オウランの悩み1
皆、楽し気に自分の天幕へ戻っていきましたね。
大天幕に一人残った所為か、もの悲しい。……いえ、別に悲しくありませんとも。
「オウラン様。鞭打ち十回確かに。それと井戸ですがエクアへ宴の時にガンホウの欲しそうな方二つを返すよう言いつけましょうか?」
「ええ、そのように。鞭打ちをして不満は見えましたか?」
「いいえ。ただ組手を願われ明日、酒が抜けた後にと。……あ、と。オウラン様非常にお見事でありました。山を服従させ、皆も更に敬服しております」
「そうですねー。言葉を盗んでばかりでしたけども。『狼の獲物を盗む狐』のあたりなんて、共にトークへ行った者たちは笑い出す寸前だったのではありませんか? 所詮小娘です。自分では良い言葉が思いつきません」
「くっふっ。十分に経験を持っている長も真似ていたではありませんか。どんな馬に乗ろうと使えるかは技量次第。オウラン様は力を得ても誇らず、振り回されず。攻め方の一つとなされている。自分は日々敬服を新たにしているのです。
それにダン殿なら『学んで真似するだけで賢くなれるならケイは農民まで賢者だらけになるわボケ。知識を使って上手く行ったのならそいつが立派なんだよ少しは考えろ』と、仰るでしょう」
「は? ダンさんが? ……内容は言いそうですが師範へそんな乱暴な言葉は」
子供さえ怒らせたら面倒だと余程でなければ尻尾を巻く人ですのに。
「あの冬、自分が余りに愚かで疲れさせてしまった事が。それで口を滑らせたようで。すぐそこにある狼の敷物のように平たくなられてしまいました」
「まぁ―――。ダンさんもそんな失敗を。わたしたちがそれくらい出来の悪い弟子だったと言うべきか。……わたしにもそういうのを見せてくれて良かったですのに」
やはり師範は親しい。男同士だから? わたしの方がずっと歳は近いのに。
「……それで、何が言いたいのですか? 迷った顔を見せるくらいなら話してください」
「いえ、そんな。言いたい。と、申しますか。……残念でしょうから、お慰め出来たらと思ったのです」
……。
「残念な事は何もありません。上手くは行きました。期待以上かも」
「そう、ですか。なら勘違いをしてしまい。妄言をお許しください」
―――はぁ。わたしは、何を変な意地を。
「はい。そうです。残念です。メアリカにはわたしの夫、せめて種馬にしても大丈夫である事を期待していました。……違う意味でしたか?」
「その、種馬程度ではあまりにも、あ、はい。そのような意味で。
自分も知恵者のガンホウが誇る、若者たちの人望ある男と聞いて……オウラン様を支えてくれるかと期待していたのですが」
人望! 若者の! ああ、もう! この時点で駄目だと分かっていたじゃないですか。若者が好む奴なんてっ……希望を持っていたのが情けない。
「何故我らはこうなのでしょう。自分の氏族を大きくする事しか考えない。部族全体を見てるだけで類まれ。わたしが同じように考えていたら全員奴隷となっている事くらい分かりそうなものです。
その所為で夫を持てない。どいつもこいつも! 夫にすれば自分の氏族を優遇させようとするに決まってて! 問題が増えるだけの男なんて種馬でもごめんです!
男が長だと妻が嫉妬をぶつけて夫を奪うなと言う。女が長だと『子を早く持たれるべきですオウラン様。でないと戦う理由を見失いますよ?』自慢げに! わたしだって子を持ちたいに決まっているでしょう!?
お前を嫌う長を夫にしたらどうなるか考えも……と……次言ってくる者が居たらそう言ってやりましょうか……」
「その時は速やかに出した名前をお教えください。自分が言い含めてまいります」
「……いえ、言いません。多分。親はともかく子が哀れですから」
ん? 表情が。何か言いました……あ。
「前から言おうとしていたのですが、その考えはお気を付けください。子を前に出せば矢を放たないと見た時、子を千騎集める者がおります。オウラン様に逆らうなら子供であろうと処断することが結局は……む、お分かりなのに、お許しを」
「いえ、確かに今日は……マアゾンの話で無用に後悔を見せました。人は親切に慣れすぐ当然と思う。相手の苦労を考えもしない。と、ダンさんが言ってましたね。……自分の経験を少し考えれば分かることなのに、何時も忘れてしまいますねぇ。
はぁ……兎に角、子が欲しいのです。その為に夫が。せめて苦労を増やさない男が。武勇は要りません。戦士は余ってます。醜さも、多分、余程でなければ大丈夫でしょう。わたしと一緒に氏族、部族全体の争いを少なくするべく悩んでくれる夫。何処にいるのでしょう?」
「お父上の年齢なら、少しは居るようにも。子が強く産まれる歳となると……ジンですか。しかしトークと我らの仲立ちなど出来るのは奴くらいのもの。いえ、奴でもやはり自分の氏族を一番に……」
「ジンは仕方ありません。他に人は居ない。―――それに出来れば一緒に悩むだけじゃなくて、将来起こる問題のため手をうっておいてくれる、わたしが見えてない事を見てて、あのしょっちゅう問題ばかり言ってきて解決法を言わない老人どもを言いくるめてくれるくらい賢い人が夫だと……凄く、安らぐのですが」
「お、オウラン様。思いつく人物がただ一人になって……あー、うむ。
実に奇妙な話だと自分も思います。三部族で最も妻に望まれて当然の貴方様が、夫を見つけられず苦しむなど」
「はい? 師範、ケイ人の口の上手さを真似しだしたのですか? だとしてもその口上は止めてください。やっと夫になり三部族を手に入れようと考える奴らが居なくなったのに」
ふん。どいつもこいつも利益ばかり見て。それは良いんですけど。役に立つのなら与えるのは当然なのですから。
「いえ、ダン殿とお会いした時、そのように。オウラン様は美しく若く、頼りになる女性だと。共に羊飼いになれる男が居たら無上の幸運と思うはず。だ、そうで」
え―――、…………ふ、う、ううぅ。
「あの冬。少し、わたしを女と見てる気配を感じたこともあったんです。そしてわたしも、幾らかは。でも迷った挙句、ケイ人だし、長なのに下級官吏相手は、更には成人して直ぐ会えた相手より良い人が居るに……決まってるなんて……何も分かっておらず。どうでも良い事を気にして……ッッ!
一冬あったのですよ!? 幾らでも子を持てたのです! 産んでから悩めば良いくらいの知恵、何故無かったのか。
そうすれば今頃、悩みの二割、いえ三割は無かったのに!! もう、わたし、悔しくて、情けないです。この広い草原の何処を探しても見つからなかった獲物を前に躊躇する狼が居るものですか……」
「本当の狼ではないのですから、一冬で産めるのは……あ、いえ。
その、誤解させたとなると恐ろしいので申し上げますが、ダン殿はオウラン様の価値を評しただけで、」
「知ってますぅ! 分かってます! トークに行ってわたしも会いましたぁ!
女と見るどころか成長した娘を見る兄、いえ父親の態度でした。あれやこれやと心配して……ほとんど覚えてませんが母親みたいにも。そもそも自分より立場が上の女を妻になんて考えもしないでしょう。
だから獲物と言ったじゃないですか。わたしの氏族に居たんです。一人の天幕でしたし、夜のしかかって……、まさに狼のようにッ!」
「は、はぁ。その、トークへ行った時に夜お呼びになっては?
……次があるかは存じませんが」
「ふん。トークの監視はあるし山の事があり日数は無いしで無理でした。次もありません。どうせ直ぐ結婚されます。後は妻との面倒を嫌って逃げられるのですよ。
……キリから文が来たのです。まぁ、その、一応? ケイに良い男が居ないか探してみろと言ってあったので。
そうしたら自分の夫とするには貴族でも難しい。我々への蔑みが必ずある。ですって。トークの姉妹が男だったのなら或いは程度だと」
「でしょうな。トークの姉妹が男だとしても夫にしたなら兵を出せと言われ大変だったでしょうが」
「『種馬としてさえあの方以上は考えられません。みどもも不興を恐れておりますが、賢い子を産むためどうか許可を』ですよ。あの子の方がわたしより狼です。
思えば子供の頃から集団の長で。あの子とわたし逆だったらと思う時もあります」
「キリの資質は自分にも分かりますが、今ならともかく昔の長としては勇敢さが過剰でしょう。加えてオウラン様のように年長者を上手く扱えはしません。
それで……まさかご許可を?」
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