ケント帝王、謀る2

「ならぬ! 朕は帝叔と属する者を何としてもオラリオの元へ送る。イルヘルミ、良き思案を出せ。汝は朕を守護せねばならぬのだぞ!」


「はっ。このイルヘルミ、確かに御意に沿う勤めが御座います。しかし此度はシウン殿が正しいと申し上げる他なく。

 この身は少しばかりマリオ、オラリオ両閣下の関係を存じておりますが、お二人は既に仇敵。後ろで控えておりますテリカ・ニイテ殿も父をオラリオ閣下に殺されているのです。此度お二方が手を結んだのも偏に帝室のご威光あってこその奇跡かと。そしてご威光あっても兵を出したのはマリオ閣下のみ。

 この乱世、一族の存亡までかかる時代なれば、サナダ閣下と兵五千を敵に届けるは寛大なるマリオ閣下でも受け入れられぬご意思と考えます」


 裏切られたみたいな顔してやがる。これは当然だぞ小僧。

 イルヘルミにとって閣下との同盟がビビアナを何とかするまで絶対条件だと、酒場の酔っ払いでも知ってる。名声を奪いすぎたし全力でゴマを擦ろうというものさ。


「……朕の意を否定するだけならば誰の元に居を移しても一緒よの。知恵者と言われる汝には期待していたのだが」


 ゲ。咄嗟にしては良く言いやがった。チッチッチイィ。イルヘルミが考えてやがる。余計な! お前にとってもビビアナとの戦いから逃げた真田は敵だろうが!


「臣が知恵者は過分なご期待ですが……何とかご意思に沿うべく愚考を一つ。

 此度マリオ閣下がサナダ殿に与えた兵糧、武具。それに兵も主君の一党を皆殺しにすれば半分は閣下の兵となりましょう故、その分。

 これらを全て代金としてオラリオ・ケイ殿が出すなら、閣下にも慈悲の与えようがあるかもしれません。如何でしょうマリオ閣下。シウン殿の元には与えた分の正確な記録があると存じます」


 うわ。実利があるような提案を。くっそ見ろよユリアの顔。そんな大金払いたくないって顔だ絶対そうだ他人の金でブランド物買う女なんだそいつは細かい計算せず殺してくれ!

 ……真田が関係すると毎度こうなるな。無理だと分かっていてもお偉い方と危険性の認識が違い過ぎて情緒不安定になってしまう。

 見た感じ殆どの者が提案を遠回しな処刑と感じたようだが……。


「何を! ―――いや、一理無いとは言うまい。しかしオラリオも会ったことさえ無い男爵の為、相当の財を出すのは難しかろう。

 のぅマリオ。サナダはケイの者を妻に迎えたのだ。朕の言葉により処されるような無体をしてはならぬ」


「……臣マリオが申し上げます。

 オラリオ殿を助けると答えたサナダ男爵は既に敵で御座います。敵はあたう限り早く処すべきですが、今そうせぬは偏に陛下への畏敬ゆえ。

 ローエン閣下の言上も余が受けし侮辱への配慮無く、不快と言わざるを得ません。

 しかし陛下の御心に沿うべくオラリオへ使者を送り、正当な代金を払うか選ばせましょうぞ。加えて使者が帰るまでの間、サナダ男爵とその配下が尋常であれば危害を加えぬ。と、マリオ・ウェリアがお誓い申し上げます」


 か、閣下……。真田を軍に参加させた結果イライラなされたじゃないですか……。利得を考えればそうなるのも分かるけど。しかし、

「陛下。臣真田の願いをどうかお聞き届けください。

 マリオ閣下のお言葉は道理あるもの。ただ使者に配下と護衛を一名ずつ加えて頂けますよう。

 臣も乱世の者なれば、命運を己の手で開きたいのです。又、マリオ閣下のお許しがあれば、使者が帰ってくるまで閣下の元で兵ともども畑仕事でも出来ましたら嬉しく思います」

 

 つぁああ……。これだよ。どこを見ても勝算の無い戦いを受け入れた愚か者とでも言わんばかりの表情だが、違うんだよな真田ぁ。

 自分の価値を、新しい道具で領地の収入をどれだけ上げたか伝えるつもりだろ?

 まず、通る。真田の収益は規格外のはず。オラリオが目の前の金しか見えないボンクラで無ければ説得出来てしまう。

 マリオ閣下が使者を断ってくれればとは思うが、

「……このマリオが小細工をするとでも言うのか?」


「え? あ、いいえ。考えてもいませんでした。申し上げた通りの理由だけです」


 ええ、ええ。でしょうとも。それこそ小細工で使者を始末されない限り、説得出来る自信があるのでしょう。


「良かろう。使者と護衛一名出すが良い。陛下の前で確かに届けると約する。よろしいでしょうかケント帝王陛下」


「う……うむ。良きにはからえ」


 真田の顔に不安は見えない。やはりこのままでは逃げられてしまうッ。

 どうにもならないか? もう一度シウンに会いトークで調べた真田の情報を。

 ……足りない、だろう。諸侯の前で約束した事に加えて相当の大金を敵からせしめる機会。有能な男爵程度を処分するのとは損益が合わない。


 しかし真田の、本当の脅威を教えれば……。阿呆だ。あり得ない。シウンからすれが何故お前にそんな事が分かるのか。となる。

 そして真田は代価を受け取って逃がし、マイセンよろしく私を監禁し女でも与えて知識を絞って一挙両得を選ぶ。しかも真田に私の存在がバレるおまけまで付くかも。

 

 駄目だな。……多分、幾ら早く真田の意図を推察出来ていようと何も出来なかった気がする。クソッ! ビビアナとの同盟は真田を確実に消すためだけだったのに! 何か、手は……。


 い、いや。もう真田について考えるのは止そう。執心を周りに知られるだけだ。

 ……悪い事ばかりじゃない。マリオ閣下の敵意は本物。そして必ずオラリオと、真田と戦う。ケイ人で唯一の味方とまで言える。何とか協力したいが……。ゆっくり時間をかけて考えなければ。


 あー、何か、メリオ・スキトが報酬としてゾンケイ州。何だっけ? 地球史だと漢中だっけ? を攻め取る許可貰ってるが……どうでもいいや。好きな所を攻めて好きなように殺しあっておくれ。一に真田。二に真田。三四も真田で五にトークが関係しない限り興味わかない。

 はいはい。散会ね。お疲れさまでした。……あ。マリオ閣下とシウンが笑顔で会話しつつ議場を出ていく真田とユリアを見ている。

 素晴らしい目つき。お願いしますよマリオ閣下。大功を上げてください。そうしてくれたらいい事があるよう私凄く頑張るから。


******


 は~やる気出ねぇ。昨日の小僧陛下の小賢しい真似がまだ吹っ切れない。明日か明後日には帰るんだから、出発の準備しないといけないのに。自主的にお茶休憩取っちゃうよ怒られちゃう。ぷひぃ。お茶温かいですぅ。…………。


 小僧は無駄に動く小賢しい愚か者と決まった。私に口を出せる機会があれば禅譲のような生ぬるい手段は取らん。必ず殺す。それで不満を見せる奴も皆。

 …………だぁー。私に口出せる機会があるか全然分からないのに。閻魔帳を書くような愚かな真似を。

 は~。真田、生き残るんだろうなぁ。嫌だ、! 足音。これは、お茶飲んで落ち着こう。カテキンよ我に平静を与えたまえ。


「ダイ、よろしいか?」


「はい。お入りください。……ごめんなさい。帰る準備怠けてました」


「大した準備がある訳でもなく。ご安心を。それよりも余計なお誘いかとは考えたのですが、明日わたくしと共に父へ挨拶へ向かう意思は御座いますか?」


「は、え? ティトゥス様がこのランドに居られたのですか!?」


「はい。正しくは国から与えられた少し離れた屋敷に。余人の入らぬ場で昼食を共に致しますので、よろしければ」


 あ、あちゃー。ちゃべぇです。何の紹介も無かった私を雇い大それた給料を頂いた恩人忘れてた。更にトーク姉妹へ渡した絹の紹介状まで……。

 やべぇよ非常識だよ不自然だよ。

 

「てっきり戦禍を避けて移られたとばかり、と、無駄な言い訳申し訳ないです。

 居られて礼儀に反さないのであれば、出来ましたら以前頂いた紹介状のお礼と挨拶をしたく思いま、……あ。

 あのぉ。ティトゥス様はお元気でしょうか? 先の戦いで何かご不幸とかは」


 先に聞くべきなのに焦っちゃって前後してしま……何を不思議そうに見るの。


「……まさか貴方がわたくしの家族の身を案じてくださるとは。お気遣い、心より感謝申し上げる。不幸は何も。しかし紹介状―――ああ、トークへのですか。よく覚えておいでで」


 まさか貴方が。なんて言われてしもうた。流石だ。よく人を見てる。

 はい、思い出したのはついさっきです。ごめんなさい。でもあの紹介状への感謝を忘れるような奴は死刑に値しませんか?


「ではお願いします。……ただ、もしもとは思うのですが、昼食を一緒になんてなった場合、とても私には払えないお高いお店、ですよね? 手持ちで足りなければ貸して頂けますでしょうか。それと服はリーア様がご覧になった服しか無いんです。非礼になりはしませんか?」


 そんな高い店行きたくないが、礼儀の為には個人の好みなど……なんで額を押さえておられるんですか。


「父は今も戦場に居ると言っていい者に支払わせるほど非常識では御座いません。

 共に食事をするかは父の言葉通りになさればよろしいと存じます」


「そ、そうですね。他にご指示を思いつきましたら夕食の時にでも教えてください」


 大事な確認と思ったのに常識知らずでしたか。

 このズレ、未だに昔の感覚があるという証明かも。落ち込む。

 いや、それより挨拶どうしよう。『リディアに主君として扱われてます』なんて言わないといけないのだろうか?

 ん~、リディアがどう話してるか分からないし、向こうから何か言われるまでは以前と同じようにするが無難かな。

 よし。ではさっさと帰る準備をしよう。明日時間取られるのならその分働いておかないと虐められてしまう。

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