二領主との戦い3
戦いが終わり、後始末が始まる。
完全無欠の勝利。と言うべきか。偉い方々の試算と比べてどうかは聞いて無いが、こちら側の死者数、怪我人共に二倍の敵と戦ったにしては非常に少なく見える。
理由は二つ。こちらが防御主体でひたすら損害を減らすように誰もが頑張った事と、敵の誰もが負けたと感じた瞬間抵抗せずあっさり降伏したからだろう。人は眠さには勝てんのだな。
軍の総指揮を執っていた領主のオレステ自身は逃げようとするも、馬が絶不調であっさり捕まったと聞く。いや、オレステがフラフラしてたから。だったかな?
首脳陣は捕虜をどうするか苦労してそう。
そして私は雑用をしつつジョルグさんの使者への一時対応をしようと待ってる訳だが……遠くに馬に乗ったワイルドな方々が。あれだな。
彼らにはジョルグさんが一つ考えを託してるはず。上手く行くよう祈っとくか。
礼儀として顔を水で洗い、軽く身だしなみを整えてトーク姉妹とリディアが今も四苦八苦してるであろう陣幕の前に。
ワイルドな集団は十人ほどが馬に乗ったまま待ち、二人が下馬……しないでこっちに来る?
うわー。カルマが獣人と決して問題を起こすなとお達ししたので誰も止めないが、近衛の人が遠巻きに凄い目つきで……。
そのまま私の前まで来ちゃった。あ、此処でなら降りてくれるんだ。とりあえず恭しい感じで頭を下げて……。
うん。近づいてくる間のご表情から分かっていたが、正面から見るとお一人は……逸材だ。しかも天然もの。
彼の外見全てが凡百ではないと主張してる。素晴らしい。お願いしてはいたが、これほどの人材をお持ちとは……流石遊牧民。普段なら決して視界に入らないようにするくらいのお方である。
しかし不安はない。逸材君の後ろには何時も護衛してくれてた兄ちゃんが居るもの。ヤッホーと手を振れないのが残念。
そんな事をしたら、せっかく彼もこっちを侮蔑した表情で見てくれてるのに無駄になってしまうからね。多分演技だが本音でも一向に構わんぞ。
おっと。感激で少し呆けてしまった。挨拶しないと。
「態々のおこし有難うございます。ジョルグ様のご使者様でしょうか。私はトーク家に仕える者で」「それ以上口を開くんじゃねぇ虫けらがよぉ。てめーみてーなやつの名前なんて聞いたらこの俺の名が落ちちまうだろうが」
む、虫けら? うひゃーおう! 虫けら! 初めて言われちゃった! すっげ。交渉に来てそんな事言う人居るんだ。世界は広いよすっげ!
「はっ。ではご用件を承ります。約定から何か変更があるのか、ご書状か何かッ!?」
ツッゥア!? ……コンパクトに殴って来るわこのにーちゃん。痛い以上に驚いた。ある程度当たったつもりだけど、避け過ぎたかな? 少し訝し気。
気にすんな逸材さん。良い感じだから。注文以上だ。
「……口、開くなと言ったよな。見れば分かるんだよてめー負け犬だろ。いや、奴隷なんじゃねーのか。狼であるこの俺が負け犬と何かする訳ねーだろうが。さっさとてめーに合ってるご主人様を呼んで来い。……いや、負け犬にも使い道はあるか」
自称狼とな。十年前なら大爆笑なのだが、異文化的何かかも……って! 剣に手を……あ、大丈夫か。
「おい。何をするつもりだ」
「……手土産を用意しようかと思っただけっすよ。逆らったらどうなるか見せてやれば犬の群れには話がはえーもんでしょ」
「お前に任されたのは、戦利品の交渉だ。ど、……奴隷だろうが、相手の物を殺す事ではない」
いや、そこ躊躇しないで。仕込みがバレたら……うん。バレてないな。流石逸材さん。
「チッ……。分かりましたよ。―――おいぃ! カルマァ! グレース! 出て来やがれ!!!」
ぬぉ! 声おっきい! 素晴らしい! やはり迷惑な人は声大きくないとな!
しかし宣伝までしてくれるなんて、最高の逸材だ。惜しくなってきちゃった。
あ、半径数十キロで一番賢そうな三人様ちっす。私はスススッと場所を譲るので、良く見てこの逸材さんを。
「……ワシが、カルマ・トークだ。ジョルグ殿から戦利品の扱いについて確認の使者が来ると聞いているのだが、そなたらで良いのか」
「ああそうだぜ。戦利品は兵糧、武器、全部こちらのもんだ。それとあそこの負け犬どもから良い奴を奴隷として貰っとく。てめーらは南に敵が居るんだろ。さっさとそっちに行きな。邪魔だ」
う、うひょおおおおお! 独断! 専行! 有難うございます! 話纏まってるのに! 絶対ジョルグさんそーは言ってないのに!
な、なんという逸材だ。いや、様を付けるべき。逸材様だ。いと素晴らしきお方よ。
「はぁあ!? ジョルグとはこの戦いで得られる物資の八割で話はついてるのよ。しかも奴隷? 彼らはこれから我がトークの臣民になる。承知しかねる!」
お怒りのグレースも良いね。しかしそれ以上に……なんて馬鹿にした笑みだ。俺ツエー。お前ヨエー。との確信ババロワに、愚弄のアイスを上乗せ。更に育ちの悪さによる色々が賑やかにトッピングされたパフェだぁ。
う……。懐かしくなっちゃった。もー生涯食べられないんだろうなー。あのコーンフレークと器の構造でかさ上げしてある詐欺甘味。
「はっ。俺たちが戦ったからこその勝利だろうがよ。それにこの俺の軍が戦うのを止めるだけでお前らは皆殺しだ。死にたいのなら好きにしな。俺が弓を持つまでもねぇ。
ああ、その時は何とか生き残れよお前。お前みたいな身の程知らずのケイの女を、躾けるのが好きなんだ俺は。喜ばせてやる」
わ。わ。わあああ! マジでー! 私今の感じなお言葉、見知ってます。三流娯楽作品で! す、すごーい。
でも、ちょっと逸材様の気持ちもわかる。グレースの今みたいな生真面目さによるブチキレを見ると、数十年前に無くしたはずの女の子からかいたくなる衝動が復活するんだよね。
あ。何か言おうとしたグレースをカルマが手で押さえちゃった。
ちぇー。もう終わりっぽい。勿体ないなー。
「そちらの意志は承知した。ジョルグ殿によろしく伝えて欲しい」
怒りも見せずに仰るカルマは立派ですね。そして逸材様は最後まで素晴らしい。唾をペッとお吐きになった。
実に、有難いお方であった。……せめて後姿を見送らせて頂こう。
「どういうつもりであろうか? ジョルグは約定を守る男だと感じたのだが」
ムムム。ご討論か。背中を耳にして聞かせて頂きましょう。どうお考えですかあの逸材様から。
「物資を実際に見てジョルグの考えが変わった。配下の統制が取れない。幾らでも考えられますが、使者を送り確かめるしか御座いません。しかし明日に致しましょう。今日はまず野営の準備をしなければ」
「……此処の物資だけなら何とかなるわ。しかしウバルトの方まで全てと言われればどうするの? 領地を取るのが非常に厳しくなってしまう」
「お分かりでしょうが、臨機応変に。としか。両軍を打ち破るには彼らの援護が必要です。あの痴れ者の言う通り、ウバルトへの攻撃を止められるだけで我らは非常に辛い」
私が責任逃れしたい感を出して気配を消してる間に、お三方が少々暗い雰囲気になったまま陣幕の中に戻って行かれる。
済ませないといけない仕事は多いから仕方ないね。
落ち込ませてごめんよ。でも、多分後鐘一回分くらいしたら……。
と、言い訳しつつお偉方の視界に入らないよう雑務をする事半鐘ほど。馬蹄の高らかな音が。
あれ。早いな。しかもお急ぎだ。五十騎くらいか。
お三方も陣幕から出てこられた。一応参りましょう。と、お三方の小物感出るよう後ろに立って待つ。
騎兵の皆さんは逸材様が護衛を待たせた所で全員下馬した。そして一人だけこちらに。片手に……うん。やっぱり持たれてる。……わ。ジョルグさんじゃん。
久しぶり。怪我は……無いね。歩き方にも異常は無い。肌色も……悪くない、と思う。何よりも良い事。
と、これ以上観察は不味い。ちょっとビビってる感出して地面見てないと。
足音が近づい……しない。あるぇ? と、目の前に丸い物体がドン、ゴロゴロ。
……あー、やっぱりな。分かってたけど。勿体ねー。逸材様が、古式ブリカス風サッカーボールに……。
おっと。哀しみを押さえる感じで手で口を隠そう。ビビってる感出たら良いな。
ついさっきまで死体の片づけもしてたのに、ビビったら変な気もするが。
「カルマ殿、グレース殿。こちらの者が失礼した。これはとりあえずの誠意だ」
相変わらず渋いお声。偉くなったしモテモテなんだろーなー。
「まず……その者が戦利品を全て寄越せと言っていたのだが、約定に関してはどうなるのだろうか?」
「それを答える前に一つ。其処の……ソレだが。聞いた通りの立場に置かれるのか」
はーい。ソレでーす。名前呼ばないの良い感じよジョルグさん。ちゃんと壁に耳あり障子に目ありでお願いします。
「……うむ。オウラン殿がそう、望むのならば」
「望む。では戦利品だが、まずそちらが必要な分持って行ってくれ。残った物をこちらで使わせてもらおう。出来れば敵兵の武器と鎧をこちらの兵が欲しがる分与えてやりたい。その場合残った物はレスターまで運ぶなり指示をくれ。
それと、捕虜は領地を確保できるまでどこぞで労働させるのだったな? 連れて行くのと、見張りだけならこちらがしても良い。反抗する気も見えぬし、騎兵数百ほどで足りるだろう。他にも兵糧の運搬など可能な手伝いがあればしよう。
ああ、オレステ。だったか? そちらはこいつら以上に疲れてるはずだぞ」
おや。お願いしていた以上のお働き。有難うございますジョルグさん。さて、お三方は……。一人はやはり不明だけど、トーク姉妹は私が困るような訝しみ方はしてなさそう。ならば良し。
「それは―――良いのかしら。まるで……配下のような働きだけど。不快にならないかしら」
「自分が兵を態と怒らせて、トークを襲わせる。等といった事を心配してるかのように見えるが。間違いかグレース殿」
ええええ。地面見てて見えねーけどそんな態度なのグレース。マジーよそれ。
「す、すまんジョルグ殿。グレースは、妹は……疲れているのと、想像以上の申し出に混乱しているのだ。非礼を謝ろう」
「良い。多くの意味で急いでいるのだろうと思って言ったが、信頼出来ぬのも分かる。だが其処の首が言ったそうだが、我らが態々襲うまでも無い状態では無いのか?」
「その……通りだ。申し出、非常に助かる。其処までしてもらえるなら兵をレスターで一日休ませられよう。後ほど、助けて欲しい事を詳しく伝えても良いだろうか」
「ああ。出来なければ出来ないと言うので好きなように言われよ。例えば、ウバルト相手にも今回のように攻められるかは分からん。地形次第だ。自分としても兵に血を流せられん。面倒が増える」
「う、うむ。勿論だ。いや、そうだ。今日の援軍。トークの長として心より感謝する。……言うのが遅れたのを謝りたい」
「ああ」
「……二つ、不躾な質問をして良いかしら」
え。そーいうの止めた方が良いと思うな私。ジョルグさんも怒る時には怒るよ。私は何しても怒られた事無いけど、部下をクチャクチャに殴ってるの見た事あるから。
今のその人、立場変わり過ぎて私も舐めた口きく気無いしやめとこーよ。ブチ切れさせて真の実力出されたらトーク即死よ?
「有難う。まず、そこの首だけど。どうして使者にしたのかしら。交渉術か何かのつもりなの?」
いや、有難うって。ジョルグさん何も返事……頷いたのかな。でも本当不躾。やめよーよそーいうの。台本を書いた身としては変な返事しないか怖くてならないの。
「……こいつが、使者になりたいと言えば自分は止められなかったのだ。こちらにはこちらの苦労がある。我々のしている働きが、簡単なものだと考えてるなら止めてもらおう」
おお。良いお返事だ。私の耳には趣旨にあった返事に聞こえる。良いぞジョルグさんカッコイイ。
しかし本当にそうだったら不味いな。後日聞かないと。
「いえ、分かるわ。……もう一つ。どうして、コレをあんな立場にしろと? トークの者がしているのも、誰にでも出来るような働きではないわ」
はーい。コレでーす。こっちは想定内の質問。ジョルグさん上手い事頼みます。
「オウラン様はトークと深い関係を作るとお決めになった。だから我らもトークが生き残れるよう出来る限り協力している。しかしオウラン様は当然の不安をお持ちだ。トークが、何時我らを排除しようとするか分からぬ。と、いうな。
我らは風向きを知りたい時、草を放り投げる。ソレも同じ。トーク殿がソレをどう扱うかで我らへの考えが幾らかでも分かるだろう」
「……つまり、トーク家より。信頼出来ると?」
凄まない方が良いと思うんだグレース。多分実態としては相当間抜けな図になっちゃう。全力で隠してくださいとお願いした私が悪いから馬鹿には出来ないけど。
「言うまでも無いと思うのだが。十万の民の上に立つケイの貴族は、我ら草原族よりも重要視する物が幾らでもあるはずだ。オウラン様が少しでも態度を知る助けにしようと、より分かりやすい奴を中に置きたがるのも当然だと自分は思う。
他に何かあるだろうか?」
「―――いいえ。返答に感謝するわ」
んー。言う事無し。素晴らしいよジョルグさん。カッコイイ。もう貴方なら何十人の美女を囲ってても許しちゃう。女性としても私みたいなのの奥さんより、貴方の愛人の方が嬉しいに決まっ「なら一つ願いがある」て……あれ? 私が聞いたお話しでは全部終わってますよね出来る男ジョルグさん。
「ソレは、随分な大言を吐いた。だからトークがソレを始末したくなった時は、我らに出来るだけ傷付けず渡して欲しい。そうしてくれればオウラン様へ不満を抱いた者たちの前でソレを狼に食わせられる。派手に踊らせれば、幾らかの期間トークへ怒りをぶつけぬよう説得もしやすい」
……。あ?
お前……ジョルグそれ。台無しになりかねないよな?
――――――不味い。絶対顔を上げないように。手、足。全身をはっきりと認識して。怒りが……浮かんでないか確かめて。
「……裏切っても、一人差し出すだけで猶予が貰えるなんて。大した価値があるのね」
「……その時にならなければどうかは分からぬ。などと言わなければならんのか? 価値があるかどうかも自分に分かる訳はないだろう。我らを良いように使ったのだとしたら報いを受けさせる。それだけの話だ。ソレは表に出ないと聞いている。ならばそちらでは見せしめにもなるまい。ならばこちらに渡し、最後の気遣いをして欲しいと望んでも良いくらいの働きはしていると考えたのだ。
……切る時はそれまでの全てを無視して使い捨てるのも、今自分が言った事程度分かっているであろうに態々尋ねて面倒に思わせて苛立たせるのも、ケイの貴族らしいとは思うが。
そういう事なのか。グレース殿」
―――グレースの足が半歩下がった。……失敗した。私も怯えて下がるべきだったろうに。
だから怒りは不味いんだよ。……しかし、今も冷静とはとても言えない。面倒で苛立つだぁ早口ジョルグよぉ。それは、私が今お前に言いたい。拳と一緒に。
……いや、止めないと。怒って良い相手じゃない。
「ごめん、なさい。悪かったわ。そういうつもりじゃなかったの。……その」
「色々奇妙で、とでも言いたいのか。自分は面倒な事は分からん。オウラン様も必死にお考えだが良いように思えた事を成そうとしてるだけだろう。ただ目の前の問題に向けて努力するのみ。それが我らの生き方だ。トークなら、これくらいは知っていると考えていた。
援軍に来て、ケイの貴族を一々納得させ這いつくばり助けさせてくださいと言わなければならんのか。自分が来たのは友好の為であって、下僕になる為ではない。
……自分も疲れている。もう此処までにしてもらおう。先ほど言ったように、要望があれば伝令を寄越してくれ。後は……裏切るなり好きなようにするが良い。我らはそれに相応と感じるよう行うだけだ。だが、不意打ちだけは止めて貰いたい。それがお互いの為だと自分には思える」
言い捨て。という感じで去って行った。……私は、逸材様で作られたボールでも埋めますかね。
「やってしまった……。ねぇ、ダン。どうやったらジョルグの機嫌を取れるか、知らないかしら?」
うんあ? ……姉妹のお顔が少し青いな。リディアはアレだがこっちを見てるので、まぁ、三人とも真剣なのだろう。当然か。えーと……私は上機嫌。私は楽しい。逸材さん有難う。……ヨシ。
あの若造の機嫌ねぇ。私の持つあさーいボクシングの理屈を話したら、超面白がってたから多分戦い関連の技術について話すと良いんじゃないかな。
勿論今のはそーいう問題じゃなかったろうけど。
「ジョルグ様のような上の方々と、私的に話せた事ありませんので分かりません。ただ……遠くから見る分には大分真面目で忍耐力のある方でしたから、トーク領として誠実に対応すれば今怒ってたとしても、ため息一つで許してくださる。……と、思うんですが」
「……そうよね。それしか無いわよね。……貴方、一応使者として向こうへ行ってみる?」
縋るように言われても無理。私今若造の顔を見たら反射的に拳が出そう。
「誠実に対応というなら、きちんとした役に付いてる方を送った方が……良いと思います。戦時ですし」
「はぁ。それも、そうなんだけど。貴方、使えないわね……」
「はい。無能をお許しください。せめてこの恐ろしい首、葬ってきます」
んー。ちょっとベトベトしてる。髪数日洗ってねーなコイツ。うむ。恐怖に塗れた顔だ。
逸材様、聞いていた計画通りでも貴方が死んで悲しいよ。本当に有難う。お陰で、オウランさんとジョルグたちが草原族を纏め切れないと、この草原族の兵があくまで寄り合い所帯でオウランさんの勢力がそんなに強くない。と思わせられた……と期待出来る。
オウランさんには前からカルマたちへ自分を小さく見せられるよう色々と提案してきたが、貴方のような素晴らしい人材あってこその計画だったからね。
オウランさんが強大な兵力を思うように扱えるとなれば、カルマたちは当然の危機感を抱いて共存が厳しい。君は実に役立ってくれた。あの拳も良い仕事だった。私が情けない奴感出たと思う。顔にあおたんが出てくれるのを期待しよう。
しかし……若造のジョルグよぉ。全部台無しにしかけやがったぞあいつ。……会った時、マジ問い詰めねーと。……いや、だから不味いって。昔みたいに舐めた口効いて良い相手か分からないんだ。
……さっさと逸材様の首を葬るか。
******
逸材様が亡くなった日が、誰にとっても最も困難な日だったのではなかろうか。
後は全てリディアたちの計画通りとなったように感じる。
戦場の後始末はジョルグさんに任せてレスターにいったん戻り、怪我人を置いて兵を補充しウバルトとの戦いへ。
ウバルトはオレステより更に疲弊しており、ジョルグさんの援護さえ必要無かった。
一番の違いはこちらでもあった一騎打ちをしたのがラスティルさんだった事。
槍の一突きで殺すとという地味であっさりとした勝ち方だったため、兵士の盛り上がりは今一。
その所為でラスティルさんにしては珍しくブチブチと愚痴ってました。
槍とはそういう物だ。とか、武について兵達が分かってないとか……。
グレースの言う通り一突きで終わらせた美人さんに『少しは時間を稼いで敵兵を疲れさせましょうよ』と説教するのを我慢し、美しい一突きだったとか褒めた私は偉いと思う。
こちらの軍でも領主ウバルト自身が率いており、やはり捕虜になった。二領主とも真に全身全霊の戦いだった訳だ。
彼らには足元に穴を掘った私より、背中を蹴り飛ばしたビビアナを恨んで頂きたい。
後残るは全ての兵を出しきってほぼ無防備になった領土のみ。
降伏した者は採用、追放を織り交ぜ処置し、徹底抗戦を選んだ者は家族ごと殺し。と、上手い事やったようで初戦から二か月たった今は最終目標オレステの領土最大の都市に全軍がいる。
これからは文官を必至こいて安心させ、領土を掌握する作業になるようだ。
私にとっては遠い高き地位の皆様のご苦労である。お疲れ様です皆様。私も給料分は真面目に働きますよ。
何にせよ領土が掌握しきれればトークの領土は二倍。滅亡寸前伯爵から一瞬で実質侯爵の地力を手に入れたわけだ。
お陰で戦いが終わってからというもの、近隣の名の通った人が金魚のフンのようにカルマへ挨拶に来ている。中にはリディアのねーちゃんも居た。らしい。
バルカ家の領土が隣接したので、建前上は配下になったという挨拶だそうな。
リディアから『我が君へ挨拶させましょうか』なんて言われたが冗談じゃないです。面倒が増えそうなので全力お断りである。
何にしても目出度い。良かったね姉妹。出来れば私を追放とかしないで欲しいな。
問題は色々ある。
領地把握にはまだまだ時間が掛かるだろうし、何より領地増大に伴ってビビアナの居る王都ランドと河一本を挟んで隣接してしまった。
ビビアナの本領との間に小さな貴族をあえて残してはいるし、今のビビアナはケイ全体を考えなくてはならず、こっちをあまり見れないので余裕はある。はず。それでもお偉い方の悩みは深かろう。デッケー河だが頑張れば攻めれるもんな。
それでも兎に角区切りを付けようと、昨日は戦勝の祝宴があった。
私は当然の仕儀としお偉方の所には参加できないので、適当に下でお茶を濁してサクっと睡眠である。
そしておはようございます。朝日が少しずつ出て来てますね。良い時間だ。誰にも見られない可能性が高く、もし見つかろうと単なるご機嫌伺いで密談と思われない。
身だしなみを整え、気合を入れ、街の外に天幕を張ってる草原族の皆さんの陣地へ歩く。
入口には護衛してくれてた人の一人が見張りで立っていてくれたので、下僕感出しつつ案内をお願いすると、連れていかれたのは一番大きな天幕の中央の部屋。
腰に下げてた剣もどきを入り口に置き、座って待……あれ。もう誰かこっちに来てる物音が。
早すぎる気がしたが間違えていては事なので、とりあえず額を床に付けとこか。
背後から布をめくる音。少しの間の後、とても小さな足音が横を周り正面に。
「ダン……殿。お待たせした。ジョルグだ」
おやまぁ。なんでこんなにハエーんだ? まぁいいか。とにかく恭しく挨拶。額が床から離れないよう気を付けて。
「拝謁致しますジョルグ様。ダンで御座います。昨日は祝勝の宴席でありましたのに、早朝からお伺いした事。お許し頂けますよう伏してお願い申し上げます」
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