シウンに懸念を伝える
あら、まだ十分経ってないだろうにお帰りなさい。
両膝をつき、額を地面へ、む。面倒だから席へ着けとの手振り。なら有難く。
ただし動きやすい浅い座り方は駄目。手袋をした両手を改めて見える所に。
危険を感じられたくなければ、せめて自分が日頃アイラとラスティルさん相手にビクビクしてる事くらいは、ね。
「まずは名前を教えてくださいな。それと覆面も邪魔ですわ」
「この覆面は外せずこの身は名乗れる者でも御座いません。今後お会いする機会もなく不要と存じます。それよりも天井裏、床下をお確かめ頂きたいのですが……」
「あや～？ 両方もう調べ終ってますけど……。それでは貴方がどんなに良い話をしてくれてもお返しするのが難しくなってしまいますの。だって貴方がトークの人だという保証さえありませんでしょう？」
服とトークの官吏らしく動いただけでは不満ですか。揺さぶってるだけかな？
別にどうでもいいです。何よりトーク家へお返しされては困る。
「私が此処に来ましたのは、グレース様から可能であればマリオ閣下へ良い挨拶をしてくるよう命じられたからで御座います。お返しは遠慮を。
もしも話が良い物であればグレース・トークよりの使者。そうでなければ、他の愚か者がグレース様の名を騙っての使者とお考えくだされば有り難く」
「あや～、都合のいい事を言いますね～。ま、話を聞かなければ始まりませんかぁ。せめて名家と酒を酌み交わすより良い時を期待しますよ？ それでテリカが配下を集めて、何を拾ったというのですか？」
期待には応えられるはずさ。リディアから聞いた話が殆どだもの。
「御意に沿うよう努めます。非礼を承知でまずお尋ねしたい事が。
「何を突然。……把握してないですけどまずビビアナが、ケント陛下……と、一緒に。――――――。……下郎め。
蒙昧の輩がこのシウンを！ マリオ様の右手たる者を愚昧な妄言で謀るつもりかっ！！」
当然の感想。怒りも分かっていれば動揺せず済むものなのだな。
しかし喋り方が崩れるまでには……。脅してる？
お言葉通り捏造から発想した妄言だが、話全体としては聞く価値がきっとあるよシウン。
「誤解しておいでですシウン様。私は支配者たる象徴を、テリカが拾ったと確言したのでは御座いません。手の者が把握出来たのは彼女が宗廟近くの井戸に主だった者を集め、特にメントと会話していた事。そしてこの程度の大きさの何かを大切に隠し持っていたのみ。
ただ布で隠される時一瞬玉らしき物と金のような光を見たと。それに当てはまる物の一つが伝国璽だったのです。
単なる宝物であれば盗もうともシウン様の時間を取るに値しない話。しかしかの物だけは違いましょう。テリカにとっても同じく。マリオ閣下さえ一大事と思し召しになるよう思えました。
故に念の為このようなお時間を頂戴しております」
光を見たは過剰な捏造かもしれないけど、拾ったのが単なる木彫り細工なら光の加減で金に見えることもあるという話になるさ。人の目はそんなもんだ。
「…………。テリカが人を集めたという話からして事実なのかしら？」
「これは参りました。私は誰かを常時付けておられるとばかり」
「―――忠実な臣下であるテリカに監視を付けるのは愚かよ」
……本音の可能性も万に一つはあるか。ならば。
「なんと。グレース様もテリカとの今後に多くの悩みをお持ちだとばかり。しかしそう仰るならば下種の勘繰りであった様子。お時間を取った罪、どうかお許しを。直ちに下がらせて頂きます」
最低限は言えた。帰ろ……、座れとお示しですね。
単なる揺さぶり。にしても少し短絡に感じる。マリオ閣下が史上に名を遺すような頭抜けた英雄でない限り、あんな意欲の塊みたいな若者の使い方で悩まない訳はないのに。流石に動揺してるかな？
いや、英雄でも悩む。テリカを臣下に持って悩まない奴は居ない。
「席を立つのを止めさせて揺さぶろうだなんて使い古されてますよ。大軍師グレースの使いともなればもう少し工夫があっても良さそうです」
「お言葉ですが揺さぶろうなどとの考えは皆目。元より僭越極まる真似と存じています。せめて出来る限りお時間を取らぬようするのみが卑賎の身の限界なのです」
「はぁ……。いえいえ。是非時間を取らせてくださいな～。あ、先ほどは下郎などと言ってしまいましたけど許して下さいね？ すこーし動揺してしまいましたの」
「許すなどとんでもない。私としても妄言をお伝えせざるを得ず心苦しいのです」
「そう言ってもらえて安らかですわ。……確かに伝国璽は紛失してますの。でも在り得るかしら？ ビビアナが持ち去ったと考えるべきでは？」
「ごもっともかと。しかしビビアナがランドを後にした時は、火事まで起こり大変混乱していたように見受けます。その状況で忠勇の者が考えるのはまず陛下の安全。次に宝物を越えた存在である伝国璽ではないでしょうか？
その伝国璽が納められていたのは恐らく焼け落ちた宗廟近くの宝物殿。取りに行った者が火に巻かれ、混乱した中井戸に逃げ場を求めたとしたら。そして最も復興の作業をしているテリカが、井戸を再び使えるようにする為引き上げた時見つけたとしたら。残念ながら配下は井戸からの死体らしき物を確認できておりませんが……何にしてもあり得る話の内とは考えます」
死体が無かったかリディアに確認を取りたかったな。しかしそんな真似をすれば強い関心を抱いてるのが明白になってしまう。
「まるで見て来たように語りますのねぇ？ ……所で、メントが何に造詣が深いか知ってますかしら？」
「いいえ。南方の将を調べるのは難しく。メントに何か？」
「……彼女は古い伝承、歴史を好んでますの」
成る程ね。こいつは瓢箪から駒が出るかもしれない。
ん、シウンが、考え始めてくれた。
なら静かに。後日『流されて判断を誤ったのでは？』なんて迷われないように。
此処まで聞けばマリオ閣下も伝国璽が何処にあるか静かに探すはず。
そして見つからずビビアナの手元にも無いと判明すれば。デカイ情報となる。
有効に、確実に使って欲しいものだね……。
「んー。この情報、非常に、そう、ひじょぉに有り難い情報でした。グレース殿には是非感謝の言葉をお伝えください。しかし貴方さっきマリオ閣下にとって一大事。と、言いましたわね。流石に過剰ではありませんか？」
「余計な物言いでした。お許しください。ただグレース様はテリカの忠誠心を危うんでおいでです。世の動き、今のテリカの待遇。そして今回テリカが示した将器の巨大さに人となり。
これらを合わせて考えた結果、彼女は独立を企んでいるのではないかと。其処へ支配者の証を手に入れたのであれば。テリカの燃える大望へ油が注がれ、閣下にとっても面倒ごとになるように」
ゲン担ぎの意味だけでなく使い道だって色々あるだろう。
例えばケイの貴き血筋に誇りに思つ閣下へ渡せば大いに喜んでくれるはず。
もしかしたら判断を間違える程。それもシウンにとっては嬉しくあるまい。
「在りそうな話ですけど、具体性が全くないですよぉ？」
「辺境におります私どもが掴めるほどテリカが迂闊であれば、此処へ来たこと自体申し訳なく思います。
ただ彼女の最も信頼する軍師グローサ・パブリが此処に居ない事を案じています。
シウン様がこの同盟軍を見てる間に、テリカが望む江東の地で事あれば兵が集まるような手配に加え、閣下がテリカを派遣したくなる切っ掛け作り。例えば反乱を起こさせ州境の村々を襲わせる。そういった地ならしをしている心配はありませんか？
またテリカがマリオ閣下も欲しがる宝物を手に入れていたら。事件が起こり誰かを派遣しなければならなくなった時、宝物を献上して己の
かくして水上戦を得意とする虎が長江によって守られた要害の地へ放たれて力を蓄えれば。全土の諸侯にとって容易ならざる事態となりかねません。
この事に関してご承知とは存じますが諸侯がこの同盟軍へ集まっていた頃、グローサが病気と言って屋敷に引きこもっていたのを特に怪しんでおります。
また同じ時期テリカの望む地域でされていた兵と武具の準備を。いや、これは盗賊相手の準備かもしれませんが。
……それで、グローサへはどの程度の監視を？」
今、舌打ちしそうになってた。流石リディア。推測は当たってるみたいだぞ。ご承知では無かったと見える。
「……今回の同盟軍分の兵糧を集め手配する苦労を語っても手落ちは手落ちですわね。でもグローサがそのつもりであろうと、信頼できるテリカの配下が残り全員ここに居るのでは不可能だと思いません？」
ゲ。マジかよ……。
目的の場所は遠方。グローサが行くにしても長期間はバレる危険性が高すぎる。文を届けるだけでさえ此処までの密書となると私なら家臣でも嫌だ。同志でなければ。他にも色々あるはず。一人では不可能に決まってる。
突然話が胡散臭くなっちまった。
とにかく謝ろう。席を立つのは静かに。床で両ひざをついて頭を下げ……。
「それは……存じ上げず。どうやら分を弁えずシウン様の時間をとってしまったようで誠に申し訳ございません。お詫び申し上げます。平にご容赦を……」
待つ。決して頭は上げない。頭巾に隠れている首筋を見せる。
……流石に首を飛ばされたりはしないはず。
何かを拾ったらしいってのは本当なんだから。
「……とぼけてるのだとしたら貴方大したものですの。さっきのは嘘よ。主だった者が数人来てません。
元江賊で民草に紛れ裏で動くのが得意なネイカン。それにテリカは江東一帯で大きな名声を持つショウチと日頃親密に文を交わしています。……グローサと南方の者どもまで探っておいてそのような態度、不快です。早く座ってくださいな」
こっちの情報不足を責めて頭を下げさせたってのに酷い仰りようですよ。
だが、
「とぼけておりません。調べ難い事が多々あるのです。私どもが辺境の者であるのをご承知ください。しかし……そこまで教えてくださるとは。よろしいのですか？」
そう。大変有り難い情報だった。出来れば今すぐに書き残したいくらいの。
特に隠れて動くのが得意な人物の存在と名前を他所の人間へ伝えるのは過剰だ。……逃がさないから教えて良いとか嫌よ？ シウンの目に利益無いでしょ？
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