オウラン、三部族を支配す5


「まずは謝罪しましょう。貴方に考えていたよりも侮辱を与えてしまいました」


「は? い、いえ! あ、こ、このメアリカ心よりお詫びを。今更とお思われるでしょうが、オレも貴方様の話を聞いてる間に正しいとは感じていたのです。しかしその美しさ。そして我が父も及ばぬ賢さに焦り、どうしても貴方様の前で戦いたく。愚かな事を口に」


 お前の周りに居る女ならわたしより美しい者は何人も居るでしょう。

 近頃美しいと言われるたびに苛立ってしまうのはひがみ……なんでしょうか。

 ……ここに居る者どもの妻からは夫を誘惑するなと敵意を向けられたり。女の長の中には……うぅ。気持ち悪い。


「ならケイに尾を振って見せ、戦うのが水相手でも良いのですね?」


「お考えに従います。……一つ。どうしてもお尋ねしたく。どうかお許しを」


 嫌な予感が。せめて反逆的な話は止めて……くれますよね?


「この際好きなように言いなさい。わたしはその為に貴方方を呼んだのです」


「は! オウラン様には子も夫も居ないと聞きましたが誠でしょうか。或いは……ジョルグ様かジェベ様と子を成すおつもりが?」


「……こいつ執念深いのぉ」


 ゲイエス、ボルトとエルンも同じような顔。……他人事だと思って感心してませんか?


「ジョルグの妻とは古い知り合いで、夫を奪うような真似をする気はありません。何よりこの二人はわたしの両足。どんな意味でも揺れられては困るのです。

 皆にも申し付けます。二人が妻から不安をぶつけられ煩わせられるような事をすれば罰します。

 そして夫と子が居ないのは本当ですが、何ですか? 石女うまずめなら長に相応しくないとでも? 

 ―――お前たち、何ですかその態度は。わかりました。今後はわたしが石女と考えなさい。夫や後継者の話で起こる争いにうんざりしていたので丁度いい」


 自棄と言われようが知ったことですか。夫に相応しい男を見つけて奪ってでも物にするまで面倒が減って良いでしょう。―――うぅ。相応しい男が居れば……。


「う、石女? あ、いえ! オウラン様は三、これから四部族を支配するに足るお方なのは言うまでもなく。ただ、オレは……オウラン様に惚れたのです!

 貴方様に相応しい者など居るはずもない。しかし子を産むため仕方なく男を選ぶなら、最も近い者は、我が氏族を強くし必ずやオレが!!」


 ま―――うぅん。わたしだけを求めてるようで少し、嬉しく感じてしまった。

 一方で睨んでる者も居ますか。『氏族を強くし』と言えば当然。……だから貴方を夫に出来ないんです。


「今、石女だと言ったのくらい聞きなさい。……ジョルグ、後でこの者に鞭打ち十回。宴のため血が出ない程度に。

 貴方には妻も子も居ると聞いていますよ。……何か言いたそうですが、まさか親元に戻すと言う気ではないでしょうね」


「そ、その通りです。オウラン様への誓いを忘れぬためならば」


「止めてください。妻と子はわたしも恨むのですから。加えて貴方が妻を戻しまでしたのに。と、わたしへ恩を押し付けてくるのが目に見えてます。特に子は大事にするよう命じます。ああ、ついでに。弟が居るそうですが。賢いのですか? 仲は?」


「オウラン様から見れば。は当然として……賢かろうと。仲も悪くはありません。口やかましい奴ではありますが」


「ふふっ。知恵に自信がある者はそうなりますね。その者が本当に賢くなれるのか。愚か者同然の小賢しいだけの者かはわかりませんが、貴方に無い物を持ってるのなら親しくする事です。ガンホウ。弟も含めてよく教育を。

 わたしとしては羨ましい。小賢しいだけでも、武勇一辺倒の者でも良いから直系の血族が居ればとよく思いますから。そうすれば……どれだけ助かったか」


「……オウラン様、血族が欲しいのは更に力を求めちゅうがよな? 配下であるガンホウに教えて欲しか。貴方様は直ぐに三部族の長ちゃ。四部族も間違いない。しかしケイを攻める気は無い言うとなら、何が目的なんちゃ?」


「目的、ですか。―――メアリカが古のバガドルのように。と、言いましたね。

 かの方がケイの最初の王を捕らえて三部族に幸いをもたらした事、わたしも敬しています。ただそれも百年未満。少なくともわたしは産まれてから恩恵の残りを感じたことはありません。

 そして今わたしの力はバガドル以上ですが……栄光ではなく、少しずつで良い。長く我らの子に幸いを遺したいのです。

 しかしどうすれば良いかは未だ悩んでいて。我らの争いは実に愚かしい。十人と養えない井戸を争って百人が死ぬ。そういった争いを上手く収める習わしか。

 今一番期待しているのは金と銀を貯め、季節が荒れた時にケイから食料を買う仕組みでしょうか。

 また皆も知っているケイの争乱を不安に思っています。

 争えば疲弊しますが、強力な英傑を産み出しもする。騒乱で鍛えられた兵と将を持つ強力な王が産まれるかもしれません。

 ケイの諸侯の動きを必死で調べていますが、余りに広い。我らの中には河さえ見たことの無い者も居るでしょう? しかし此処から河までと同じくらい離れた場所にもう一本より長い河があるそうですよ。そんな奥にも強力な諸侯が居るのだとか。

 ……貴方方が、優柔不断な長と感じるのも分かります。

 しかし……ケイの者の中には恐ろしいまでに賢い者が居るのです。手段が選べなくなるまで息を潜めているのが最善。と、わたしは考えます」


「―――それは、トークの……賢者の事っちゃ? わしゃ噂で聞いた。トークには魔術を使う人を越えた賢さを持つ、数千年に一人の英傑が居ると」


 ―――わたし、変な顔をしてないですよね。

 ダンさんは何処まで味方で居てくれるのでしょうか。あの人から今も新しく届く戦いで負けない為に気を付けるべき事。あの中にある心臓が冷たくなるほど不味い内容を敵として使われたら……。

 ジョルグが敵になる訳は無いとの言葉をもらいましたけど……距離が、憎い。


「それは多分グレース・トークの事ですね。大軍師と呼ばれているようですが本人はそれほどではないと否定するでしょう。少なくとも魔術は使えません。もっともトークの姉妹は賢い方々ですよ。交易が上手く行っているのもそのお陰ですから。

 何にしてもケイの争乱はまだ方向性さえ見えません。なら我らが一番すべきなのはこの広い草原に住む馬と共に生きる者たちでの団結だと考えたのです。

 何か起こった時、皆で対処出来るよう。或いは……何かする時はより強い狼であれるように。わたしに統率出来る群れの限界まで大きく、強く」


 自分でももう少し確かな目標を持てないかとは思いますが……。少なくともジョルグ、ジェベ、トークに置いてるジンは同意してくれている。ゲイエス、も、多分?

 何ですかその汚い笑顔は。


「ん、ん、ん~? なぁガンホウ。お前が、オウラン様に相応しい者が居ると言ってたような……気がするのだが。誰じゃったか? 忘れてしもうた。もう一度頼む。

 ああ、それと昔お前『目の前の一族だけしか見ていないのでは犬。狼であれば群れを導く遥か先まで耳を向け、見えずとも鼻で匂いを嗅ぐ者でなければ』と言うたそうじゃな? 儂の所までお主の調子に乗った自慢が聞こえておったぞ。

 所でお前、河の向こうに居る諸侯なんぞ知っておったか? お前の言うケイとはスキトで終わりだったのと違うか? ん、ん、ん~?」


 ……わたしがさっきメアリカに謝罪したというのに。近頃クソ爺になってませんか? もしかして……。


「二十年近く前の話ちゃろうが……。ゲイエス、殿。前に会った時は山豚のような潔さであったと思うちゃちが。蛇に成り下がったとか? 老いてしもうた所為か?」


「ほぉ。恩人に対して調子が戻ってきたのぅ。しかし草を踏む音どころか屁も消せぬ儂を蛇とは者を知らん。この地にはなぁ、毒蛇みたい……。と、まぁ、つまりじゃ。

 どうじゃ。この方こそ儂の最後の長。狼の鋭い耳、目、鼻を持ち。厄介な老人の言葉を聞く心まで持っておられる金狼よ。儂は糞を集める事さえ栄誉と思っておる。

 精霊に感謝の祈りを捧げるべきじゃろうな? お前のような腹黒い奴まで群れに加える偉大なお方なのを」


 やはり悪い影響を受けてたのですね。しかも言葉を借りた相手を毒蛇。まぁいいですか。本人は怒らないに決まってます。しかしわたしが糞を集めさせたというのは聞き逃せません。明日忘れず問い詰めなければ。


「……少しばかり早く服従したぁゆうてなんかちゃ。

 オウラン様。わしゃが数々の慈悲を受けたんはこの爺ではないとわかっとうけん。情けなく思っとう。必ず喜ばせて見せるちゃ。なんでん言うとうせ」


「ええ。期待しています。

 皆、今一度言います。まずすべきは我らの結束。これから山の残りを。そして一度冬を越えたら水の者を服従させるのです。

 我らの上には数多の問題がある。しかし同時に子らに多くを遺す機会もあるとわたしは信じます。お前たちも力を尽くしなさい」


「「はっ! 長のご意思を成す力が我らにあるよう精霊に願います!」」

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