておられず。忠臣面した者が愚劣な企てを起こしましょう。
陛下へ情を抱く者が増えるほど連座させられる者も又増え、陛下御自身にも悪しき結果に。
父上、陛下に付いていきお世話なされるなら、どうか陛下より陛下を使っている者を大事にしてくださいますよう」
我ながら無礼極まる物言いだ。しかし……お分かりでも動いて下さるかどうか。
「―――。そう、なのであろうな。分かっていた、と思う。なのに……。
はぁ……。かように若き子へ一言も無いとは。儂は、実に頼りにならぬ父だ。お前が我が家に産まれた事を感謝しなければ。
さて。当主就任だが一旦保留とするべきではないか? 今一度ローザの意思を確認せねばらん。それにトークの今後も難しい。せめてビビアナとイルヘルミの勝敗がはっきりせねば。どうだ?」
「賢明であらせられます。ただもし、
「ローザへはそのように伝える。結果も出来るだけ早くお前に戻そう。
……すまぬ。我が家は百年以上ケイの禄を食んできた。ケイの滅びはもう承知している。しかし儂だけでも忠勤を尽くしたいと思うのだ。
そしてリディアよ、情けなくも願う。一つ誓ってくれ。帝王家の血脈を絶やさぬよう手を尽くすと」
「御意。そもご承知とは存じますが何処の諸侯が勝とうとも、これ程に力を失った帝王を殺害して国を設立する利が御座いません。間違いなく平和裏に禅譲という形をとりましょう」
「で、あるな。……なのにこうも心配をするとは私も老いたか。当主を譲るのはいよいよ良い決断だったかもしれん」
「お戯れを。後二十年は父上が当主であると皆考えておりますのに。
……さて、これにて失礼いたします。今後は早々お会いする機会もないはず。どうかご健勝で」
「ああ、お前もなリディア。若くしてさほどの才、人は恐れる。重々気を付けよ」
「情厚きお言葉、心より感謝申し上げます」
才を恐れる、か。
確かにダン様は
しかし内々での功まで全てお譲りくださった。実績無き者には誰も従わぬのに。
功と伴う力を渡され妬心無く。まこと有り難い主君だ。
……これで今少しでも御心の内を推察出来る方なら心も安らごうに。
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