二領主との戦い2

 太鼓の音と数万人の人の声が合わさり、最も離れた高台に居ても地面さえ揺れているように感じる。

 最後に大きく太鼓が鳴り、音が消え、エツホウが馬を走らせるのが見えた。

 ガーレは、ゆっくりと待ち受けるのか。……え、待って。それ馬の突進の力がある分、物理学的に相手が有利!?

 ひょ、ひょー……。遠くて良く分かんないけど上手く受け流したのだろう。馬が交錯し、高い金属の音が鳴った後もガーレの動きは安定している。

 こっちの心臓の音の方が不安定かも。


 ガーレが勢いのまま走りさったエツホウの方へ、速足程度の速さで馬を歩かせ近づき……振りむいた相手と打ち合った?

 うーん? 今、少し急げば……うんや。私には分からない高度な筋肉なのだ。きっと。


 そのままエツホウが朝日を受けて光り輝き槍を突きまくり、ガーレが鉄の戦棍で受け偶に殴り返し。

 兵士たちの凄まじい歓声。両者の腕も素晴らしいと、思う。鐙も無いのに馬に乗ったまま長物で殴り合うのは人間じゃない。私は一回受けたら落馬した。

 しかし……やはりおかしい。筋肉は何時だって勇猛果敢。なのに随分受け身なような。


 今この場に居る人間で、一番逃げる心づもり万端なお陰で冷静な私だからこそ気づいたくらいとは思うが。

 既に砂時計二回分は殴り合ってるのに、未だ筋肉は手打ちでしか攻めてなくね?

 うーん? と、グレースが手をクイクイと。はいはい。下僕が駆け足で参りますよ。


「お前、ラスティルの所へ伝令に行って。内容は……近う」


 はいはい。と耳打ち体勢に。


「ガーレの一騎打ちを見て気勢を上げてる気配を感じて不安なの。攻めないよう、相手が疲れきるまで時間稼ぎしなさいと伝えて。一応でも貴方の配下でしょ」


 あれ? て事は……。


「じゃあガーレさんが消極的に見えるのは、グレースさんが指示したんですか?」


「貴方、ガーレを馬鹿にしすぎ。あたし達はやっとの思いでオレステを疲れさせたのよ。……騎乗してるのはどうかと思うけど、今は少しでも時間を稼いで、更に疲れるのを待ちたいと考える頭は誰だって……嘘」


 何が嘘なの? と目を見開いたグレースの視線の先は、当然一騎討ちのお二人。

 エツホウが、体勢を崩し、其処にガーレが追い打ちをするのが見えた。

 勿論落馬、あ。筋肉が、華麗に宙を舞って、流麗な動きで長く、重い、金属の棒を叩きつけちゃった……ね。

 ドンッッ!

 数秒遅れてすっごい音。エツホウのタタキが出来上がりか。って、わっ!?


「あ、あ、あの……馬鹿……失敗した。失敗した……。こうなるに決まってるでしょ。言うべきだった。馬から降りて戦いなさいって……流石に、こんな、馬鹿だったなんて……」


 あっぶな。肩掴まれるの咄嗟に避けちゃう所だった。小物である私が尊敬する指揮官様が崩れ落ちるのを支えなかったら、周りの方々に殴られちゃう。

 ……凄い落ち込んでなさる。お、でも筋肉が何か言いそうよ?


「オレステよ! エツホウは中々の強者であった。俺は疲れたぞ! だが貴様は負けたままでは嫌であろう! 次の者を出せ! 戦ってやる。まさか怯えてはおるまいなオレステ!」


 成程。一人では短くなるからお代わりと来ましたか。筋肉的賢さだね。ただ、さ。

 此処まで声に張りを乗せて自信満々に疲れた言う人初めて見た。

 ……。怖いもの見たさで横をチラッと。

 ん、ん、んー。絶望した、般若?


「ば、ば、馬鹿あああぁ……。誘うにしてももう少し、隠しなさいよ! 兵法書、あんなに渡したじゃない。読んでないのかしら。読んでないのよね。

 ―――でも、オレステが、うちの馬鹿より馬鹿なら……。お願い……っ。もう二人、いえ、一人でも良いから……ッ!」


 清らかな乙女グレースの切なる願い。

 と表現するには肩が痛い。待ってグレース本当痛い。握力強い。

 しかし私も男よ。此処まで必死なお嬢さんに肩も貸せないようでは……これ絶対後で紫色になるくらい痛……ムムム。太鼓が鳴った。さぁ、結論や如何に。

 

 うん。何の溜めもなく兵が前に歩きだしたね。駄目だったようで……痛い! 爪立てずにこんな痛いってどうなってんの!?


「……。これで、負けたら呪ってやる。絶対呪ってやるからガーレ。

 ―――あれ? 貴方に……何か頼んでなかったかしら?」


 ひぃっ!


「はっ! 伝令に! 行ってまいります!」


 本当に忘れてたっぽいのが凄く怖かった。と、般若グレースの言葉を伝える為ラスティルさんの所へ馬を走らせる。

 耳打ちすると一応分かってはいたようだが、ガーレよりデカイのカマしたいな感が確かに。

 グレースよく見えてんなぁ。と感心しつつてくてく安全地帯まで帰ってる間に矢戦を潜り抜け、兵がぶつかるのが見えた。

 んー……やはりちょい不利かね。相手の動きは明らかに寝不足だし、士気の差も有頂天。とはいえ二倍近い数の差はきっつい。

 包囲されないよう、引いて引いて外側を叩いて纏めて。みたいな曲芸が必須と聞いているが。

 とりあえず戻って言いつけがなければ、後方で指揮とってるリディア、グレース、カルマにこっそり作っておいた水出しお茶でもお出ししましょう。


 三人が、瞬きさえ惜しんで兵への指示を出すのを周辺で雑用しながら観察して数時間。

 軍は……すこーしずつ厳しくなってるかな。相手の動きも明らかに鈍ってるから、私の目には悪くないように見えるのだが。

 お。今度はカルマが手でお呼びだ。


「参りました。御用をお言いつけ下さい」


 と小物として当然の態度を。人は周りに居ないけど、どっか遠くから見てるかもしれんしね。


「……。最後の予備としてワシが出なければならなくなった。その前に尋ねたい。何とかジョルグと連絡を取れないか?」


 と、言われましても。私ずっと草原族に接触してないのはご存知ですよね? 倉庫職員以上の事なんて裏会議から何一つしてませんよ。

 ……まぁ、もしこの戦場を観察する密偵が居れば、主の下へ帰るのに通るであろうあちこちの道に私の護衛してくれてた人たちが待ち伏せしてくれてる。という極秘情報はありますが。

 でも場所は知らないし接触は……。


「我が君。戦いは勝ちました。しかし半日遅く当たるべきで御座いました。かくて我らの無能により少々損害が多くなりそうなのです。ウバルトの領地を取る為には、ほんの少しでも今援軍が欲しいのですが……何とかなりませぬか」


 無能って。あれだけ頑張って駄目ならもうどうしようもないじゃん。


「何処に居るのかも分かりません。残念です。……すみません。ガーレ様を選ばず、お任せするべきでした」


「……はぁ。いいえ。他の二人だったら下手をすると一撃で終わらせていたわ。そーいう奴らよ。あの二人は。だから、ガーレを選び酒を飲ませなかったのは正しいと思ってる。……あたしが、ちゃんと言いつけてればね。

 姉さん。最上じゃなくても勝ちは間違いないのだから無茶はしないで。姉さんが怪我したら最悪になってしまうわ」


「……うむ。―――うむ? おい。見よ。奴らの後方に砂煙が……」


 見よって何にも………………。あ。本当だ。段々敵の背後に近づいて来てるような。……あっちの援軍じゃないよね?


「あれは……騎兵。獣人だ! 援護、であろうな!?」


 いや、そんな必死に願うよう言われても知りませんとしか。

 お。何か、細いのが敵の方へ飛んだ。矢、に見える。つまり……、

「おお、おお! 見ろお前たち! ジョルグに相違ないぞ!」


 そー言う感じですね。いやーすっごいタイミング。


「……崩れる。これは……勝てる! グレース! 後は任せた。機会を逃さず総攻撃の角笛を鳴らせ。ワシは側面に出ておく!」


 少し前まで苦悩の表情だったのに、満面の笑みで馬へ走って行かれた。

 調子に乗って怪我しないよう祈っとこうかな。


「ねぇ。ジョルグは、何時から動いてたのだと思う?」


 ほえ? あ、私じゃなくてリディアへの質問ね。


「さて。オレステも周囲に警戒は置いていたはず。なのにこうまで上手く不意を打ったのなら―――楽では無いでしょうな。我らだけで勝てるなら手を出す気は無かったように思えますが、予想を越えた戦意かと」


「……。又、借財が増えたのかしら?」


「十分な距離を取って弓で気を引くのみ。なのですから、約定通り血は流れておりますまい。……面目を潰した。と感じられぬようにはすべきでしょうが。

 グレース殿、悪い方ばかりを見ても仕方が御座いません。これでウバルトも同程度に疲れさせてくれていれば、計画は最上の物を選べましょう。

 わたくしは何とか初めてと言っていい大戦の任を果たし、肩の荷が降りたように安堵しております。我らはつい先を見てしまいますが、喜ばれては如何」


「―――まだ戦は終わってない。と、貴方に言うのは無粋ね。確かに、あたしも喜んでる。そう、喜んでるわね。……お疲れ様。よくやったわリディア」


「お褒めにあずかり恐悦」


 戦場を見ていた二人が向き合い、計ったかのように同時に頭を下げてる。

 大任を果たした後輩をねぎらう先輩の図だぁ……。

 おじさん、感動です。邪魔をしない下がったところに居て良かったです。

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