テリカから昼食を招かれたレイブン

 朝の仕事を終え昼前にテリカの天幕へつくよう馬でぱっかぱか。普通なら少々日焼けが心配なほど良い天気。しかし覆面のお陰でそれも大丈夫。

 さて到着前に認識合わせしないとな。


「レイブン様、テリカからは食事に呼ばれただけですか? 他は何も?」


「単なる親善のはずだが……リーア、他に思惑があると思うか?」


「悩みは数多あれども思惑は御座いますまい。眼前の敵はマリオ閣下率いる別動隊に退路を断たれるのを恐れ、後十日以内には撤退致しましょう。

 ご存知の通り兵站さえ持たず撤退する相手への追撃は不可能。かと言って兵を回り込ませるような手も無く、一応程度に後を追いかけるのみ。

 今テリカ殿にとってすべての悩みはマリオの機嫌に帰結致します。そのマリオはこの大軍を長期間支えさぞ苦しんでおりましょう。なのに早くこの戦いを終わらようとも出来ることは無く。幾分か気落ちしてるやも。褒めてさしあげては?」


「ほぉ……む。兵站関連の担当となった時、配る度に管理の確認をし追加の補給は飢え死にしようとも承知せず、むしろ減らしていくよう厳命させたのは、テリカ殿の為でもあったのか?」


「最終的にはすべからく我らの為で御座いますが。兵は勿論将においても己の懐でなければ浪費する者がおります。例えば酒を相手の顔へかけるような真似、マリオとテリカが見れば深刻な怒りを買うは必定。

 この軍で強き立場である為には良き小細工かと。レイブン様が他所からマリオの犬なのかと愚弄された件につきましては、改めてお詫び申し上げましょうか?」


 おへぇ。私の性にあった指示だなぁ。と思ってたら。


「ぬぁっ! ……悪かった。某の考えが浅かった。しかし説明してくれても……ああ、分かっておる。酒を飲んで他所で話しそうだと言うのだろう。

 あー、で、だ。なら今日は好きなようにして良いと?」


「はい。もし何らかの要望を受け即答を避けるべきと感じた時には二度咳を致します。その場合は考えさせて欲しいと返答頂きたく。

 所で本日の食事、我らの分は茶のみでとお伝え頂けておりましょうか?」


 え!? 偉い人たちの会話にケチ付けつつ美味しい飯が食えると思ったのに!


「ああ、適当に理由を付けて頼んだ。……ダイの方は顔が見えずとも残念と分かる様子だが、良いのか?」


「食事の仕草でわたくしが貴族だと知られかねませんので。ダイも作法が少々不安定。印象を残したくありますまい?」


「なる、ほど。……残念です。他所で作られる食事を食べたかったのですけど」


「お前、意外に食い意地が張ってるのだな。……すまんが残りを土産として包んでくれとは言いかねるぞ。流石に恥ずかしい」


 ば、馬鹿な……顔も見ずに。超能力か?


「まさか……心を読む力が?」


「リーアでもあるまいし……冗談、なのかそれは? お前偶に酷くわかりやすいな」


「単純な人物ですみません。残念ですが諦めます。美味しいお茶が出ると良いなー」


 ラスティルさんが態々嬉しそうに報告する美味しい食事を食べられると思ったのになぁ。飽食育ちは戦地が辛いね。人殺しより慣れないかもしんない。


---


 テリカの天幕に到着し通り一遍の挨拶。やれや……あれ? 食事の用意が三人分?  レイブン、テリカ、その横に居るちょい悪……横乳出し過ぎだろ。それでいて男性的にも見えるやたら高度な服装の女は確かリンハク。だけ。……宴席の食料ケチったのかな?

 む、レイブンが少し戸惑ってる気が。痴女ヤクザみたいな恰好の所為だろう。横に居るテリカが厚着気味な所為でより痴女く見えるもの。

 いえいえ。他所様のお偉いさんの恰好に文句はありませんとも。よろしくご歓談ください。私は服装に関心しつつお茶を頂きます。……あれ。これリーアが出してくれるものの方が美味しくね? 


「さ、て。レイブン殿。儀礼は尽くす気があるのは嬉しいの。でも何か言いたそうにしたまま黙っているのは不敬よ?」


 おや座るなり先制攻撃とは。でも放っておいてやれよ。若いなぁ。


「失礼した代理指揮官殿。しかし兵站将校の分を越えた事だ。申し上げるべきではないと思う」


「おやぁ? あんた鍛錬に混ざって代理指揮官様を地面にたたき落としたと聞いてるぜ? なのに今更分を越えたなんて言って逃げんのかよ」


 お、おお。何という雑な発音。大分お育ちの良い方だろうに見た目通りの喋り方とは。悪いお友達としょっちゅう一緒に居たのだろうか。


「リンハク。アタシの良い師にそういう脅しは止めて。でもレイブン殿、あの時のように話してくれると嬉しくはあるわね。建前が必要だと言うのなら命令すれば良いのかしら?」


「……御意。テリカ殿の服、なのだが。怪我を隠し、動きを悪くしてまで負担をかける事はあるまい。と、思う」


 へ? あ、テリカの顔に図星と書いてある。

 しかし怪我? そういえば紙一重の場所で指揮してた。けど動きに違和感……あったっけ。


「―――はぁ。リンハク。手伝って」


 服脱ぐんだ。わ、下着と本当にあちこち包帯だけ、うぇっ。血も少し滲んでるじゃん。私らは人じゃないとしてもレイブンは男換算だろうに良いんでしょうか。

 ま、まぁ幾ら立派なお体でも流石に鼻の下を延ばせませんけども……。

 

「有難うレイブン殿実は少し辛かったの。……恥を隠そうとして更に恥をかいたわね。他の者も小娘らしい愚かさと嗤っていたかしら」


「お言葉だが、どのような立場であろうと総指揮官の矢傷を見て愚弄する者こそ恥を晒しております。それに……あ~、当主ともなれば……その」


「やはり馬に乗らないと口を開きにくい性質? でしたら馬に乗りながらの食事にしましょうか。アタシもそれなりに慣れてるから遠慮は無用よ」


「……失礼を、先にお詫び致します。

 テリカ殿はこの戦いの前、故郷である江東が小さな諸侯の争いと果ては強力な山賊まで出て荒れていることをマリオ閣下に訴え、平定して領地にしようと兵の貸与を願い、断られたと聞いた。……それで目覚ましい功績を望んでいるとも」


「……下手をしたら兵にまで知られてそうね。ええ。願ったのは代官としての任命だけど。で、焦りが見えて無様だとでも?」


 激しくは無いが苛立ちが見えるなぁ。若く、周りからも散々言われてそうだし分かるが。しかし好意を抱いてそうな相手にもコレか。……レイブンの言っていた通り非常に攻撃的なお嬢さんなのね。


「無様と言うには某はテリカ殿の置かれている状態を知りませぬ。

 しかし先の戦と今の状態にご不満ならおかしな話だとは申し上げる。

 ビビアナとこの連合軍の戦いは正面から以外動きようが無かろう。何かの策を仕込む猶予も無く、今の状態以上に一体誰が出来ようか?」


「負けを、主君が忌み嫌う者の活躍で引き分けにした程度で満足しろと? いえ、マリオ閣下の機嫌をこうまで恐れるのが滑稽かしら」


「サナダ閣下は確かに目立ったが、全てはテリカ殿の功だと分からない者が居れば……笑うのみであります。

 マリオ閣下を恐れぬ者に至っては同じ陣に居たくもない。何といっても兵站を頼っているのです。某は戦場の矢に怯えた記憶はありませぬが兵站の話中にグレースやカルマ様の渋い顔を見れば身がすくむ。……複雑な事情もおありと思うがここは戦場。ならこれだけで十分では?」


「―――正直ここまで言ってくれるとは思わなかった。見るに見かねてたの?」


「とんでもない。どうにも口が滑りもうした。……昔、お父上の話を聞いて胸を熱くしていたのです。テリカ殿を見ると若き頃聞いた数々の話を思い起こす。

 それで、どうしようもないお悩みもあるだろうが、無駄な気負いを持たれているのは……あー、兎に角。戦場での傷はどんなに浅かろうと軽く扱うべきではありません。戦う者として当然の心得と考えます。……重ねて無礼をお許しくだされ」


 つまり見るに見かねてんじゃん。にしても人によっては怒るだろうがこれは、


「……父上に、似ているかしら今のアタシが」


 あ、思ったより更にレイブンの野郎急所を捕らえたのでは? 天然エグイわ。


「残念ながら某が知るのは噂に近い話だけでありますが。かつて頭に描いたお姿に限りなく近く。……違いがあるとすれば、優れた騎兵と聞いて人馬一体を描いておりましたので、それほどでは無かった事でしょうか?」


「え―――あは、アハハハハッ! 何それ。もしかして冗談のつもりなの? 馬鹿にしてるのではなくて?」


「……咄嗟に上手い言葉を作れませぬ。生来の武骨者にて」


「いやいや、レイブン殿は大した口達者だぜ。臣下の親しい者全員がどんなに言葉を重ねてもこの服一枚脱がせられなかったんだ。まさかトークみたいな辺境の武官に口で負けるとはね。このリンハク。敬服致しました」


「……辺境で悪うござったな」


「ああ、配下の無礼を許して。この服装の通り口の悪い女なの。

 所で名誉の為に言わせてちょうだい。父上は十分素晴らしい騎兵だったと思うの。南方の人間なんだから、立てるようになって直ぐ馬に乗り始める辺境で比べられてはたまらないわ。本領は両足で立っての剣技。特に船上でね。

 まぁ無茶な人だったのよ。成人して直ぐほぼ独力で船を何隻も持っているような江賊を潰そうとしたり……」


 上機嫌ですねぇ。お話も大変楽しいのですが、おのれレイブン。このお嬢さん邪魔なの。気負いまくった挙句潰れて欲しいの。なのに励ましちゃって。

 くそぅ。お茶が不味いぜ。

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