井戸と、何かと、策謀と

 庶民、特に商人の素早き事テカテカに黒光りしてるゴッキーの如し。マリオ閣下がランドへ入った次の日には戦いが無いと見切り集まってきおった。

 お陰で食料を頼んでいたオラリオ・ケイの病状がいよいよ悪くなり、長子と側室の子の間で後継ぎ争いが発生しそう。とかの情報も届いて有難くはあるんだが……。

 この『金の為なら何でもやったるでぇ! 山を裸にしても銅貨一枚儲かればYes! We Can!』という根性、大企業思い出してイラッとする。


 やめやめ。今は復興作業を頑張ろう。トークの旗と、ランド周辺に住む名家の人々や従軍した将兵を集めての酒宴でお忙しい盟主閣下の旗をお供にして。

 私らは下々。あちらは高位の民心を安定させる訳だな。

 そのマリオ閣下を羨やむ奴ら。ほんっとぉに分かってねぇよなぁ。面子を選べない飲み会なんて面倒極まるってのに。


 それにしてもテリカの復興作業への気合は尋常じゃないね。

 兵たちの指示に留まらず、配下全員と一緒に自ら陣頭へ立って汗水たらしておられる。次に気合入ってるのは真田が残したフェニガとその兵たちだろうか。

 私らトークもテリカに従ったりシウンへ定期報告しつつお伺いをたてたりと立派に働いてますがねぇ。兵員の尻を蹴飛ばすような気合は流石に。

 この差はどれだけ世の評判を得たいかの差か。


 当然一番多くの兵と旗を動かしてるテリカが評判を噴火させてるんだが……マリオ閣下は不満に思わんのかねこれ?

 閣下の次にテリカの行動を問題視しそうなシウンがあちこちの報告を聞きーの、指示を出しーので忙しそうだしなぁ。気にしてられないか?

 何回か報告をする際に付いてって拝見した時も走り回る忙しさだったし。

 グレースもそうだが信頼される官僚は本当お疲れです。


 さて、ランドに入って今日で四日目か。昼飯も食ったし何か仕事します、おや、リーア様?


「ダイ、テリカに奇妙な動きがあったとの報せが入りました。お時間は?」


 緊急なのかな? いつもは夕食のついでなのに。

 

「大丈夫です。お願いします」


「はい。本日テリカは焼けた帝王家の宗廟そうびょう近くを片づけていたのですが、突然配下を集め護衛の兵さえ外してテリカと古参の将メントを主体に上層部のみで砂一つほど会話したのち、解散。

 立ち去る際テリカが何か。この程度の片手で持つには難しい物を、布で隠して大切に運んでいたとの事。ただそれが何かは皆目。

 手の者は集まった場所が井戸だったので、井戸の底より宝物を拾った可能性が高いと伝えて参りました」


 ケイ帝王家の宗廟そうびょう……周辺にあるのは帝王家縁の物を納める宝物庫とビビアナが使っていた離宮? そんな運び方をするなら余程の貴重品。

 でも何かは分かんねーな。って分かる訳無いね。

 しかし井戸から何かを拾うって、影の薄すぎた孫堅そんけんがキャラ付けの為に拾わされてしまった呪いの宝物みた……い、な……話……。


 ――――――。待て。

 考えるな。まずリーアを追い払え。


「確かに奇妙な話です……しかし、それだけでは……。詳しく調べるべきか、どうお考えです?」


 調べるって言わないよね? 脊髄で損が多いと分かる話だよね? いや、でもこいつなら何か深い考えが……。


「少しばかり悩ましく感じますが、様子を聞く限りテリカの警戒は相当な物。収める場所が出来るまで保管するだけやも知れず、かつ探るには相当近づかなければなりません。そも我らと関係するようには思えませぬ。

 益少なく希少な人員を損なうだけが凡その結果に思えて気は進みませぬな」


 よし。いよぉし。と、喜ぶな馬鹿。普通の事だ。


「ですよねぇ。なら止めておきましょう。あ、この情報、私たちが知ったと気付かれてますか? だとしたら今後テリカに近づかない方が」


「いいえ。元より御指示の通り遠くから様子をうかがっていたのみですので。それに今はあちらこちらで何処の者とも知れぬ間者が動いている。我らだと知るのは不可能で御座います」


「良かった。しかし何処も考えは一緒ですね。遠方の人間が一か所に集まったらそうなりますか。では又何かありましたら教えてください」


「御意。されば失礼を」


「お見送りします」


 ……。


 行ったね。


 テリカは秘密の何かを手に入れた。

 そしてアレが在るのはこの国の歴史を調べた際に分かっている。というか常識。

 真偽は問題じゃない。

 最低限、テリカに疑念を抱いてる人間が外にも居る。と、教えられればいいんだ。


 ……そうだ。私は何も悪い話をしたいのではない。誠実に、心から気配りし、親切をしたかったのだ。しかし近づくだけで奇妙だから諦めていたのだけど……。

 その際の取っ掛かり、作り話としてこの話は……あるか?

 ―――ある。あり得る。しかも決して無視できない。

 いや、何処にあるか知ってる可能性も……あ、大丈夫。その心配も含めて話せばいい。


 やばい、腹筋が痙攣して痛い。

 布に包まろう。声が漏れないように。

 壁に耳あり障子にメアリー。

 笑い声が風にポピンズして、この暗い喜びを誰かに伝えてしまっては大変大変。


「くふっくふふふふふふふひゅっ」


 すぐさま目に見える結果は期待すまい。

 不確定要素だらけで、デマ報せて来てんじゃねぇよこのボケと言われる話だもの。

 しかし……他所の人間の意見と評価は往々にして強力。

 ダムも蟻の掘った穴から決壊なんて言った気もするし、悪くても損は……困る可能性は……。


 顔を見られ、私という人間がトーク家に居るのを知られる可能性はある……が……イザとなればリディア・バルカの名を出して助けて貰えばいい。

 全部ばれてグレースたちまで伝わっても……作り話とリディアの話で離間の策を講じましたー。頑張ったけど見破られちゃったー僕無能でごめんねー。で、いい。

 そもそも失敗する可能性は相当低い。

 相手は南、こちらは北の端で滅多に関わらないここに居る間だけの関係。態々手先を始末しても問題になるだけ損と判断するのが無難。

 この戦いの間トークの意思は見せたし、疑われた様子も無い。

 大軍師グレースの名前も私を守ってくれるはず。

 

 いける。これは行けちゃいますぅ。

 後は話し方。

 誠意ある動機、事実、心配、気配り、不確定の話をしない、場合によっては具体的に話さない、私の立場の設定……。

 話に行くのは今日の夕方。早くないと意味がないもの。

 今日の仕事は軽めなのをお願いしよう。そして出来る限り考えないと。


 うへ。うふふふぐふふふ。知らなかったなぁ。私頭良い時あるんだぁ。

 しかも機を見るにビンビン。素晴らしい。手を出せない諦めようなんて思った記憶があるんだけど……諦めてませんでしたぁ。嫌らしい奴が此処にいますぅ。

 

 これはリーア様の近くに居て影響されちゃった? 朱に交わって血の色に?

 もぉ。リーア様は罪深いお方でぇす。平和に生まれ育った温室育ちのボクちゃんを、こんな狡猾にしてしまうなんて。

 いーけないんだいけないんだ。めっちゃ感謝、してやろう。

 くへへへへへ―――。


---


 仕事が終わり皆夕食の準備で忙しいね。時節良し。トーク家の覆面付き制服良し。人生を見られないよう手を隠す手袋も良し。

 マリオ閣下の宿舎へは背中を丸めて歩きましょう。

 私と同じ背格好の人間は幾らでも居るけど、何時もみたいに健康に気を使って背筋を伸ばすよりはソレらしい。


 閣下の邸宅へ到着。トーク家の者だと誰もが判断するよう、以前報告に来た時と同じ手順を踏み、シウンと一言で良いから話をさせて頂きたいと取次をお願いする。

 勿論、面倒を掛けるのに無料はいけません。足が付きにくい金の塊は持ってきてますよぉ。基本的礼儀ですから。

 砂一つ分さえ無理かもしれぬが良いのだな? ですと? なんて親切な人でしょ。

 こう言ってくれるのであればまず会えそう。米つきバッタの如くペッコペコです。


 身体検査を受けて一室に通され、出されたお茶の匂いを友にどう話すか整理しつつ待機。

 あ、お茶に手を付けたら変だな。遠慮しましょう。

 

 ……足音。砂時計六個、三十分少々くらいかな?

 扉が、開く。よしご本人。最も上位の人間に対する礼、地に膝を付けて叩頭を。

 思ったより早かった。トーク家の人間だからと配慮してくれたのだろうか?


「顔を上げるのを許しますわ。トーク家の報告と聞いたのだけど、今日の分はもう受けたわよ~? 何か緊急の話でもあるのかしら?」


 練習通り声を低くし、ボソボソ喋れ。暗い、日陰者らしい声に。あ、手は必ず見える所に出さなくちゃ。暗殺を心配されては面倒だ。


「はい。ただしトーク家からではなく、グレース・トークの使者として参りました。まずお伺いさせてください。テリカ様が本日王宮に、配下の主だった者を集めたのはご存じでしょうか?」


 ほぉ。グレースの名を口にした瞬間シウンの雰囲気が変わるか。

 そうだぞシウン。私は通常の使者じゃない。これは秘密の話し合い。

 いやぁグレース。君の名は大したもんだよ。お陰で上手く行きそう。

 功績を全てグレースの物としたのは妙案だったな。

 こんな風に使う考えは全く無かったけども。

 人助けはしておくもんだなぁ? ぬふっぬふふふふ。


「……いいえ。でもそれが? 片付けの相談をしていただけでしょ~?」


「それがある物を拾った様子でして……。シウン様、此処までの話をご存知ないのなら、砂五個分の時を頂戴しとう御座います。それと私はトーク家から常に来る報告の者でなければ・・・・・なりません。ご差配、お願いできましょうか?」


「―――いいですわ。ああ、膝を付かせたまますみませんでしたわね。茶を全く飲んでないみたいですけど、お口に合いませんでしたの? なら酒でもいかが?」


「いえ、結構です。シウン様のような貴人と直接会うのは初めてで、緊張のあまり喉を通りません。また多々ありましょう非礼をどうかご容赦くださいませ」


「うふふっ。緊張で、ですかぁ? ま、分かりました。非礼の方は大丈夫ですよ。下賤の者にまで礼を求めるほど物知らずではありませんからー。では出来るだけ早く戻ってきますね」


 分かり切っていても緊張ゆえと言う配慮は必要だろう。

 お前が今考えた通り、毒物を警戒してるなんて直接言うのは愚かしい。

 何より相手の屋敷で飲み食いする密使なんて誰も信用しないよね。


 さて……彫像のように動かず待つとしよう。

 その方がらしく見えるだろうから。

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