カルマが椅子の後ろに置いていた物2

「おや、予言者は間違いですが、私は庶人。言うまでも無く下種です。トークの地で生活しグレースさんのお陰で暮らせながら文句ばかり言い、少し放っておけば虫のように愚かな行動を取る下種の一人。しかし私はお陰様で少し貴方に近く、日々の苦労に感謝して気遣いが出来ます。実際四通一度に渡したでしょう?

 私は生涯一度だろう機会を使うより、追い詰められ苦悩してる貴方の悩みを増やさない方を選らんだ。比較的良い下種だと思いませんか?」


 苦虫を嚙み潰した。とはこの事だな。

 せっかく首脳陣と同等の情報を得られるようになったのだから、トークには出来るだけ長く存続して欲しい訳で。当然協力するし気遣いますよ。こっそりと。


 しかし散々考え散らかした結果とは言え、身分違いの女に情欲を抱く若い愚かな男。の台本はあからさま過ぎて爆笑されるかなと思えたけど……姉妹ともに道化を見る感じが無い。練習のお陰だろうか。

 恥ずかしい奴、下心だらけの気持ち悪い奴。どう思われようと評価が低下し、こちらの女性への同情と仲間意識で結局は仲良くなれる。はず。そうなれば……、

「下種と言ったのは間違いよ。……正式に謝りましょうか」


「へ? ああ、気にしてませんよ全く。私が下種なのは完全な事実です。更に個人的意見ですが、このトークで生きる者はすべからく貴方と比べれば下種。違うのは戦って傷つき死んだ兵たちくらいのものでしょう」


「あたしは、そんな……いえ。それより話が見えない。恩を着せたいだけ。ではないのよね?」


「はい。ご相談があるのです。私はリディアさんに何も与えられません。其処で彼女が望む限り領地運営の大事な仕事に参加させ学ぶ機会を与えてくだされば多分、彼女にとっては良い報酬だと考えまして。お願い出来ませんか?

 今はリディアさんを如何に重要な仕事から外すかお考えでしょうけど」


『あら分かるんだ』と言ったところだねグレース。流石に分かるよ。他の下級官僚の若者でも半分……三分の一くらいは考え付くんじゃない?


「出て行かれたら困るだろう。と、言う気なら確かにね。でもリディア殿に頼り過ぎない努力を咎められるのは心外」

 

「先ほどの口喧嘩を根に持ってるんですか?」


「彼女の危険さは明らかでしょう。しかも忠誠を誓っている相手は臣下でさえ無い呼び込んだ男。領地の仕事全てに関わらせられないのが不思議?」


「おや、彼女を呼び込んだのをお恨みで? そのご意見は賛成出来ません。

 リディアさんが外に居れば完全に敵。悪夢です。身中の虫でも中に居てくれた方がずっと良い。虫の機嫌によっては味方となってくれる可能性があるんですから。

 グレースさん、私を嫌うお気持ちは良く分かります。何せ、そう、ですね。私には貴方を愛人とし、リディアさんを使ってトークの領主になる野望の疑いがある」

 うっ、自分で言ってて笑っちゃいそう。笑顔を越えたら不味い頑張れ。

「しかし今すぐそうしない程度の賢さもある。くらいの信頼はありますよね? ほら、今も掴んでるのは尻ではなく肩。我慢出来る男なんです私」


 嫌そうなお顔でも魅力的ね。美人が得ってのはこの場合周りであって本人じゃないのだな。変な真理を理解してしまった気がする。


「滅びる時は逃げ出すと言う者が、今すぐ領主になろうと考えはしないでしょうね」


「その通り。私も此処に住み真面目に働いてもいます。今のご時世領主にとってはケイの全員が敵同然。その中で私たちは貴重な味方同然ですよ。まずは目の前。遥か先を見てリディアさんを用いず滅亡に近づくのは……ねぇ?

 彼女がこの領地に来た時、グレースさんはお疲れでした。私の手を握って喜んでくださったのを思い出してください。文官の長の仕事は多く、二人でした方がどちらにとっても良いのでは? 貴方が疲れ切って倒れたら私も悲しい。

 加えてグレースさんが貴重な経験をリディアさんに与え、恩師となれば。

 トークの配下になろう。という気にも何時かなるんじゃないですか? その時私をこの会議から追いだすと言われれば、黙って去ると誓います。元からリディアさん居てこその参加ですが、面倒を起こさないのは有難くありません?」


 軽く驚いてくれるか。未だに何故リディアが私の配下と言うのかさっぱりだしね。数年先トークの配下になっても私は構わんよ。外に出て行かれるよりずっと良い。


「臣下の忠誠に大した自信だ事。貴方の言う野望がその通りなら、トークを得るまであたしを含め大切にしたい。その為にもリディアを使えと言いたいの?」


 あはっ。それは良いね。おっと。つい笑顔が深くなって不快を買ったかな? これも良いな。下心満載の方が、同じ女性のリディアを引き離しやすく思えるだろう。


「そんな感じですね。もし逆らわず配下になってくださるのなら、重用しますよグレースさん。おお。そんな眉を逆立てて、お美しい顔の変化で楽しませてくださり有難うございます」


 わ、怖っ。目玉は動かさず、剣に手は……大丈夫か。綱渡り過ぎたかも。カルマは……怒ってるようには見えない。しかし考え深げに見られてる気が。いや、肩組んでる女性に集中すべきだ。でないと失礼だし刺される時反応出来ない。


「更に真面目な話をしますとね。誰かの配下になる覚悟をしておくことは、良い事だと思いますよ?」


 あ、更に眉間に皺が。幾ら美人でもお肌の皺は作らないよう気を付けた方が良いと思う。


「貴方の、配下になれなんて繰り言はいい加減にして。あたしたちは忙しいの」


「私の、配下になる覚悟が出来れば完璧ですねぇ。そうじゃなくて、どこまで戦う気なのか。という話なんですよ。この戦乱は何時、どうなるまで続くのか。そしてトークの目標は? とね。忙しくて、考えていなかったのではありませんか?」


 と、言うか殆どの人物は考えて無かろう。更に言えば行く所まで行く気でも、行きついた後どうなるかは考えてない。そんな暇のあろうはずもない。本当に必要な事をしてる人は何時だって目の前で精いっぱいなのだ。


「―――統一。ケイの領土全てを一人の領主が……。成程。考えていなかった。

 配下になる覚悟。ね。トークには決して統一出来ないと言いたいの?」


「トークはビビアナに滅ぼされる。と、今もケイ中が考えてるでしょうにグレースさんは剛毅ですねぇ。

 ただ私としてはそんな話でも無いです。トークがケイを統一しても、お二人と子孫に苦難を与えるだけではありませんか? 始帝王は三代で滅び。高祖アーク・ケイの子孫はどうなったか。先代も四十程度、その前は何代も成人さえ出来ずお隠れです。

 今代の哀しみに至っては直近でご覧になったはず。或いは子供である陛下の苦難を見て同情したのも、王都に残ろうとされた理由なのでは?

 一方でケイに敗れた者の子孫はほら其処に。元気いっぱい教育万全意気軒高。

 戦乱は生存競争同然ですから、負けられず勝ち続ければ覇者になります。しかし、屈辱を我慢して誰かの配下になるのも手の内。となるよう、今から覚悟を固めておいた方が良いんじゃないですか?」


 私って本当……親切。こんな為になる助言ケイ中探しても無さそうだよグレース。


「貴方―――庶人らしからぬ見識ね。感心した。……誰かの配下になるつもりは、まだないけども」


 え。……純粋にお褒めになってる。ついさっきまで中年オッサンに肩を抱かれた美女的表情だったのに。

 それはそれこれはこれ。なのか。ううむ、この意識の動き庶民ではあり得ない気が。おじさん感心。最後の締め頑張っちゃう。


「貴方の苦労に腰かけて産まれた時間での考えです。参考になったのなら無上の光栄ですよ。ま、何時かグレースさんに相応しい男となれるよう頑張っている訳です。運良くお助けするだけでは私の方から近づくのは難しいので。

 でも考えてみれば……一応私のお陰でリディアさんが来て仕事が楽になり、王都に行こうとされた時には下級官吏の分際。と、処罰される危険を省みず忠言しました。

 更に王都で失敗しそうだったので、戻って来る動機の一助に。と、恥を我慢してあの箱を渡し。無策で帰ってきて戦いで負けるだろうと推察し、下手をすれば殺されるのにオウラン様へ厚かましく援軍をお願い。

 いやぁ、リディアさんの助言あってこそでも、中々の男じゃありませんか?

 そろそろグレースさんに好意を抱かれても良い気さえするのですが。勿論、夫にしてくれなんて言いませんよ。でも、私の寝台で気晴らしをするのは悪くない。アイラさんの家には他に誰も居ません。噂になる心配もなく軽く火遊びをして気分転換。どうですグレースさん」


 私の笑顔どうかな? うん、能面のような表情とはこの事な気がする。

 良い主張……だろう。体が欲しいとなれば命を狙ってるという一番良くない誤解をされ難くなる。

 日頃全く接点が無いのだから問題にもなり難い。それに向こうの反応は、

「実績があるのは素晴らしいわ。でも、女を寝台に呼びたいなら。相手の苦い思い出を笑顔で語る下劣さから何とかすべきね」


『互角と思うなよ』ですかね。やれやれ。正に浅知恵という感じでも精一杯か。姉妹がリディアを重用しようという気に……なってくれると良いなぁ。

 私の配下で危険人物そうだから。と閑職に追いやられ不満を持ち出て行かれたら。ただでさえ私を知り過ぎてるのに更に色々と話してしまった今、非常に困る。道中でこっそり処分も彼女は無理そうな感じがするしな。

 さて、いい加減解放しますか。最後まで剣を抜かず有難う。意外に筋肉のある良い肩だったよグレース。忙しく疲れてても鍛錬を頑張ってる証拠かな。高い意識を持ってる方にはほとほと感心させられる。


「貴方を助けられたことが嬉しい笑顔。のつもりでした。ご不快でしたら謝ります。でも、何時でも寝台に来てくださって結構ですよ。浅学非才の限りを尽くして良い時になるようにします。

 さ、て。グレースさんには不快な時間だったようですし。お二人には下種の恋路を見るだけのくだらない時間を取らせてと申し訳ありませんでした。これで解散と願っても良いのでしょうかカルマさん」


 ジーっと観察されてた感じがしたのは困りましたが、最後まで黙って見ててくれて有難うございます。お仕事頑張って、

「二人は部屋を出ると良い。ダンには残って貰おう。話がある。……リディア殿、傷つけはせぬ」


 え。何の話があるの。私、もう帰りたいで……あ、リディアが例の箱を持って二人が出て行っちゃう。新人らしく荷物持つとか彼女の常識にあったんだろうか。意外だ。って、本当に二人っきり? ……本当に傷つけない? 


 お立ちになって……近づいて……え。更に?


「む? ……ああ、成程」


 腰の剣を鞘ごと落としてくださったのは有難いですが……どうゆう事。って、又。


「何故距離を取る。……ワシは領主だ。暗器などは持たぬ」


 私は領主になっても持ちますけどね。そもそも貴方素手でも私殺せるでしょ。


「畏敬の念に押されてるのです。カルマ閣下の影を踏むのは恐れがましくて」


 だぁから近づかないで! 何か変な感じがするし!


「よく咄嗟にそんな言葉が出て、ああもう。面倒だ。逃げるな。足比べをせねばならんのか?」


 うんこ! 美女は軽々しく近づかない程度の配慮はしろや。勘違いすんぞボケェ。


「御意。しかし話なら今少し距離を、取って、ヒッ! な、何故!?」


 前から胸当てた時点で血の気引いたのに尻掴みやがった。え、どういう事? 私への下心……ある訳無い。不思議そうなお顔。え、どういう事?

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