リディアにテリカを尋ねる

 腹減った。楽しそうに機嫌よく話されたテリカの武勇伝は聞きごたえあって良かったけど……此処に来る前もうちょっと食べておくのでした。

 う、馬の振動がすきっ腹に響く……ん? リーアが馬寄せて。なんでしょ。


「ダイ、先ほどなされた退去の礼、また以前指摘した癖が出ておりました」


「あっちゃー……。有難うございます。後で要点の確認をお願いしますね」


 日本の礼儀の癖が疲れてると出ちゃうんだよなぁ。と、レイブンまで馬を寄せてなんだね。私の失敗を煽る気かね。


「リーア、某の礼にも問題があれば教えて欲しい」


 違った。他の人が間違ったと聞いて自分のも気になるやつだった。


「いささか。しかしレイブン殿であればあの程度はよろしいでしょう」


「な、なぜ? 正した方がよかろうに」


「貴方は優秀な辺境の将です。そのような者が無駄に礼節に明るくても良くはありますまい。結局は信頼されるために礼があるのに、余計な真似となりかねず」


「ならばダイもそうなのでは?」


「下級官吏であれば上位への礼節を間違えるのは少々珍しき話。周りに埋没するのがお望みでもありますので」


 はい。只管感謝をするのみです。


「そんな物か。しかしテリカ殿も心労が多く大変そうであったな。今一度戦い功を上げたいようだが……。

 ビビアナもマリオ閣下の兵との挟撃を許すほど愚かではあるまいし、次の戦いはお互いに兵を合流させて王都ランドの前あたりであろうか? 或いはビビアナに追いつけずもう戦いは無いか」


 合流したらビビアナの方が少ないんでしょ? 負けての撤退は最悪だからあちらが頑張って逃げるんじゃないかな。


「戦いはありますまい。ビビアナもランドにて暗殺されるような愚はおかさぬでしょう」


「「は? 暗殺?」」


「……。ご存じのはずですが、ランドに居る頭の固い名家の者たちを抑えるのは並大抵ではありませぬ。未だケイが戦乱の中にあると認識してない者さえ居るでしょう。ビビアナがどのように対処しているか詳しくは分かりませぬが、少なくとも皆殺しにしたとの報は無い。此処まではよろしいか?」


 はい。師よ。続けてください。


「先の戦いにおけるけが人で我らは苦労致しました。ビビアナも致しましょう。

 今頃必死になって黄河を使い先に領地へ帰しております。この際、必要な警護の兵ですが、前線から割けない以上ビビアナ直下の者を使うしか御座いません」


「あ、それで守りの薄くなったビビアナを、ランドに居る名家の者が襲う?」


「おおよその名家は自分たちを差し置いて帝王の隣に居るビビアナを苦々しく見ております。そのような者を敵とするマリオ閣下の大軍が眼前に来て、ビビアナの背中が目の前にあれば。

 打倒し、若き帝王を救い出して閣下の陣営に駆け込み比類なき功を上げよう。等と考える輩が雨後のたけのこになるは理の当然」


「そっか。ビビアナへちょっかい出した後逃げ込む場所との距離が近くなるほど、事が起こる確率が高くなる。ビビアナもそれを知っているから全力で撤退すると?」


「はい。あちらに居る軍師のホウデがこれほどの危険を許容する訳も御座いません」


「な、成程……。なら―――王都ランドから黄河の渡し場まで逃げているビビアナの大軍への追撃で戦いが起こるか? 王都とマリオ閣下が同じ方角に居ればあちらも戦う気になりそうだ。ビビアナの撤退の速さ次第ではあるが……幾ら多数の船を持っていても、ビビアナの領地まで兵を往復させていれば追いつけるだけの時はあろう」


 あ、それグレースの判断次第だ。最高に恩を売れる状況にはなったが、あの大軍を見た後だと領地を通らせて逃がすのはかなり怖いな。

 通るより奪っちゃおう。と、ビビアナが考えたらヤバ過ぎる。その場合はジンさんがビビアナの食料と後方を荒らしてくれるはず。だけどトーク姉妹は知らないし。

 んーむ。こっちに来る前、姉妹にビビアナを助けたら? と言ったのは軽すぎた反省。大軍見るまで危険意識薄かった。助けた方が、良いはず……なんだけどねぇ。


「お言葉ごもっとも。ただわたくしは恐らくレイブン殿より戦いが起こり難い。と考えております。―――理由は、申し上げますまい」


「な、何故? 話してくれても良かろう?」


 えぇえ。まだ学んで無いの。少しは気になるけどこのお嬢さんへの反対は生半可な覚悟ですべきじゃないってばさ。


「他所の者と話をする度に、テリカ殿を始め上の方々が困る噂を撒いたのでは? と、不安になりたく御座いますまい?」


「ぬぐ。……分かった。どうせ我々は戦わぬしな」


 うむ。良い見切り。とりあえず帰りましょう。

 天幕に帰って足を洗い、腹減ったけどもしかして。と、リーアの所へ行けば……やはり昼飯が二人分。そしてこちらを見て頷かれるお嬢様。

 読まれてるのか、直ぐに相談する知恵はあるとの期待か。とにかく頂きます。


「ムグムグ……あ、これ美味しい。リーアさん、テリカを見てどう思いました?」


「どう、とは? ダイ、口の中に少しでも食べ物がある時喋ってはなりません。気が急いた時こそご用心を」


「う、はい。ごめんなさい。その、以前してくださったテリカのマリオから離れる意思の話に何か追加があるかな、と」


「それでしたら独立するという予想が高まっております。せざるを得ないとも」


「せざるを得ない、ですか?」


「此度の戦い、マリオはテリカに名を成す機会を与えたくなかったと思われます。しかしこの戦は絶対に負けられず、しかもイルヘルミより目立たなければならない。故にテリカを使いました」


「それは、分かります。そしてテリカは任された仕事を十分に果たしているように見えます」


「はい。先日の合戦からも分かるように彼女はマリオ配下の将の中で頭抜けている。つまり力を与えるとマリオは勝てないのです。元より主君より優秀過ぎる配下の運命は身分の剥奪か、命の剥奪と決まっております」


 ……。

 主君より優秀過ぎる臣下がこう言うのは……私の反応を……いや、一般的な話だ。

 何とか顔に出した感じはないし、このまま流そう。

 私より優秀だから、なんて理由でリディアをどうこうするつもりなんて無いのに、言い訳したら自意識過剰ですよ。

 何度か主従は何時でも交代するって言ったしね……。


「んー……。望み通りテリカに江東の地を切り取り次第で任せてしまうのは駄目なんですか? そうして同盟関係に持っていくというのはどうでしょう」


「良い手です。テリカに大恩を与える事になりますし、上手くやれば無上の結果となるでしょう。望んでいる江東の前に我らが食料を買ったオラリオ・ケイを討伐させ、かの領地を押さえてからとしても良い。かの者は間違いなくテリカの仇でありますので、喜んで戦いましょう。

 ただその父フォウティを謀殺したという噂が邪魔になりますな。江東の地を治めてテリカが力を付け、敵討ちに来られては堪りません。それにマリオから見て江東の地は時間があれば己の力で手に入る地。

 広く見ればビビアナや他の諸侯と戦うためテリカの力は非常に有用。なれどその為にマリオの意識としては手に入れたも同然の地を、現在配下の者に与えるのは難しい。しかもその者は今持っている物さえ奪いかねないのですから」


「はー。多く持ってる人は何時の時代も大変ですね。それを奪われるのではないかと疑い、周りの人間もそう思ってるだろうからと金持ちを信頼出来ない。毎日多くの問題で頭が痛そうです」


「……故に、富や名声をお求めにならないのですか?」


「え? ああ、違いますよ。現状で十分満足なんです」


 この国の贅沢なんて見栄の一言。いや、二十一世紀でも大して変わらないか。

 とにかく生活の質自体に変化が薄いんじゃ贅を極める気になれん。

 部屋の中に池と立派な彫刻があったらその面積分冬寒いじゃん。


「……そうで御座いますか」


「そうで御座います。で、テリカが独立を望むと感じた理由、他にもあります? 条件としては分かります。しかしマリオの行動次第にしか思えません。共通の危機がある間は今と同じ程度の関係は保てそうに思えます。もしかしたらマリオがケイ全土を統一するまでもです」


 中国史上最強の戦略家説のある韓信だって敵を大体殺すまでは重用された。マリオとテリカもせっかく出来た協力関係は維持した方が賢いと分かっているはず。


「仰る通り。結局は二人の信頼次第となります。されどテリカが待つより己の動きで変化を作ろうとする攻撃的な人となりなのは明白。

 加えて彼女の視点は眼前の戦のみを考える将ではなく、領主としての物。大望があるに相違ありません。配下の者たちも非常に優秀。しかも家族同然に親しい様子。彼らに良い褒美を与える為にも。と、多くの動機がテリカを焼くと考えます」


「ふーむ。マリオの機嫌を伺っているのも独立する準備ですか」


「前提としては自己保身でしょう。ただ……先日のグローサに準備をさせているという話、更にあり得る。と、感じました」


「そうですか……」


 環境、現在の行動を分析し、最後にその者の性向から確度を高める、か。

 頼りになりますねぇ。

 勿論必ず当たる訳ではないが、自分の感触だけで考えるのとは比べ物にならない。

 私の感覚はこの国だと異端だし。


「所で近い内にはまず関係を持たないテリカを、大いに注目なさっているようですが何かお考えでも?」


「何時か関係してくるかもしれませんでしょ? その時人となりを見られないかもしれませんから。後は……目を引かれたのだと思います。この軍の大将だと言う以上に目立ってるような? これが英雄というものなのでしょうか?」


「でしょう。優れた容姿や振る舞いがあり、人の注目を集めるのは英傑に欠けざる要素。さもなければ力を得られません。今後彼女のような者が勢力を拡大し、歴史を作り、死ぬ。良い見物を期待しております」


「……なんか、他人事みたいですね?」


「はい。優れた振る舞いとは往々にして死に易い振る舞いですので。行動を周囲の耳目に縛られもする。魅力的とは言い難い。

 蛇足と承知で申し上げればわたくしはテリカを高く評価しておりません。かの者は有能が故に魅力があり人を集めておりますが、その有能で問題を大きくし、敵を作っている。思い切りも足りませぬ。せめてマリオの、敬慕する親の仇の子を産んで大切に育てればよい物を。戦いで十度勝つより良い結果を招きますのに。

 周囲の臣下もテリカを大切にし、心を慮ってこの程度の提言さえ差し控えていると見ました。言い方を変えますれば自分の情感を制御しきれぬと見られている。これも又マリオとの関係を悪くする要因で御座います。

 まさしく僥倖により二十年生き永らえれば人物となるかもしれませぬが、まず短命に終わりましょう」

 近づきたく御座いません。巻き込まれて死ぬのは御免こうむりますので。と何時も通りの彫刻整ったお顔で仰いますか。


 すんばらしく見切ったお考えに、おっちゃん痺れちゃう。

 そうだよな。痛いのキツイの言って優しくしてくれるのは一般人だけ。賢い人は悲惨な話なんて馬鹿に聞かせて同情の金を集め、懐に入れる為の道具として使う。


 英雄が皆死ぬのもその通り。

 日本の戦国時代も織田信長、武田信玄、上杉謙信。山ほど英雄が居たのに結局天下を握ったのは信長の舎弟であった狸。

 恐ろしい奴、カッコイイ奴、強い奴。誰もかれも死んで、最後に残ったのはみみっちい奴なんだもん。

 誇張表現はあっても間違ってはいないと思う。

 地球の世界史、何時何処を見ても大体そんな感じじゃないかな。

 だが周り皆が成り上がりのチャンスだと浮かれてる時に、二十にもならない小娘がこれはヤベーっす。

 本当こいつが敵じゃなくて良かった。


「若さに見合わぬお考え、敬服致しました。所で、先ほどテリカが配下に十分な褒美を与えられてないと仰ったのは、遠まわしに私が皆様に何も与えて無いと注意なさってたりします?」


 だとしたら誠に申し訳も……、どうして指を立て片手で頭を押さえなさいます?

 ……下手をしたら恥ずかしいポーズなのに、めっちゃ決まってますね。貴族の風格なのでしょうか。


「……わたくしは日照りで困った時、雨乞いの祭壇を築かず川から水路を掘りまする。貴方様へ臣下の礼を取ろうとした時、ビビアナの所へ行けば十倍の富を得られるのが分かって無かったとお考えか? 一応申し上げますとラスティル、アイラの二人からも褒美の不満は一切聞いておりませぬのでご安心を」


 私の甲斐性への期待は雨乞い以下って言われてしもうた。


「そ、そうですよね。すみません……」


「そんな明々白々の事で疑うより、わたくしの食事作法へ刮目して頂きたい。ダイは同じ間違いを二度以上なさっておられましたぞ。……もしご不快でなければ、レスターに帰るまでの間出来る限り作法を指導致しますが? ただし共に食事をする必要が御座います」


 なんてこったい。様子を見ていたつもりだったけど足りなかったのね。


「それはもう、願ったり叶ったりです。お願いします。ただそのー、疑いというのは、何か誤解が、」

「お黙り頂ければ嬉しく存じます。作法の指導、不快だとしてもどうかご辛抱を」


 不快も何も、見捨てないで下さいとお願いするのみである。

 ……疑いなんて酷いや。ちょびっと文句あったら困るな。と思っただけなの、う。じっと見ないでください。疑ってすみませんでした。

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