二領主との戦い1
会議の日から誰もが忙しそうだ。
私も忙しい。倉庫も戦の影響からは逃げられない。急な物資の移動に対応する為、日が落ちた後も何人か倉庫で雑務をしつつ待つようローテーションを組まされてしまった。そしてこの国に残業代なんて単語は無い。
仕方ないのは分かるが疲れたなー。と、家から漏れる明かりさえ乏しくなる時間に倉庫を出ると、建物の向こう側。特定の場所からだけ明々と明かりが夜空に届いていた。……ですよね。これから戦いが終わるまで上層部はずっと寝るか仕事かになるんでしょうね。
私が悪う御座いましたトークのご姉妹。過労で倒れないでくださいね。
そうやって五日。家に帰ると希望に溢れた笑顔のアイラから、ジョルグとの交渉が上手く行ったとのお言葉が。
ぷひゅー。……。いや、完全に信頼してたけどね。草原族嘘つかないと知ってた。事故以外何も不安はなかったけどね。
グレースとしても『巨大な借財を背負った気がする』と不安げではあったが、潰せる不安は全て潰せた十分な話し合いが出来たと言っていたそうで。
そりゃー良かったね。と、安堵と喜びを大げさに見せて寝た次の日の朝。
倉庫の長様より朝礼で『出兵前に全兵を集めての発表を行う。その時以降ならば逃げる者を咎めないとも約束する。故にそれまでは心を静めて職務を行うように。カルマ・トーク、グレース・トークは今回の戦い、勝利を確信している』みたいな発表があった。
実に感心である。我らの親方様は下々まで目配りの行き届いた方だ。お陰で逃げ出すべきか迷っていた多くの臣下が落ち着き、合わせて街も落ち着いた。
同時に圧倒的に兵の多い敵が攻めてくるのは周知の事実である中、この発表がされた事により静かで、熱量のある期待が高まってそーな感じが。
『勝てたら伝説だけど……勝てちゃうの?』みたいな。
勝てちゃうの? なんて気合の入れ方じゃないだろうね。偉いお方々は。
即日ジョルグさんと組めた事を発表せず、後戻りできない出兵まで秘密にするんだもの。
敵に出来るだけ長く草原族を味方だと思わせて、行きはよいよい帰りは怖いの計なんでしょう。
戦場で勝つ所か相手の領地まで奪う気なのだ。だから敵兵を野戦で削りきるお覚悟。籠城される兵を少しでも少なくするために。
何にしても秘密にして油断を誘う感じなの。大好きです。
細かく少しでも不意打ちを狙おうと考えちゃう私としては、玄人のお方々に自分を肯定された感じがしてホッとします。
そして軍があちこちの村から住民を避難させ始めたとかで、やたら忙しくなり暫く。
二日後にはレスターにフィオと兵千五百を残し、残りの八千で出兵と発表のあった日。全兵に加え部門の責任者は街の外へ集められ、トーク姉妹のご訓示を聞けという命令が。
私は当然圏外なので同僚と共に何時もの仕事を、
『トーク! トーク!! トークッ!!!』
え。何今のすっご。
外で訓示を受けてる人たちの声、なのだろう。興奮も極まった叫びだった。
同僚たちと顔を見合わせ、皆気もそぞろで何とか作業をしていると上の人が帰ってきて、
「皆、喜べ! トークは勝てるぞ。この戦い全てグレース様のお考えの中にある!
いや、コルノの乱の時より並みの方ではないと思ってはいたが……。正史に名を遺すほどのお方だったのだ!」
おっほう。ベタの褒めですね。やがてトークの何処でもこうなるのだろうか。
良きかな良きかな。彼女の名が大きくなれば影も大きくなる。これはますます勝って欲しくなった。応援にも熱が入るというものよ。
と、部下を少し置いてけぼりにしたお偉いさんの話を聞き流し、前回と同じく戦場での兵站管理兼アイラの身の回りの世話をする小物として出兵するよう言われ、職場の先輩から「勝てる戦いだと言っても難しいはずだ。死ぬなよ」との温かい言葉に、
「任せてくださいよ。こういう時の為に長く走る訓練だけは頑張ってるんです」
と返して苦笑と一緒に餞別のお金を頂き、さぁ戦場である。
では皆様の苦心惨憺の結果を見せてもらいましょう。怪我しないよう後ろの方で、ね。
進軍中、今までお互いに忙しく聞けずにいた下級官吏では知る由も無い現在の情勢を、アイラからこっそり教えて貰う。
オレステは北。ウバルトは南から分かれて攻めてきたのだそうな。
両方の領地ともトークとの間には山間部があるので、軍に楽をさせようと平野を進軍したければ位置関係上常道ではある。
しかし本当に連携が取れてるならどちらかの領地を横断し、纏まって進軍した方が良い訳で。
信頼関係が微妙なのかも。我らの軍師連中がセコセコ流した噂が効いたか。
他にも上層部の苦労は並々ならぬ物だったのが話を聞くほどに良く分かる。
早めに草原族からの嫌がらせを始め、こちらが背中を襲えない距離で撤退されては困る。しかし嫌がらせは一日二日じゃ効果が薄い。
斥候を飛ばし続け、相手の進軍速度、士気、草原族が楽に嫌がせ出来る地形かどうか。等々を計画立案。更に始まってからは細かく調整。それを二軍相手に。
本当お疲れ様な話だ。マジ残業程度で愚痴ってすみませんでした。
結果としては斥候の話だと上々。両軍の位置関係も何とか計画の圏内。
後は北のオレステを一日で撃破した後、つばめ返しで南のウバルトを撃破し、そのままウバルトの領地を取って最後にオレステの領地を取りたい。というのが皮算用となる。ナポレオン並みの機動戦だ。カッコイイ。
しかし軍師連中は戦々恐々としてるらしい。
良く分かる。何一つ自分の目で見られないのでは安心出来る訳が無い。
もし草原族がサボってたり、向こうが実は上手く対処していた。とかでどちらかの軍が元気いっぱいなら、二倍近い兵相手に野戦を挑んだ大馬鹿になってしまう。
いやー……『事を謀るは人にあり。事を成すは天にあり』は素晴らしい名言だ。言ったのが孔明さんで時期もアレなんでどうしても負け犬の遠吠え感出てしまうが。
******
遠くにオレステの軍が見える。
気になって仕方がない。が、忙しい。人が足らないという名目により後方で指揮を執るリディアとグレースの小物となった私には、様々な雑用がある。
それでも隙を見て戦う敵を観察。
さーて、状態はどんなもんで―――これは……隊列を整えようとする両軍の動きに明らかな精彩の差があるような。
敵に二徹した後な雰囲気在り。重畳至極だね。
ジョルグさんに試すようお願いした、四交代制くらいで二十四時間張り付かせ、動きを止めたら鳴り物鳴らしたり矢を軽く射かける嫌がらせ、効いたっぽい。
後は張り付こうとしたら伏兵を置かれて損害。なんて目に合ってないかジョルグさんと会った時に確認したい所だな。
うん? なんかキラキラ光ってる鎧のお方が出てきた。
「我が名はエツホウ! ケイに並ぶもの無き槍の名手である! ランドにて専横を極め天罰により病となったカルマとその一党どもめ! 我が槍の餌食になりたい者は前に出よ! 世の広さを教えてくれよう!」
ひょ。………………。うっひょおおおおお!!! 一騎打ちだあああああ!!
は、初めて見た! マジか! やんのか! スゲーーーー。もうそういう時代じゃないと思ってました! わ、わ、わー! すごーい。心臓どっきどき。興奮しますよねー。あ、でも負けたら泣いちゃうなこれ……誰出るんだ「ダン。来て」
「ふぁいっ!? あ、はいアイラ様。失礼いたしました」
べっくらこいた。相変わらず気配無いんだもん。と立ちながらチロっと周りを観察。
……将軍直々に来て名前呼びのお呼び出しというのに嫉妬の色無し。うむ。流石アイラ。
誰に対しても彼女の態度は大体一緒。そして偉い人も下々の人も分かってる奴は怒らないし喜ばない。礼儀うんぬんが彼女には存在しないと見られてる訳だな。流石である。
等と感心しつつ向かうと天幕の中に裏会議の面子だけが勢ぞろい。
さっきのエツホウさんの話なんでしょうか。とりあえず下僕な感じで一歩下がって膝をつ、あ。カルマが手をクイって。はいはい。カルマの対面が一番下っぽいので其処に立たせてもらいましょう。で、だ。
「某だ! 是非某に! 強者とやる機会は譲れぬ! グレース。某ならば必ず勝利出来るぞ!」
「いや、奴は天下に並ぶもの無き槍の使い手などとほざきおった。あれは拙者への挑戦だ。ならば拙者が出なければ義理を欠く!」
「何を言うか! 滅亡の掛かった一戦でお前たちのように浮かれた考えの者を出せるか! 俺が出る。我が
三人がグレースに詰め寄ってる。
あれ? でもアイラは? と横を見るとボケっとしてた。不思議なので、三人に聞かれないよう小声で、
「アイラさんはやる気無いんですか?」
「うん? 興味無い。だって、あいつ弱いよ」
「そうなんですか? お三方なら確実に勝てるくらい?」
こっくり頷いてる。
え、そんなん分かるの? ってこの人はこんな嘘を言ったりはしないよね。じゃあ安心だな。
「我が君。どうぞご決定を」
三人がズバッとこちらを。グレースもちょっと嫌そうにアトモスフィアってるがこっちを見ている。
あんれま。それで呼んでくれたのか。別にそっちで決めればええじゃん。と思うが、無駄に逆らいは致しません。あの人にしましょう。
「ガーレさんにお願いしたいと思います。それで」「お、お待ちあれご主君!」
えー、何よラスティルさんそんな不満そうな顔をして。
しかもご主君て。声でけーよ。外に聞こえたらどうすんの。カルマに言ってると思われるだけだろうけど。
と、眉をしかめてたらラスティルさんが寄ってきて、腕を組んで胸を当てておいでに。
……なにこれ? もしかしてラスティルさんに媚びられてるの? ……其処まで一騎うちしたいんですか。つーか鎧着てるのだからゴリゴリ削れて痛いだけなんですが。
「ご主君は拙者が信じられぬのか? このラスティルはアイラ殿以外に負けた経験を持たぬ天下で二番目の猛者で御座います。これ程に大事な一騎うち、拙者にお任せを!」
「ぬぅっ!? 天下で二番目はこのレイブンである。そもそも何故ガーレなのだ。某で何がわるい。考えを変えるのだ。な?」
……。
天下で二番目なんて言ってアイラに勝てないと認める可愛いさは良いけど、こいつら面倒……。
おっと、そんな思いが表情に出たらヘソを曲げてしまうのは間違いない。
しかしあんたら三人とも一緒なので、後はクジだから。しかも筋肉には少し恩がある。
「お二人ともお忘れかも知れませんが、昔獣人に囲まれて絶対絶命だった時ガーレさんが泥にまみれて堤を作ってくださったお陰で我々は生き延びたじゃないですか。
あ、ラスティルさんは居ませんでしたね……。……と、とりあえず地味な仕事に力を尽くして下さる方が華やいだ出番を望むのなら、機会を与えるべきだと私は考えます。
どうでしょうかグレースさん。何か浅慮な所があるのなら考え直します」
「……てっきり配下のラスティルにすると思ったから意外だったけど、いいと思うわ。ではガーレ。任せたわよ」
「おお! 直ぐにあやつの首を取ってまりいますぞカルマ様! もしも取り損ねた時は軍令に従って処罰を受けましょう!」
いや、処罰って。負けたら死ぬんじゃ……あ、逃げ出す事もあるか。え? それで処罰されんの?
「よし、ガーレ。勝利を願って酒を与える」
「お待ちくださいグレースさん」
あ、カクッてなってる。すまんね。
「……何かしら」
「戦いの前に酒を与えるのは元来酒の力で臆病な心を振り払う為。ガーレさんのような豪勇の士にそのような物は余計ではありませんか?」
「ほお……貴様、臆病者にしては分かっているようだな。見直したぞ」
わー……自信に満ち溢れた上からのお言葉。筋肉笑顔が眩しい。
これから三万人近い人の前で命を賭けて戦うというのに、よくこんな平常心保てますね。
とある島国の方々なんて球蹴り遊びでさえ、選ばれた三人がブルブルに震えて連続で外しましたよ。
まぁあれは史上初の栄光だけで満足せず、白人監督の俺が最後に黒人三人並べて黒人の英雄を演出して伝説をより華麗にしてやるよ。という雑念があった所為だと邪推したもんですが。
筋肉量なら外した方々も中々だったんですけどねぇ。こっちは精神強くて頼もしいなぁ。
「いいえ。ガーレさんの勇猛さが私にも分かる程素晴らしいだけです。ただ首をとった後は一度戻って来てください。全ての功がガーレさんの物となっては、私が恨まれてしまいます」
「ほおぅ。お前は中々口の回る奴だ。良いだろう。言う通りにしてやる。第一功は俺に決まったしな! 酒など要らぬぞグレース! その酒は戦に勝利した後で頂くとしよう!」
本音は命掛けた運動前に酒を飲ませては、勝率が下がると思ったからですが。
人によってはお酒を使ってでも勇敢になる必要があるのだろうけど……この人、私の所まで無謀だと噂が届いてるんだもん。
兎に角今はガーレを全力応援しなければ。負けられない戦いなんだこれは。
意気揚々と馬に乗って互いの軍の真ん中へ進んでいく姿が頼もしい。
あの自信、決して脳まで筋肉な所為じゃないはずだ。信じてる。
信じてるからね!
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