カルマへ二領主への対処を語る2

 グレースが葛藤にけりを付けていくのが、彼女の手に見える。

 ……怒りが内に溜まってないよう願います。


「そう……ね。言う通りだわ。何より―――はぁ……。カルマ様。ご意見申し上げます」


「聞こう」


「……この、愚かな臣は―――良案であると、考えます。十日の余裕が我らにあるか流動的ですが、ジョルグが来るか待つべきです」


「承知した。ならば……ダン、オウランとの交渉の成否が分かるまではお前に従おう。他に言うべき事はあるか」


 安心……を見せるのは早い。ジョルグさんが来るか、私は相当の不安を持ってないとおかしい。……実際ちょっと不安だしな。


「もし生き残れれば私がこの会議に出ても奇妙でないよう、最下級の書記としてください。月に一回も無い会議ですし、口が堅そうなので使うとか適当に理由を付けて頂ければ。

 それと私を追い出さない限り今回の戦いの総指揮者はリディアさんでお願いします。前準備、戦場共に。ですね」


 あちら側全員に当然の怒り。私も向こう側なら嫌だ。だがこのお嬢さんは例外ではなかろうか。


「自分の死命を。叛意を示した二十にもならない小娘に託す気は無い。指揮はあたしと、カルマ様が執るわ」


「ごもっとも。とは思いますよ。しかしそれこそ時間が無いのでしょう? 今この瞬間から皆さんが計画立案するよりも、リディアさんに任せた方が良くなりますよ。何もかも任せっぱなしの私が毎度準備の良さに感心というか……。兎に角凄いお方ですから。

 叛意に関しては今更でしょう。どう疑ってもこの戦いで皆様をコケさせる為に彼女を危険な裏切者にするのは損益が合ってません。……それに私の案に従ってる間は。私の決定に従ってくださるのでは?」


 怒りが増すのは分かる。が、レイブンは不味いな。斬りかかる寸前に見える。筋肉なガーレの方が危険かと思ってたが、こっちの方が短気なのだろうか。

 戦場で視野の広い冷静な男だと聞いていたのだが。

 ……とりあえず、ちょびっとアイラとラスティルさんの方へ寄っとこ。


「リディアの能力はあたしも認める。であっても! 此処はトーク。あたしとカルマ様以上に知ってる者は居ない。地理だって十分に把握してない者の計画になんて従えるものですか。お前がトークを助けるつもりと言ったのは嘘だったのか」


「本当ですとも。仰る通りリディアさんは幾つもの事を把握していないはずです。しかしリディアさんは人の意見を聞ける方。グレース様たちが、リディアさんの意見を受け入れる前提で聞かれた方が、その逆よりも良い結果になると私は本心より考えてます」


「……。このリディアが、素直に聞くのかしら?」


 ちろっと見る。……相変わらずの礼。このお嬢さんのこういう作法の動作、もしかしてコンマ単位で同じなのでは?


わたくしは今までと同じように経験豊かなグレース殿のお教えを請うております。とは言え万言を費やすより、まずはわたくしの案をご覧いただきましょう。今から書き留めた物と地図を持って部屋へ伺います。話はそれからで」


 聞いていなかったが提出書類は作成終わってんだろうな。と思ってました。仕事のできる方は前準備が違いますね。豆で感心しちゃう。

 トーク姉妹にフィオも不承不承ではあるが頷いてくれたか。ならば、

「最後に皆様へお願いがあります。ラスティルさん以外の三人なのですが、名を出したくありません。ここから追い出されたりトークが滅んだ後、名が売れてしまっていると新しい生活を作り難く思えるのです。

 なので私どもの事。特に僭越にもこのような場で主導的立場に居るという事は、どんな場所。誰が相手でも話さないで頂きたい。もしお話しになるようでしたらそれが些細な内容でも、私たちの将来を閉ざそうという非常に敵対的な意思をお持ちだと考えなければなりません」


「……不快ではあるけど、お前の案が成功すればケイに生きる誰もが驚倒する功績よ。トークの外で生きる事を考えるなら、それこそ名が欲しいのではないかしら?」


 それは高い意識を持った人の考えだよグレース。私は庶民でその考え方のハリボテさえ持ってないんでね。……リディアは知らん。


「考え方の違いですね。兎に角お気を付けください。酒の席であろうと決して喋らないように。

 なので、もしジョルグ様との会談が上手く行けばグレースさんは兵の前で『敵の策は見破っていた。よってリディアを使い、敵となるはずだった草原の氏族は味方になった。全てはこのグレース・トークの手の中にある』なんて仰ってはどうです? 兵の皆さんも安心して戦えると思うのですが」


 全ては我が手の内に在り。という感じになるよう頑張って欲しい。


「―――功績を、完全にあたしへ譲ると? リディア。アイラも。本当に良いの?」


「うん」


「どうぞご遠慮なく。何より兵の動揺は中々の物と感じております。これも又、必要で御座いましょう」


 眉が跳ね上がった後、訝し気なお顔に。

 うむ。お嬢さんの本心が恩着せ、皮肉、単なる事実のどれかで迷ってるんでしょ。良く分かる。


「……上手く行けばそうするわ。リディア。貴方の計画については少し待って。あたしはまずダンと一緒にジョルグへ文を送る為に、オウランの手先の所へ行くから」


 え。私が届けるだけでも……ああ、任せておけないって事ね。後は其処で私に騙されてるかと相手の意志自体を調べようというのか。


「はぁ。それは良いですが。でももう少し目立たない私みたいな服の方が良いのではありませんか? 一応でも動きは隠すべきでしょう」


「書状を書くついでに着替えるわよ」


「グレース殿。一つ申し上げる」


「改まって、何かしら」


「皆様が我が君の言葉をお疑いなのは分かる。そして全て正しいとしてもオウランと交渉し、我が君の存在しない関係を作りたいと考えておられるはず。しかし執拗にするのは止めて頂きたい。せめてこの危機を乗り越えるまでは、事実の確認として一度に。

 相手が何者かお忘れなきよう。しかも今回はまずもって多数の氏族が混ざった混合の軍。例えオウランが援軍として力を尽くす気であろうと統率は相当の難事のはず。ほんの少しの無礼、苛立ちを抱かせるのも悪手であるとわたくしは考えております」


 長考なされとる。オウランさん達ってここまでどう動くか読めない人と思われてたのか。知らなかった。

 私にとってはケイ人も獣人も文化がズレてるという意味では大差無いもんだから……。

 統率は……どうなんだろう。全ての草原族がオウランさんの前に全力疾走で土下座に来た。みたいに聞いてたから安心してた。しかし言われてみれば……身内びいきや見栄ってのもあるしな。

 ……うーん。やはり自分の目に見えない所まで関係する大きな物事は成し難いね。昔から思ってたけど偉い人は大変だ。


「分かったわ。ダン。倉庫で待ってなさい。……交渉の場では、貴方に期待していいのかしら?」


「え。私、今後草原族の方からこちらの状態について尋ねられたら答えるくらいで、交渉の場に出ませんよ。向こうから『もう交渉はトークとするからお前は邪魔だ』みたいな事言われてますし。『じゃー、何故お前を上に立たせるように言ってきたんだよ』とお考えになるかもしれませんが、それも知りません。

 私の仕事はジョルグ様に来てくれるようお願いする所まで。後はこの騒動が終わるまで、倉庫係として皆様の勝利をお祈り申し上げます。と言いますかそれ以上何も出来ません」


 そんなお揃いで口開けて唖然としなくても。

 流石に滅びそうな時までサボりたい訳じゃないんだが、オウランさんと私の仲を少しでも薄いと見せるのは至上命題。

 その為には大事な時期に極力合わないのが一番だ。

 私からの要望や注意点は既に全部伝えてあるしね……。


「あ……あんたには責任感という物が無いの?」


「あるから必死に媚びてジョルグ様に援軍交渉へ来てくれるようお願いしたんじゃないですか。何も出来ないのに出張るよりずっと良いでしょう」


「もう良いわ。せめて道案内なさい。まず向こうの使者が居るのか確認をして、待つように言ってきて。それが終わったらあたしの執務室まで来るように」


 全く仕事が出来ない新人にする指示ですねそれ。馬鹿と仕事するのにはウンザリするとお感じなの良く分かる。

 ストレス与えてすまんなグレース。一応私の方でジョルグさんに概略伝えて、全て了承頂いてるから、どっかに嘘が入ってない限り交渉はスーイスイのはずだ。それで許してくれ……ては困るんだよね。私のお陰と思われては不味いのだ。

 いやはや、我ながら面倒くさい事やってます。


「御意のままにグレース様」

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