ケント帝王、謀る1

「大儀。朕から一つ付け加えよう。ビビアナが朕をランドより連れ去ったのは、戦いと火事の混乱で害がこの身に及ばぬためであった、と。

 とは言え落ち着いたであろう後も朕を帰そうとせなんだ以上、不忠のそしりは免れぬしイルヘルミの功績が変わる物でもないが」


 あれ。ビビアナを庇った? 逆賊ではなく不忠と表現が柔らかくなってるし、ビビアナの怒りを買いたくないとかかね?

 目の前の偉いお方々も今の言葉をどう受け取った物か迷いが見える。んー、中々小賢しい坊ちゃんなのかも。


「更にもう一つ。以前、世ではカルマが朕に狼藉を働いているとの悪評が流れたのを覚えていよう。あれは何処かの愚か者が流した偽りである。ただ……レイブン、朕はビビアナから迎える中にトーク家も居ると期待しておったぞ」


 おや、これでカルマの悪評が減るなら有り難い。しかしレイブンの顔は苦いねぇ。

 こりゃ貧乏くじを引かせちまったな。


「誠に申し訳のうござる。ご期待を裏切り伏してお詫び申し上げまする」


「良い。兵が少なく難しかったと存じておる。詰まらなぬ愚痴よ。

 さてランドの管理はイルヘルミとマリオに任せる。されどこれほど荒れてはケイの中心として不適格。よって朕は遷都を決断した。新たな都はイルヘルミの治める都市ヨウキ。この旨、天下に布告せよ。良いな、イルヘルミ・ローエン」


「ははぁっ! 臣、イルヘルミ・ローエン、非才の限りを尽くしてケント陛下をお支えし、ケイを中興するべく尽力を誓います!」


 あんれま。重大事がさらっと出ましたね。

 動揺してないのは仕込んだのであろうイルヘルミ一党と、帝王なんぞどーでもいい私くらい……あ、隣に居る鉄面皮さんも小動すらしていなかったわ。

 そしてこの世に鉄面皮は只一人。他の人々は顔色が信号機。

 さもありなん。これで連合軍最大の功がイルヘルミにあるとの意になる気がする。

 で、一番怒ってそうなマリオ閣下は、う、うわああ……口を引き結び、拳を震わせ、必死になって耐えておられる。やっぱり知らなかったか……。


 実際ひどくありませんかね。場を用意した閣下が第一に褒められるべきでしょ、

「所でイルヘルミ、小耳に挟んだのだがビビアナと戦った中に、ケイの姓を名乗る者が居るのであろう?」


 ! 待て、この小僧何を言うつもりだ。


「は? ははっ。あちらに居るソウイチロウ・サナダの配下、ユリア・ケイがそうで御座います」


「ほぉ。ユリア・ケイ。近こうよるのだ」


「は、はいっ。ユリア・ケイ、陛下に拝謁致します」


「うむ。紫銀では無くとも美しい紫色の髪。そちの家系は?」


「はっ! ウィン・ケイ陛下の末裔と伝えられております。ユウ・ケイの孫、コウ・ケイの子で御座います」


「おぉ、やはり朕の親戚かも知れぬのか。帝族の系譜を持て。確かめてみよう」


 態々確かめる?

 ……とても嫌な予感がする。心の準備を。真田の配下であるユリアの事で、横に居るリーアに感情の動きを悟らせてはいけない。

 

 帝室の家系図が読まれていき……、え、今ボケユリアが言った親の名前が、「ユリア・ケイ。この者はウィン・ケイ帝の玄孫です陛下」


 ………………。は? なんで、あの真田製造アイドル風味自己顕示欲過剰女の名が、書いて、ある? ぜえええってぇええありえぇね。大嘘コキやがった!


「驚いた……系譜によれば朕の叔母、帝叔ていしゅくではないか」


 場の空気が。見える限り全員の体が揺れた、ような。

 何が驚いただ演技がクセェぞあと一万回練習しとけへたくそが! ゆ、ユリアは? どう答え……顔を真っ赤にし、涙を流してる……。

 なん、だこれ。い、いや。良い。別に。真田が得をしなければ、ユリアが帝室だろうが宇宙人だろうが構わん。苛立つのも未熟な話だ。この髪長女の墓にはケイ帝室を詐称せし者と刻んでやろうじゃないか。


「は……はい、はいっ!! 陛下の、うっ。多大なるご厚恩、ユリア、感涙に咽びますっ」


 ……イルヘルミの、策略、違う。驚きの表情を隠しきれてない。

 目の錯覚だろうけどマリオ閣下に至っては血の色のオーラが見えるような。

 そりゃね、歴史ある貴い血筋であるのを誇りに思ってたのに、農民程度だった奴が一瞬で自分より貴くなっては……。


 私だって驚いてるんだから彼らの心中は筆舌に尽くしがたかろう。

 着色料と香料で作られたリンゴ風味砂糖水が、突然権威の一言でミキサーで作られた真正のリンゴジュースって事になっちまった。

 むっちゃくちゃしおる。カラスは白いと言えば白いにも限度がある。


「ユリア帝叔に会えて朕も嬉しく思うぞ。今、ユリアはサナダという者の妻だという話だが……何処の地を所有する者であるか?」


「ヘインという街を拠点とし、三郡を治める男爵であります」


「ヘイン。……ふぅむ。実は近頃数少なくなってしまった我が親戚、オラリオ・ケイが病を得たとの報告があってな。しかも長男は健やかと言えず、大いに難儀しておると聞いた。

 そこでサナダ男爵。汝たちにはこのまま領地を離れオラリオ・ケイの元へ行き助けてやってくれぬか。せっかくの領地を離れ、ケイの反対側まで赴けとは余りに無情な命なれど、今は国難の時。まず一族が助け合わねばと考える。

 朕もオラリオ・ケイに決して粗略に扱わぬよう。功を立てし時は今の数倍に値する領地を与えるよう勅書をくだそう。

 この旨、みことのりとして下してよいなサナダ男爵? 直答せよ」

 

「はっ! 真田男爵はここに。ご命令、ご厚情、確かに承知致しました! オラリオ・ケイ閣下。そして陛下のお心を安んじるべく万難を排すと誓います!」


 ―――――――――い、ま。の答弁は。ケントに何の得が、あ、そんなのどうでも良い。大事な、結果は……ッッッ!!?

 

 真田がビビアナの、隣から遥か彼方。河の向こう側、更に長江の北まで、逃げる。

 そう、なる? 違う。そうな、った。

 手、手は、今何処に。握りしめては……いない。姿勢も傍付きとして相応しいまま、だな。表情は、あ、覆面していたのだ。……助かった。

 周りで私を見てる人は……居ない。いや、誰にもそんな余裕が無い。事の成り行きに感情を揺さぶられている。リーアだって陛下の方を見ている。

 心臓の動きが激しい。ふぅうぅう……。それでも、呼吸は静かに。


 ―――クソ。クソッ! 真田めぇええ! 逃げやがった。ビビアナの、私の手から! 殺せない遠さに、どうやっても無理な所まで!

 ああ……手遅れだが分かった、かもしれない。最初からビビアナと戦う気なんぞさらさら無く、オラリオ・ケイの所に居候する気だったんだ。

 マリオ閣下に上等カマし、ビビアナとの戦いで目立つ真似をロクサーネがしたのもオラリオの所まで名を届かせ歓迎される為の布石。

 となると、目の前で下手な演技してる帝王に入れ知恵したのも真田の所の誰かか。

 ……陛下よぉ。その浅知恵は酷い結果を産むぞ。必ずそうしてやる。


 しかしこれは通るのか? 滅茶苦茶な話に思える。特に……、

「陛下。恐れ多くもマリオ・ウェリアが臣、シウン。今のお下知によりサナダ男爵を処理する前に、申し上げたき儀が御座います。お許しいただきたく」


 そう、マリオ閣下たちだ。そして今……処理と言った。期待、していいんですか?


「許す。しかし今、処理と言ったか? 我が叔母を処すると。まさかよの。それではケイ帝室への叛意に他ならぬ」


「言上のお許し感謝申し上げます。まず小官が処すと申し上げたのはサナダ男爵とその一党にて。叔母となりました者だけであれば縛り上げ御許へお届けしますわ。

 次に臣マリオの状況ですが、先ほどお言葉にありましたオラリオ・ケイ閣下と剣を取りあう間柄。それはご承知の上でありましたか? 今、陛下がその帝王の椅子におられる功は全てマリオ・ウェリアに帰するもので御座いますのに」


 小僧がこっそり、なんだろうな。見まわしている。一番見ていたのはイルヘルミ。成程。無力なユリアを見ない賢さはあるのか。しかし味方する訳が無い。もうケイ帝室の威光は蔑ろにすると少し人々の機嫌が悪くなり口実を与えるだけ。

 ……その程度の差で破滅しかねないご時世でもあるから、マリオ閣下が下で立ってるわけだが。


「勿論存じておる。言い忘れていたが、オラリオにはマリオと和平を結ぶよう勅令を出すつもりだ。今回ビビアナとの戦いではお互い手を組んだではないか。同じようにして共に繁栄するが良い」


「お言葉では御座いますが主マリオと違いこのシウンは全く人を信じぬ性質で、そのような平和が長続きするとは考えません。

 今のオラリオは病を得ているとの話ですので或いは和平を結ぶでしょう。

 しかし内部が安定した後、又戦いを仕掛けてくるはず。それでも和平を結ぶのであれば長江の北側。おおよそ三分の一の領地をマリオへ割譲願います」


「な! 馬鹿な! そのような服従に等しき和平、誰が! 朕を愚弄するか!」


「陛下を愚弄する者はおりません。しかしこのままではマリオ・ウェリアの栄誉に泥が付くのです。

 そこのサナダ男爵が領地を捨て、己を慕っていた領民から最も精強な若者たちを奪ってビビアナから逃げるのは実に浅ましき行いなれど、成り上がり者に行いの卑賎さを説くも愚か。増して陛下がお認めになるのであれば何も言えませんわ。

 しかしこの者はマリオ・ウェリアに無礼を働いた上、此処に居る為我らより兵糧武具馬。全ての提供を受けております。

 その上でオラリオの援軍となった者が去るのなら見逃せぬ話です。

 さもなければ世の者はマリオを『なんと人の良い事か。敵の援軍を見逃し旅費まで渡すとは』と愚弄致します」


 お、おお。おお! 英明であらせられますシウン様! お言葉全てごもっとも。どうかご英断を。殺してくれ、そこの害悪を!

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