ビビアナ軍砦から撤退

 うぬ? 外が騒がしい。深夜に大迷惑な。……あれ? この天幕の中にまで誰か入ってきてた。何という恐れ知らず。我が上司の眠りを妨げるとは。

 うぁ~眠い、です。でも何かあったのだろう。一応着替えて、お部屋へ行きま、あら外へ向かわれるお方と目があってお頷きに。問答は無用か。後ついていきましょ。


 全員起こしの鐘は鳴ってない。なら敵襲とかでなく……レイブンの大天幕に灯りがついてるね。と、ラスティルさんが走ってこちらへ。軽装でも武装してるとは早くてご立派。では中へ入ります、おっと。何人もに指示してた。入口で待たないと。


「ん。以上だ。用を命じた者以外、下がって寝てよい」


 気が利くじゃん。後はリーアにお任せしましょう。


「状況は如何に?」


「見張りの者が砦から多くの人馬が動く音が聞こえたと報せてきた。他は闇で何も分からぬ」


「全面撤退、でしょうな。……退く時刻としては中途半端で急に思われます。ランドでビビアナに何かが起こったのやも。様子を見たいところですが……暗闇の中で他所の斥候に敵兵と誤認されましょうか」


「うむ。それでラスティルを待っていた。軽騎兵を準備させている。率いて調べて欲しい。言うまでも無いが交戦は厳禁とする」


「承知。何が起ころうとも反撃せず見るだけにいたそう。ではな」


 そう言って駆けて出ていくラスティルさん。たなびく金髪がカッコイ……もしかして、この金髪で目立つから夜の斥候に選んだんでしょうか?

 何にしても後は報告を待ち。補給部隊が動く話でも無さそうだし、寝直せそうか「一つ献策を。今すぐに―――いえ、悪手で御座いました。これにて失礼しても?」


 ええぇえ。酷い。レイブンの顔が引きつるのも当然の仕打ちを。


「休んで欲しいとは思うが、せめてどんな悪手か教えてくれぬか?」


「お聞きいただくに耐えぬ話なのでご容赦を。ただ老婆心ながら一つ。本日の昼には追撃の令が届くと思われます。急報が無いと決まり次第、兵たちが起きた後、兵糧を遠方へ届ける準備をするよう指示してお二人ともお休みなされませ」


「あ、ああ。そう、だな。……なぁ、本当に他に何もしなくて良いのか?」


「はい。では、これにて失礼を」


 もやもやしても気にしない事よ。私も寝かせてもらいます。残業有難うレイブン。

 私は歩きながら聞いちゃうけど。


「お聞きしても?」


「子知恵の効く子供が策で溺れる話にて恥なれど、お尋ねとあれば。

 ラスティル殿が帰り次第テリカの許しを得ずマリオへ早馬を飛ばしたら。と小細工を考えたのです。

 さすればマリオは誰が盟主か分かっている者の存在を知って安堵する。テリカにとっても良き行いであり、我らは両方からの心象が良くなりましょう」


 お、おお? ……―――おお。良い案だ。


「やった方が良いように思えるんですが……」


「はい。しかしレイブンとラスティルからこのような考えが産まれるかは微妙です。下手をすると傍に二人へ直言できる小賢しい者が居ると悟られる。

 この兵糧護衛部隊の信頼は実直で単純明快な者二人に指揮されているが故大きいのに小さな利で損なっては。危うい所でそう気づいたのです」


「ほ……へー。仰る通り、ですね。リーア様は素晴らしい。感心しました。眠れなくなってしまいそうですよ」


「何がでしょう。恥そのもので御座いますのに。夜でなければこの顔が火よりも赤くなってる様子をご覧になれます」


 真面目そうに嘘コキやが……冗談か? どうでもいいや。今はさっさと寝たい。


「そりゃ十年後のリーア様なら口にも出さなかったかもしれません。しかし余計な事はよくしてしまうもんでしょう。私もやらかした覚えがいっぱいあります。

 なのに途中で自分で気づいた。普通の人が歳をとっても思い出して恥ずかしがるような経験を、失敗せずに得たんですからねぇ。私もかくありたい物です」


「ふむ。物は言いよう、で御座いますかな?」


 ふぅ天幕についた。寝床ちゃんが私を待っている。


「御座いません。常に自分を顧みるのは中々難しいんです。ご自分で実感がわかなくても、何時か顧みらず失敗の突進をする人を見て分かりますよ。……ま、リーア様の為にはそんな人に会わない方がいいですね。そう祈って寝ます。お休みなさい」


「……はい。良い夢を」


******


 寝足りん。何時もより騒がしくて何度も起こされた。でも我慢しなきゃ。私らは兵糧を運ぶだけで良いけど他の所は追撃中なんだ。

 しかし……報告では昼より夕方の方が離されてる。騎兵で追ったのに早くね? なんでだぜ? と思った時に尋ねる人は決まっている。

 リーア様は本当に頭の良いお方。どんな難問もその英知でイチコロという訳よ。


「追撃隊からの報はありませぬが、前準備をそれだけしていたのでしょう。野営予定地で先にできる事をしておき、可能なところでは道を塞ぐ準備も。

 ホウデが好みそうな地道で堅実さで御座います。彼女はこちらへは全く姿を見せなかったのも、その準備に追われていたからでは」


「それはご立派。となると追いつけませんね。追撃戦が無いと仰ったのはこれが理由ですか?」


「いいえ。この準備は主君の元へ疾く駆ける為と言い訳出来るランドまでかと。

 それ以上は全軍撤退の準備となりビビアナも不快でしょう」


「えっ。退路を整えて不快って……感情は自分で何とかしてじゃ駄目なんです?」


「……語弊がありました。兵の前であからさまに退路を見せては必要な必勝の意思が乱れるのです。

 以前イルヘルミは必ず退路を準備していると述べておりましが、それも兵たちには分からぬ様にしていましょう。……加えて一つ。主君は多くの問題に苛まれるもの。感情に配慮するのは臣下の義務で御座います」


 ……あ、当然の話だ。臣下はいっぱいいるけど、主君は一人。しかも出世の為だの何だので臣下皆が気を引こうとする。二十四時間しか無いのに一人十分話を聞くだけで寝るのも無理になってしまう。

 自分だって倉庫の上司に相談する時は精神と体力に余裕がありそうか見てたのに。……頭悪いってツレーな。


「考えたら当然の話でした。すみません」


「いいえ。さていよいよ王都ランドに入る事となりましょう。さすれば王都に残っていた諸侯の手先まで加えて、参陣している者の交流やきな臭い動きが増える。以前そういった物を調べたい。と、仰っておられましたが、何かお考えでも?」


「考え……という程はありません。何かあれば一応知りたいな。くらいです。

 私たちの方針はこの軍の行動に左右されませんしね。藪蛇にならない範囲で、用心として調べられたら、と」


「それでは誰と誰が会ったかが限界。詳しい会話は全く分かりませぬが?」


「リーアさんにお任せですよ。一番は例の同盟する相手の話が知らない内に不味い人たちへバレて、宿舎を兵に囲まれていた。なんてならないようになんです。後は物のついでですね」


「そのご心配はわたくしも常に気を付けております。とにかく承知致しました。仰られた方針も概ね同意ですし、良いように致します」


 お願いします。頼りにしておりますです。

 これで何か面白い情報が入ればいいけど。ま、無理だろうなぁ。

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